イジン伝~桃太朗の場合~XXII
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【 堰を切ったように泣き続ける男に寄り添って昇降口から帰る女は細い腕を彼の背中に回してゆっくりとしかししっかりとした手つきで撫でていた。背中を丸めて体を引きずるように歩いていく男と背筋を立てて凛と前を向く女とは対照的だった。男が言うようにあの女性が間もなく死んでしまうとは猿野には信じられなかった。
「命の強さと心の強さってもしかしたら別のものなのかもしれないね。生きようとして生きるのは死ぬと分かっている人ばかりだもん。猿野くんはどっち」
木地川が乱れた制服を直しながら猿野に笑いかけた。目尻に涙の跡は残っていたがけろりとしている。「あの女の人はもうすぐ死ぬんだろうね、本当に」
あれほど泣いていた木地川がこと死に関することは易々と語ることが納得できなくて、そしてまだ自分の手は力が入らないのが悔しくて、猿野は隣に座る彼を床映しに見た。
「お前はどうなんだよ。お前の方が俺より強いとか言うのかよ」
「弱いよ。うーんと弱い。さっきだってすごく怖かったんだ」
いつの間にか床の反射の中で二人の目は向き合っていた。猿野が逸らそうとすると
「でも、死ぬのは分かってる。もうすぐね。なんとなくそんな気がするんだ」】
第二十二回
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目が離せなくなった。「何か悩みでもあるのかよ」
「あるけど。でもそんなんじゃないんだ。運命とか、そういうものなんだと思う」
「運命だって。冗談だろ」
猿野は苦笑して木地川の顔を覗き込んだ。彼はにっこり微笑んで答える。
「うん。冗談」
猿野は気味が悪くなって膝を抱え込んだ自分の手をきゅっと握った。力んだ拳はあの女と同じように白く濁った色をしていた。目をつぶる。「俺たちは若いんだ。死ぬなんて分かってたまるか」
木地川も拳を握ってもう一方の手で感触を確かめるように撫でて言う。「そうだね。僕らは若いんだよね」
不意に静かだった体育館が騒がしくなって固まっていた空気が雪解けるように流れ始めた。しゃがんだ二人に鉄扉の隙間から淀んだ風が吹き込んでくる。その雑然とした音の中にこつこつと一つの足音が近づいてくるのが分かった。二人は飛び上がりトイレに身を隠した。
「説明会ってこんなに早く終わるんだっけ」
「知らねえよ。とにかく今見つかったらめんどくさい。お前さっきみたいに絶対声出すなよ」
足音の主は体育館を出るとすぐさま鉄扉を閉じて大きなため息をついた。苛立たしげになにか呟いている。猿野はトイレの横戸に耳を当てる。
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今日響いた言葉。「煩わしさが愛おしさなのだ」。そうなのかもしれない。
※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(I-VII)はこちら
※※イジン伝~桃太朗の場合~まとめ(VIII-XIV)はこちら
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