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面白庭小噺(電信柱)

 あ、夜が明けた。雲が多いけれど素敵な朝日だ。丸くてちょっとひんやりしてるこの風もけっこう好きさ。帽子をかぶったお兄さんが今朝も自転車に乗ってやってくる。独り言、日本語じゃないんだ。抑揚のある愉快な感じの言葉。時々はイヤホンから弾むような音楽が聞こえてくる。今日も一日お元気で。

 こっちはまだ真っ暗だよ。同じ日本でもお天道様がやってくるのは違う時間なんだ。おまけに真っ黒な雲がびゅんびゅん空を飛んで今日は一日荒れそうだ。雷は、困るなあ。誰も切られたりしなけりゃいいがなあ。あいつは力ばっかり強くって優しさがないったらありゃしない。

 聞いておくれよ。僕はさっきわんころにあの小水とやらをひっかけられたばかりなんだ。なわばりかなにか知らないけれど、あいつらは僕らのことが大好きなんだ。僕はあんまり好きじゃないけどね。でももっとひどいのは人間さ。どろどろとなかなか取れない汚れを吐きかけていくんだから。金曜と土曜は僕らいつも戦々恐々さ。

 都会の君らは大変だなあ。でもちょっと羨ましいよ。僕は山の中に突き出た電信柱だからめったに人には会えないんだよ。ここでは木や小鳥が友だちさ。彼らとってもおしゃべりでね、いろんな話を聞かせてくれるんだ。緑町のアイちゃんが自転車の練習中すっころんで大泣きしたとか錦町の太郎じいさんは毎日パンくずをくれるんだとかさ。
 木たちはむっつりだけど歌うのは得意で夏の盛りは弾けるように、冬は寂しく身を切るような歌声を聞かせてくれる。それがどいつも魂がこもっててね、ロックミュージシャンもたじたじさ。

 人間のミュージシャンだって最高さ。びんびん鳴り響くサウンド、飛び交うレーザービーム、爆発するステージ、花開く無数の照明、こいつらをオレらがバックアップしてるんだって思ったらわくわくするぜ。最近は見てないからちょっと寂しいけどな。早くエキサイトしたいもんさ。

 人と共に日本中に張り巡らされた電信柱。彼らはいつも私たちと一緒にあって、ほとんど見られることなくただそこここにある。彼らはいつも私たちを見守っている。電線の届く限り、つながる限り、景色や音や匂いや風を伝え合って感じ合っている。ほら見て。彼ら実は恋だってするんだ。

 救急車がやってきた。ボクらのそれはサイレンを鳴らしたりしない。静かにやってきて静かに帰っていく。道行く人を邪魔しちゃうのは少々勘弁願います。黄色いヘルメットをかぶった人たちが倒れた僕をもいちどしゃんと立たせてくれて、髪型も整えてくれるんだ。ボクらの髪は電気が通っているもので、とっても危険なお仕事だけど彼らは上手に優しくきれいにしてくれる。
 足元で交通整理をするおじさんは愛想が良くてけっこう好み。そして目をすがめて黙々と作業する箱に乗ったおじさんはボクの一番。今日は日差しが強くてこの高さだと影も少ないからおじさんは汗みずく。やっぱりこの人はかっこいい。ボクはこの気持ちを伝えたくてほんの少し体に力を入れる。

「わっ」

 残念。ボクの火花はおじさんを驚かせただけだった。電気と一緒でボクの気持ちもいつも一方通行。帰っていくおじさんを見送り、ボクはまた他のみんなと思いを分かち合う。――ねえねえ今日は、こんな人と会ったよ――
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 電信柱に思いを馳せました。あのちょっと間の抜けた感じがかわいいと私は思います。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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