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「ジョジョミュ」公演中止から、舞台チケットの流動性と信用について考えた話

これは短歌の話でもなんでもなくて、
・中高大と演劇部、演劇サークルに所属するほど演劇にはまり
・その後、金融機関で労働し(株式や為替の決済業務を担当)
・端的にいうと育児で10年ほど舞台芸術を積極的に見にいけなくなっていた私が
・最近になって「舞台関連のチケットを購入するのってこんなに大変だったっけ?」と頭を抱えている

というだけの文章になりそうです。もしよければ苦悩を共にしましょう。
専門家でもなんでもないので、細部に誤解があるかもしれませんがご了承ください。致命的な勘違いがあればぜひご指摘ください。些細なものは見逃してください。


はじめに

ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』につきましては、開幕準備に想定以上の時間を要すこととなり、万全の状態で公演をお届けすることが難しいため、やむを得ず2月6日(火)~8日(木)の公演を、中止とさせていただきます。

東宝株式会社 2024年2月4日発表 https://www.tohostage.com/cancel2024_1/

通称「ジョジョミュ」が上演されることは何かで見かけていましたが、詳しい日程まで認識していませんでした。日程を把握したのは今日のX(旧Twitter)の「おすすめ」です。帝国劇場での公演初日2日前の今日、開幕から3日間分の公演中止が発表されました。中止というだけでなく、その理由が「開幕準備に想定以上の時間を要す」ためということで困惑の声が大きくなり、Xでサジェストされたようです。

驚いてXを見てみると、海外を含めた遠方から観劇予定だった人や、公演を楽しみにして「ジョジョネイル」をしていた人が途方に暮れていました。少なくともチケット購入者は、移動時間を含めたその日時のスケジュールを空けて楽しみに待っていたはずです。

その困惑のなかには、チケットが高額であること(平日1万6000円、週末・千秋楽は1万7000円)や、チケットの条件が購入者に厳しすぎる点に言及したポストも多くありました。どう厳しいのか確認してみましょう。

本公演は興行主の同意のない有償譲渡は禁止されています。ご入場の際には、本人確認を行う場合があります。
必ずご来場されるご本人様の会員IDで、購入申込の手続きをしてください。
・購入申込時に登録した入場資格者のみ発券、入場が可能となります。入場資格者はご購入後の変更はできません。
・不正転売防止のため、複数枚ご購入の場合、お申し込み時に入場者全員の氏名、電話番号を入場資格者情報としてご登録いただきますので、事前にご用意ください。

チケットぴあ 同公演チケット購入時の注意事項抜粋 https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2346070

つまり、1万6000円払ってチケットを購入しても、もし自分が行かれなくなったら、自分の判断だけで他人にチケットを譲ることはできないということです。

特定のリセールサービスサイトの案内が公演公式サイトにあるものの、上記の購入時の注意事項と矛盾している気がします。公演日や会場(地方公演)によっては、上記条件も異なるようです。
たとえば、自分が切羽詰まった状況(体調不良や急な不幸、急な仕事など)で公演に行かれなくなった場合、この注意事項との矛盾について興行側に問い合わせ、自らのチケットのリセール可否を確かめた上で、リセールサイトに登録して見えない相手と交渉・譲渡・決済をする……なんてことが誰にでもできるでしょうか。それこそ公演2日前だったら?(という皮肉でも言いたくなるでしょう)

流動性の低下

最近になって、舞台公演を見にいきたいと再び思える心の余裕が生まれ、チケット情報を眺めたり、実際に購入して見にいったりする機会が出てきました。学生時代、早朝5時に起きてチケットぴあに並んだり、10時からぴあに電話をかけまくったり、時計とにらめっこしながらLoppiのまわりをうろうろしていた私にとって(懐古厨とか本当は嫌なんですけど)実際、現在のチケットの在り方は、もうあの頃と違いすぎてまったく慣れません。

まず、チケットはインターネット販売のみが基本。人気公演は抽選が基本。席種の指定はできるが、どの位置になるかは発券(割と公演直前なことが多い)まで不明。人気公演であれば転売対策のために、抽選に申し込む時点で見にいく人の氏名等の登録が必要。そのため、転売や譲渡は基本的に不可(に近い)。これらは前述の「ジョジョミュ」にも該当します。

簡単に、昔(15年以上前あたりの認識)と現在の人気大型公演の比較をします。ここでは「流動性(※後述)」にポイントを絞ります。

【昔】たとえば、とりあえず2枚購入し、後から仲間うちなどで同行者を募ることができた。
【現在】最も厳格な場合は購入者だけでなく、同行者を指定した上で「抽選」に申し込む必要がある。つまり、誰かを誘ってスケジュールを確保しておいてもらっても外れる場合もある。

【昔】都合で自分自身が行かれなくなった場合、あるいは同行者が行かれなくなった場合、知人にプレゼントしたり、買い取ってもらうことが容易だった。
【現在】行かれなくなると実質的に「諦めるしかない」ケースも多い。必然的に、席は当日空席になる。

【昔】インターネット販売の他に窓口販売や電話販売があった。
【現在】インターネット販売のみ。そのため、何も制限しなければBOTなどを使用して転売目的の買い占めも容易。

別に昔の方が良かったとひと口に言いたいわけではけっしてありません。電話をかけ続けるのも早朝に並ぶのもかなり大変だし、それこそ誰でもできるわけじゃないし。

ただ、学生時代に演劇が好きで、まわりも演劇好きだった私は「このチケットあるけれど行く?」とお互いに声をかけあい、結果的に自分の予定していなかった公演を見るなどして、新鮮な体験をしたり、好きなものが増えたりしたのも事実です。「サザエさん」で波平がフネに「母さん、会社で週末の芝居のチケットをもらったんだ。どうかね、たまには一緒に行かんかね」などと言っているじゃないですか。ああいう感じです。

登録時や公演同日の本人確認も、転売や譲渡の制限も、すべては「転売屋対策」です。昔でいうダフ屋ですが、足で稼いでいたダフ屋と違って、現在の最新インターネットダフ屋は「ロボット使い」(と書いて「人でなし」)なので、興行主もこのように「流動性を低くする」よりほかに対策がないのは重々理解しています。

そう、チケットの「流動性」が極端に低くなっているのです。ここでいう流動性とは、株式などの券面におけるものを指します。

有価証券や為替取引において、流動性は、売買機会や制約条件の多寡を表します。
【流動性が高い】
いつでも売買が可能で、一度に売買可能な数量の多寡が問題とならないものを、「流動性が高い」といいます。
【流動性が低い】
逆に、売買時期が限定され、希望する数量が揃うかどうか、または捌けるかどうか判らないものを、「流動性が低い」といいます。

大和アセットマネジメント 用語集 https://www.daiwa-am.co.jp

インターネット販売にシフトしたこと、それによる転売屋対策のために致し方ないことを承知の上で、それでも事実として、チケットの「譲渡を含めた売買機会の制限、制約条件の数」はこの10数年で急増しました。つまり、チケットの「流動性」はものすごく下がりました。

信用の低下

もう1点、チケットにおいて下がったものに「信用」があります。
この場合の「信用」も株式などの券面におけるものを指します。

信用リスクとは、有価証券の発行体(国や企業など)が財政難、経営不振などの理由により、債務不履行(利息や元本などをあらかじめ決められた条件で支払うことができなくなること)が起こる可能性をいいます。
そういう事態が起こった場合やそれが予想される場合には、発行体の有価証券の価格は下落します。

SMBC日興証券 用語集 https://www.smbcnikko.co.jp/index.html

新型コロナウイルスの流行により、舞台公演が中止になるケースが頻発しました。現在でも出演者の体調不良による中止や延期は見られます。避けられないアクシデントではありますが、チケット購入者からすれば「債務不履行」の可能性の増加=「信用」の低下です。

もちろん、有価証券のデフォルトと異なり、舞台公演のチケット代金は払い戻ししてもらえます。公演準備に費用をかけていたのに、払い戻しをするだけでも興行側は大ダメージです。それはもちろんわかっています。

ただ、チケット購入者からすると、支払っているコストはチケット代だけではありません。遠方から観劇にくる予定の人の宿泊費用などもそうですが、たとえば限られた有給をすでに申請していたり、すぐれない体調をなんとか調整したり、介護や育児の代わりを頼んだり、「一生に1度のお願い」を使っていたりするかもしれません。なかには、チケットの代金よりもそちらの方が「重い」人もいるはずです。

さらに、コロナ禍で大打撃を受けた舞台芸術は、人員面等でもかなりシビアな状況だと聞きます。そのためか、システム不調による公演中止や、チケットのダブルブッキング、販売不可エリアを販売するなどのトラブルも(これはあくまで私の体感ですが)耳にする機会が増えました。いわゆる人手、特に知識と技術のある人材が足りていない気がします。今回の「ジョジョミュ」もそうです。

「流動性」と「信用」は低下しているが価格は上がっている

通常、株式などの有価証券は、流動性と信用が下がると価値も下がる=価格も下がります。けれども、チケット代金は近年値上がり傾向にあります。つまり経済の理屈に反している状態です。この歪みが「舞台離れ」を加速させている状況だと考えます。

あと金銭的な側面でもう1点付け加えると、チケットのインターネット購入が一般的になった現在、システム手数料や発券手数料など、細かく結構な額(1000円弱)の追加料金が有無を言わさずチケット料金に加算されます。これは、昔はほぼゼロでした。あって200円程度。
公演が中止になった場合、チケット代は払い戻されますが、手数料関係は戻ってきません。場合によっては、払い戻しを受け取るための手数料が発生するケースもあるようです。

もちろんすべて、システム会社の都合、コロナ禍の打撃、物価高などが原因であり、興行側が一概に悪いとはとても言えません。

私は舞台関係者、興行側を責めたいわけでは決してありません。舞台関係者こそ、転売屋やコロナ禍の被害者です。また、興行側も一枚岩ではなくて、特に大規模公演になると、流動性と信用と価格高騰の問題はすべて担当会社や部門が異なるでしょう。けれども、チケット購入者側の視点からすると、チケットを購入し、そのチケットと引き換えにみる舞台が見られるかどうかがすべてです。(昨年12月に冷凍クリスマスケーキが崩れて届いた問題がありましたが、製造元・監修元・注文を受け付けた百貨店・配送会社が複雑に絡んでいるとはいえ、消費者からすると「崩れたケーキが届いた」としか言いようがないのと同じです。この記事は消費者視点で書いています)

10数年前より極端に流動性も信用も低下し、なおかつ高額であるチケットを購入する、そのリスクはストップ高なんじゃないかと思います。一体どうしたらいいんでしょう。

本当にどうしたらいいんでしょう。
本当に。

私は舞台をこれからも見たい、でもチケットを購入するためのコストもリスクも高すぎる。熱意が足りないと言われたらそれまでかもしれない。けれども、これではあまりに手を出せない。
どうしたらいいんだろう。転売屋を阻止しながら流動性をある程度戻すには? 興行側のコストを圧迫せずに信用を上げる(あるいは信用リスクを減らす)には? 私はいち消費者なので、いったい何が「中」で起こっているのがわかりません。考えて、ただ考えて、これを書きました。

2月5日追記)当初は記事のタイトルに「ジョジョミュ」を出していませんでしたが、本文では「ジョジョミュ」をメインに取り上げて執筆していること、東宝側の今後の対応が判明したのちに追記や修正する可能性があるため、表記することにしました。

2月6日追記)東宝より、中止の背景と、チケット代に加え手数料・交通費・宿泊費1日分の補償が発表されました。開幕日はまだ確定されないようです。

2月9日追記)2月8日午後、東宝より、2月10日11日も中止とし、12日から開幕するとの発表がありました。中止分の保障内容は既発表の通りのようです。
「2月10日からの公演実施に向けて一同鋭意舞台稽古に取り組んで参りましたが、スタッフ・キャストの安全確保に努めながらの準備に更なる時間を要し」延長するとのこと。舞台での稽古は進行しているという意味でしょうか?

個人的にこの時点で気になるのは、複雑な演出・舞台装置が要因とも言われるなかで、これから北海道、兵庫と引っ越しツアーは無事に進むのだろうかと心配になりました。

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