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面白庭小噺(冷蔵庫)

 これは嘘みたいだけどホントの話。まさか中古で購入した家にあんな恐ろしい怪異が住み憑いていたなんて、築三年であの価格、私たちはこの家が事故物件であることを疑うべきだったのだ。しかし今となってはもうこの家を手放すことなんて出来ない。今後どうしていくのか、それを私は今夫に相談しているところである。夫は私の前で腕を組み、深刻な顔で私を見つめている。

――あれは、一週間前の日曜日、時間は17時くらいのことだったと思う。
 その日私は仕事が休みで、同じく休日だった夫とともに近くのスーパーに行って数日分の食材を買ってきていた。私たち夫婦は揃って甘党で、買い物に行った際は必ずデザートを買って帰るのが恒例になっている。その日も例に漏れず私はシュークリームを、夫は少し迷ってエクレアを買っていた。

 そして帰宅、ナポリタンとコンソメスープの昼食を終えた私たちは思い思いの時間を過ごした。私は家でゲーム、彼は庭に出て家庭菜園の野菜や花の手入れをしていた。15時、我が家では至福のおやつタイム、けれど夫はスイセンやフクジュソウの写真を撮るのに夢中になって家に入ってこない。私は邪魔をするのもどうかと思って一人冷蔵庫から取り出したシュークリームを食べ、その後洗濯物を取り込み畳んだり、夕食で食べる唐揚げの仕込みをしたりした。

 時は17時、事件は起こった。私が家事を終えリビングで本を読んでいるとキッチンの方から夫の悲鳴が聞こえた。悲哀を帯びたその声に駆けつけた私はよつん這いになって冷蔵庫の前で意気消沈している夫を見た。その手には空になったエクレアの包装がひらひらと揺れていた。15時の時点ではたしかに私のシュークリームの隣りにあったエクレアが姿を消していたのである。もちろん私に心当たりはない。夫の様子があまりにも芝居がかっていたので、これはきっと私を困らせようとする夫自身の悪戯なのだとそのときはあまり気にしなかった。

 しかし、事件は一度では済まなかったのである。5日前には棚に入れておいたポテトチップスが一袋失くなっていて、一昨日にはダイニングテーブルの上に置いていたクッキーの缶から中身があらかた消えていた。そして昨日は冷蔵庫にしまっていたモンブランが。私は次々と消えていくお菓子の謎にとうとう一つの解答を見出した。それがこの怪異、“食いしん坊座敷童子”である――

 私はかくの如く名推理を披露し、香り高いコーヒーを一啜りした。冷たくて甘いアイスと温かくて苦味のあるコーヒーの相性は抜群だった。
 だが私がコーヒーを飲み込んだ瞬間、夫の目がぎらりと光りその腕が私を数秒で羽交い締めにしてしまった。抵抗したがその手は緩まらない。私は今こそ怪異がその正体を現し、夫に取り憑いたのだと思った。私は叫んだ。

「やめてくれ、“食いしん坊座敷童子”!」

 私の願いが通じたのか、夫は腕を離し私は自由の身になった。そしてそのままテーブルに伸ばした手を……。先回りして夫の手が私のカップアイスを掴み、彼はがっとスプーンを突き立てくり出したアイスを口に持っていった。

「瞳子、自分が食べたの全部化け物のせいにすればいいと思ってるな、この」

 あ、バレた?

 私は両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言い、襲いかかってくる夫から逃げてスイセン咲き誇る庭へ飛び出した。

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 私も甘いもの大好きです。今はエクレアが食べたい気分。

※小噺はひとつのマガジンにまとめていこうと思っていますのでよろしければご利用ください。

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