シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~XX

前回記事

【 男が出てくる気配を察して猿野は慌てて戸から離れた。木地川を蹴り飛ばすようにして体育館入口でたむろっている生徒を装う。男は二人に気づいた様子もなく教室棟の方へずんずんと歩いていってしまった。がっしりした体格の中年の男だった。
 驚いたのは木地川である。猿野が口を塞ぐのも間に合わず彼はよく通るテノールで落胆を表す。「なんだ桃太くんじゃないのか」
 昇降口前まで進んでいた男はびくりと肩を震わせ踵を返してやってくる。男の手入れされた髭面は怒っているようにも途方に暮れているようにも見えた。逃げようにも後ろは体育館、左右は水飲み場とトイレ。シンク上の鏡に猿野は体のあちこちをさすりながら忙しなく足踏みする自分を見る。鏡面に血の気が引いた木地川の怯えた顔、同じくらい白く変じた男の太い腕が木地川の胸元を掴み揺さぶる。二人の質の違う、問うような視線を避けて猿野は二人に背を向ける。
「桃太だと。そいつはどこにいる」「分かりません。僕らも探しているんです」
 男の声が高まり廊下に響く。「おい、お願いだから教えてくれ」
「桃太っていうのはあの人の特別だと聞いている。俺はどうしてもあの人に会わなきゃならないんだ。そうしないと、もうすぐあいつは死んじまう」】

第二十回

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 揺さぶる腕がさらに激しさを増して木地川はか細い声で猿野に助けを求める。猿野はじっと床を睨んで自分を見返す瞳孔の開いた少年の顔に集中した。リノリウムにぼんやり映った彼自身の顔だ。乳白色の薄汚れた床に彼の目がらんらんと光っている。よく見ようとしているみたいにゆっくり彼は屈んでいってついに膝を胸に抱いてしまう。「答えてくれ」と繰り返す男の必死な声も「助けて」と繰り返す木地川の小さな叫びも気にならなくなっていく。自分だけ、自分だけ、自分だけ、自分だけ……!
「ちょっと。あなた何してるの」
 自分の方へ向かってくる気配にぎょっとして猿野が振り返りざま退く。自分の母親より幾分若い、男と同年代の女が猿野の傍を通り過ぎて木地川と男の間に割って入った。床よりなお白く光を吸い込んで内側から光るような女の腕が男の肘辺りを掴むと、暴れていた男は急に萎んだようになって木地川を放した。強い力を宿していた目は焦点を失って女から木地川、彼自身の腕をさまよった後静かに閉じられる。嗚咽をこぼす。しばらく経って涙が流れた。彼の目はそれほどに乾いていた。
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昨日の記事にも書きましたが『パラサイト』という映画を見て落ち込んでいました。復帰します。

※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(I-VII)はこちら

※※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(VIII-XIV)はこちら

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