シュウマツ都市

イジン伝~桃太朗の場合~ⅶ

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【 犬村は長い両手足をだらんとぶら下げて宙に浮いていた。美しい白肌は透明感を失って濁りつつあった。眩しさを堪えるように半ば開き半ば閉じられた瞼は細かい痙攣を繰り返している。横向いた顔、口からは赤い血が雫になって落ちている。雫は彼女の下に小さな水溜りを作っていて、早くも端の方から赤黒く凝りつつあった。
 血溜まりの側には木地川が泣きながら掴み縋っていた。四角縁眼鏡の奥に切実な形相があり、目は一点を睨み、歯を食いしばって口の形は歪んでいる。その視線の先にあるのは、鬼だった。先細りする鬼の右脚に両腕で取りつき、体全体を使って揺すりをかけている。鬼は意に介さず、目的を遂げようとゆっくり動き続ける。
 鬼の片腕が上に持ち上げられ、もう片方の腕が針金の編成を解き丸い網状に変化していく。銀色の体が日光を弾いて燦然と輝く。それは鬼の腕に囚われた犬村が贄として天に捧げられているように朗たちには見えた。その光景に彼らは一瞬陶然とその場に立ち尽くした。】

第七回

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 木地川が朗たちに気づいて叫び、二人は再び走り出す。朗たちは何か言おうと口を大きく開けているが木地川に聞いている余裕はなかった。彼は更に大きな危険が背後へ迫っていることに気づけなかった。
「助けてくれ。犬川が急に血を吐いたんだ。そしたら鬼が。ああ」
 彼の見上げる先で犬川が鬼の腕に、針金の中に包み込まれようとしていた。網状に変化した腕が大きく広がって犬川の周りを覆い少しづつ収縮しつつあったのだ。木地川は悲鳴を上げたままそれを阻止しようと懐にあるものを投げた。ペン、メモ帳、飴玉、棒状の携行食糧、中身の入ったガラス瓶……。とにかくあるものを尽く全て。
 金属質の体はそれらを防ぎ、弾き、割った。どれも鬼を止めることは出来なかった。木地川は飛び散った炭酸飲料を被り崩れ落ちた。甘ったるい雫が彼の髪と顎から滴り落ちる。もう諦めるしかなかった。だっていくら考えたってなす術がない。犬村を救う力も知恵も僕にはない。朗たちもまだとどかない。
 そこへ声だけがやっと彼の元へ辿り着いた。朗たちがそこまで来ている。「木地川、後ろ」
 振り向くと、援軍だった。木地川は目を見張り反射的に立ち上がった。体が震えていた。ひとりでに笑みがこぼれてしまう。圧巻の迫力でこちらへ進んでくる。百鬼夜行。これで、終わりだ。
 数十体の鬼が甲高い不協和音を轟かせてすぐそこまで迫っていたのだった。見てくれまで化け物となった鬼たちが我先にとやって来る。絶体絶命という表現さえ、とっくに振り切っていた。
「へらへら笑ってないで私を助けなさいよ」
 唐突に、犬村の棘のある口調が聞こえた気がして木地川は自分の正気を疑った。とうとう僕は気が触れたらしい。今なら鬼を蹴り飛ばす犬村の幻が見えるかもしれない。それはちょっと見てみたかったかも。彼はつと上を見て、不意に溺れそうになった。大量の生温い液体を何者かにかけられたのだ。「目、覚ましなさいよ」
「あんたのせいで私、起こされたんだから。久しぶりに気持ちよく寝てたのよ。炭酸、顔にかかったじゃないの。お返しよ、せいぜい肺いっぱいまで飲むことね」
 木地川には滲んでその姿がはっきりとは見えなかった。しかしもう彼はそれを幻や幻聴だと思えなかった。「さあ、反撃開始よ」
 そんなセリフ、木地川には想像すらできなかったからだ。
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きりのいいところまで書いたら文字数オーバーしてしまいましたね。期限もオーバー。難しい。

※『イジン伝~桃太朗の場合~』第1回はこちら。

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