Monster Sweeper scrub episode Ⅰ「ニューフェイス【4】」
「待たしたな!」
Bの声とともにコントロールルームに入ると、目の前のスクリーンに男が映し出されていた。大柄な中年の男で、そわそわと落ち着かなく視線を動かしているが、極力こちらとは目を合わせないようにしている。
「そちらのお嬢さんは、先刻のエアバイク集団の?」
スクリーンの正面に座っていたAが、パトラの姿を見て訊いてきた。ジュリアが最初に基地で話をした時にもあったタブレットを持っている。
「そう、リーダーの娘(こ)。一緒に話が聞きたいって」
「いいですね。この件では君の仲間はもう関係者で、いわば被害者ですから」
Aがにっこり微笑んだので、パトラはとまどっている。そしてジュリアは『この当りの柔らかさがくせ者なのよねぇ……』と、基地に着いた時のことを思い出していた。ちらっとBの方に目をやると、意地悪そうなにやにや笑いがだだ洩れである。
「ひ…被害者とは何だ! そいつらが勝手に手を出してきたんだぞ!」
「助けてもらった相手にその言い方はないでしょう」
Aがスクリーンを見据えて言った。口調は穏やかだが背筋がひんやりする声。多分、もう笑ってはいない。ジュリアはそっと、ほかの二人に目をやる。Cはにこにこして、Lはいつもの無表情で、ことの成り行きを見守っている。
「――座りなさいよ、あたしも座るから」
Bが自分のシートにどっかり腰を下ろしたのを機に、ジュリアは二つある補助シートのひとつにパトラを座らせ、自分ももう一つに腰を下ろした。画面の向こうの相手は完全にAにのまれて言葉が出なくなっている。
「さて……では、なぜこの星系には生息していないはずのジャプリウスに襲われていたのか、その理由を説明してもらいましょうか」
「そっ、そんなこと、お前らに話す筋合いは……」
「あるんだよ」
Lがさえぎった。Aと同様、静かではあるが、その声には半端なく凄みがある。灰色の目が交信相手を睨みつけている。
「こっちは通報を受けて来てるんだ。派手な事件じゃなくとも、報告はあげなきゃなんねんだよ。まぁ俺じゃなくて、こいつが出すんだがね」
そう言って親指でAを指す。指されたAは苦笑いしている。
「そういうわけだから、グダグダ言ってねえでとっとと話してくれ。事と次第によっちゃ、報告の内容を変えるかもしれんから、正直に話した方がいい」
Lの言葉に、相手は唇を噛んで押し黙ってしまった。さすがの迫力だわ、と感心しつつ、ジュリアはちょっと引っかかる。『内容を変えるって……んん?』
「じゃあもう一度初めから。なぜジャプリウスに襲われてたんですか?」
「うっ……それはその……」
「――積荷、だったんでしょ?」
Cが横から助け舟を出した。口ごもっていた相手は驚いた顔でCの方を見る。
「どういう経緯かはわかんないけど、あなた方はあのジャプリウスの群れを生息地で捕獲した。電磁檻に閉じ込めて、どこかの誰かさんのところまで届けるために何回かハイパージャンプを繰り返してここまで来た。だけど、知ってた? 檻のシールドを作ってる電気が餌になっちゃうんだよ。電気を食べてだんだん元気になってきたジャプリウスは個体同士が合体して1体の大きい生体になって、檻が窮屈になっちゃったんだと思う。どのくらいの数を入れていたの? 多分100体前後かな」
「そ、そうなんだ! いつの間にかでっけえ1体になってて、檻を壊して貨物室の入り口をぶっ壊して逃げたんだ。そんでエアロックを壊して外に出て、エンジンのとこにとりついた……」
スクリーンの向こうの男はそこまで一息に喋るとはっと我に返った。
「たいへんだったね。びっくりしたでしょ?」
Cが慰めるようにそう付け加える。相手は深いため息をついて肩を落とした。
「ちょっと……あの子すごくない? なんであのベムのこと、こんなによく知ってんの?」
隣に座っているパトラが耳打ちしてきたが、ジュリアもあっけにとられていて応えることができない。口調はよく知っているいつものCだった。だが知識に裏打ちされたその言葉には説得力があり、いつものふんわりほんわかした彼とは別人のようだった。
「あたしも今、初めて聞いたのよ、あの子のあんな話し方……」
ジュリアはそう応えるしかなかった。
「……でっでも! あの檻で大丈夫だって言われたから……」
「誰にですか?」
低い静かな声でAが聞き返す。相手はまた言葉に詰まった。
「応えられないんですか?」
「……守秘義務だ」
「そうですか。口止めされてるんですね」
Aは手元のタブレットを操作しながら話を続ける。
「――わかりました、つまりこういうことですね。あなた方の輸送艇は誰かから依頼されて、そのジャプリウスを手配して届けることになっていた。きっと相応の金額の請負料を受け取る約束になっているんでしょう。察するところ、もういくらかは支払われているのかもしれませんね。でもご存じだとは思うんですが……ああ、あった、これだ。宇宙生物を取引する場合、資格が必要なんですが、あなたか乗組員のどなたかがお持ちですか?」
スクリーンの男は黙り込む。
「それと、捕獲する場合は用途を明確にしたうえで、生物種族管理局へ申請して許可をもらう必要もあります。人類以外にもこの宇宙には生物と認識されるものがたくさんいて、それらの生態系を壊すほどの乱獲が度々おこなわれてきたので、審査基準がとても厳しくなって許可はなかなかもらえないと聞いているんですが、それも取得していらっしゃるんですよね?」
相手の額が汗でじっとり濡れているのがスクリーン越しにも見てとれた。食いしばった口元から苦しげなうめき声が漏れているようで、ジュリアはなんだか彼が気の毒になってきた。『スゴ腕の交渉人がいるからな!』というBの言葉が脳裏によみがえってくる。Cの後にこれは、ものすごい「アメとムチ」だわ……心の中で呟く。
「――密輸、か」
ぼそりとLが言った。それがとどめのひと言となり、スクリーンの向こうの男はがっくりと首を垂れた。もはや言い返す気力はなさそうに見えた。
「わかりました」
Aはそう言うと、タブレットから顔を上げた。
「――そういえば、まだそちらのお名前も伺っていませんでしたね。失礼しました。お名前は? それと、艦の名前と登録番号もお願いします」
スクリーンの男はぼそぼそと、自分はグレゴリー・ドーソンという名で、小さな配達請負の会社をやっているといい、船の名前と登録番号を名のった。Aがそれを手元のタブレットに入力する。
「ありがとうございます、登録確認できました。事情が事情なので、もしかして未登録船では、と思いましたが、そこはきちんとしていらっしゃるようですね」
「商売道具だからな」
相手の男――ドーソンは不機嫌そうな声で応えた。観念したらしく、先ほどより落ち着きを取り戻している。
「ではドーソンさん、本題に入りましょう。まず、あなたにジャプリウスを入手するよう指示してきた依頼相手については今は深くお尋ねすることはしません。いろいろとご事情もあるでしょうから」
『ん?』ジュリアの眉間にしわが寄った。『ちょっと待て……今なんて?』次に出てくるのは “逮捕”とか“拘束”とか“事情聴取”だと思っていた。ところが目の前の、いかにも真面目そうなAから出た言葉は、そこからだいぶ遠いところにある類のものだった。
任務を『やる』と言いだしたものの、実際には初めてのことで勝手がわからず、役に立たないところも多かった――そんな自分にBが示してくれたフォローと「任せる」という信頼感、、Cのベムに対する思いがけない知識の厚さ、そして今のAの発言――ジャプリウスの案件が始まってから幾度となく感じている“予想外の対応”がまたもや現れ、ジュリアは何度目かのもやもやした気持ちにもはや慣れ始めている自分に気がついた。隣にいるパトラも怪訝な顔で、明らかにとまどっているのが見てとれる。
「ねえ…なんか違うんじゃない?」
彼女がジュリアに囁く。
「うん……あたしもそう思う」
「あんたたち、CPじゃないの? こういう時は“逮捕”じゃなかったっけ」
「そうなんだけど……ごめん、あたしも一緒に仕事するの初めてなんで、よくわかんない」
このチームが外で聞いてきた噂とはだいぶ様子が違うことに、ジュリアは気づき始めていた。他の三人は全く慌てる様子はなく、Aと相手のやり取りを淡々と見ている。ということは、こういう展開には慣れている、ということなのだろう。
Aが話を続ける。
「一応、出動命令が出たので報告はあげないといけないんですが、私たちはベム関連でのこういう密輸案件、時々遭遇しています。かなり悪質な場合もあるので、そういうときは問答無用で拘束するんですけど、あなたはこういう事案にあまり慣れていらっしゃらないようなので、察するところ“小遣い稼ぎ”みたいな感覚だったのかなあ、と思いました。あなたの会社で働いている人たちのこともありますし、事情をお聞きして、内容によっては情状酌量の余地があるのではないかと思っています」
ここまで話して、Aはひと息ついた。少しの間沈黙があり、それからドーソンは堰を切ったように言い訳を始めた。
――なじみのバーで日ごろから親しく話をしていた男からジャプリウスの輸送を頼まれた。報酬はかなり気前のいい額で、しかもそのうち半額は前金で支払ってくれた。当日は自分たちとは別に10人程度の捕獲隊が来ていて、そいつらがジャプリウスを捕まえたのだが、話に聞いていた数の倍の個体数だった。檻は1台しかもっておらず、多少無理をして全個体をそれに押し込めて運んでいたが、ここまで来たところで檻が壊れ、このような事態になってしまった――彼の話はだいたいそんなところだった。
「檻の電気量の調整とかどうしてたの? ジャプリウスは電気を食べて元気になると、合体して大きな固体になっちゃうとか知ってた?」
Cが訊ねると、ドーソンは力なく首を横に振った。
「なんにも教えてくれなかったよ。運ぶのを頼んできた奴は『檻に入れとけば大丈夫だ』としか言わなかったし、捕まえに来た奴らも何にも言わずに檻に入れて、そのまま帰っちまったしよぉ。艇(ふね)のバッテリーの電源の燃料の電気もすっからかんに喰われちまって動けなくなるし、外装はあちこちへこんだり傷だらけにされちまって、修理に相当金が掛かりそうだし……前金じゃあ全然足んねえよ!」
話しているうちにドーソンの語気はだんだん荒くなり、最後は拳でコンソールを叩いた。ガン、という音がこちらまで聞こえてくる。
「――多分、あなたの持っている檻は古い型のものだったんだね。電気量の調整もあまり細かいレベルではできなくって、中に入っている生物をセンサーで読み取って、自動的に最適な状態に設定してくれる機能なんてついてなかったでしょ。違う?」
Cの言葉に、ドーソンは同意のため息をついた。
「うちはもともと、ごく当たり前の荷物運びが主な仕事で、生きてるものを運ぶことはあんまりないんだ。だいいち、そんな最新で高性能な電磁檻なんて、高価(たか)くて手が出ねえよ」
ドーソンの愚痴を遮るように、Aが割って入る。
「組んだ相手が悪かったということですね。それに関してはお気の毒に思います。ですが、あなたたちがやろうとしていたことが法に触れていたことは事実です。それを見て見ぬふりをした結果、乗組員が危険にさらされた。それと、たまたま通りがかったエアバイク乗りの人たちも危険な目に遭い、バイクを壊されたりしています。彼らは純粋に、あなたの輸送艇が大変なことになっていたので、助けに行ってくれたんですよ。そのことについたは礼を言って、被害については相応の償いをすべきではないかと思いますが、いかがですか?」
ドーソンは無言でうなだれた。
「……さっきのエアバイク乗りの奴はだれかそこにいるか?」
「いるわよ、この娘がそう。“自由猫(デラシネ)”っていうチームだって」
ジュリアが立ち上がって、パトラのシートに寄りかかった。急に名指しされてとまどうパトラに、ドーソンが話しかける。
「姉ちゃん、危ない目に合わせて悪かったな。助けてくれてありがとよ」
パトラの頬がぱっと赤くなる。
「エアバイク乗りには邪魔されることも多いもんだからさ、俺たち運送屋はみんな、あんまりよく思っちゃいねえんだよ。でもあんたたちのチームはいい奴ららしいな。“デラシネ”だっけ? 名前、覚えとくよ」
「――そうしといて」
耳まで真っ赤になりながら、そっぽを向いてパトラが返事をした。
「もー、照れちゃって、可愛いっ!」
思わずジュリアはそう言ってパトラの銀髪をわしゃわしゃ撫でてしまい、「やめてよ!!」と怒られる。そんな二人のやり取りを、BとCが笑ってみていた。
「さて、では結論に行きましょうか」
Aが言った。コントロールルームの全員の視線が、スクリーンのドーソンに戻る。
「まずジャプリウスについて。本来ならばここにいるはずのない生態なので、もともと居たところ、つまり捕獲した星に戻していただきます。あなたの船の動力と燃料については、こちらで提供できると思います。それがあれば航行可能ですか?」
「ああ……うん、あちこち傷だらけでへこんじゃいるが、なんとか」
「ハイパージャンプはどうですか?」
「ちょっと待ってくれ」
ドーソンが手元の計器をチェックする。
「ハイパードライブエンジンにも故障はない。エンジンの起動バッテリーの電力と燃料を補給できれば、ジャプリウスを捕獲した星まで戻ってそのあと家まで帰ることぐらいは出来そうだ」
「よかった。ではこのままジャプリウスを生息していた星に還していただきます。こちらのスタッフが二人、同行してきちんと戻したかどうか確認します。それで、この密輸未遂の件は不問にしましょう」
「本当か?!」
画面のドーソンが驚いて聞き返す。ジュリアとパトラも思わず顔を見合わせて、それからコントロールルームを見回した。A以外の三人は全く動じる気配はない。信じがたいが、これも“通常営業”らしい。Aは続ける。
「それから、依頼主からあなたに払い込まれている前金の中から、エアバイクを壊されてしまった三人に修理費用を出していただきます。修理が完了したらそちら宛に請求書をお送りしますので、届いたらすみやかに支払ってください。これは助けてもらった謝礼ということでいいですね?」
「いくらでも、ってわけにはいかねえよ。こっちもいろいろ大変なんだ。おいあんた、どのくらいかかりそうなんだ?」
ドーソンがパトラに向かって訊ねた。パトラは少し考えこむ。
「吹っ掛けてもいいわよぉ、ピッカピカにしてもらっちゃえば?」
そんなことを囁くジュリアを、パトラは怖い顔で睨みつけた。
「あたしたち、そんなろくでもないのとは違うから。一緒にしないで」
「あーらら……失礼いたしました」
びしっと言い返されて、ジュリアは肩をすくめる。ふと目があったBがにやにやしながら口だけ『ザマーミロ』と言ってきたので、思い切りしかめ面を返してやった。
「……一台につき50万ボウル、それくらいあれば直せる」
「てことは三台で150万か、安い金額じゃないな」
ドーソンはため息をついた。
「だが助けてもらったおかげで、艇は失くさずにすんだ。新しいのを手に入れることを考えりゃ安いもんだ。わかった、払おう。前金は半分以上ふっとんじまうけどな」
「え……大丈夫なの? あんた……」
言ってはみたものの、返事を聞いたパトラは心配そうな顔になる。
「艇がありゃあ仕事はできる。金につられて変な話に乗っかった俺も悪かったんだ」
「うん……そう、じゃあ頼むわ、直してあげて。みんなお金はないけど、エアバイクが大好きな奴らなのよ」
「わかるよ。俺も荷物運んであちこちの星に行くのが好きでやってるから」
「そうなんだ」
パトラが初めて、肩の力が抜けたような笑顔を返す。年相応の可愛らしい笑い顔だ、とジュリアは思った。
「修理の件はまとまりましたね」
成り行きを見守っていたAが、先刻よりもだいぶ柔らかい表情で言った。『あの物言いで問い詰められるのはきついよねー……オジサン可哀相』などと思っていたので、ジュリアは少し安心する。
「では最後に。今回あなたにろくに説明もせずに非合法な貨物の運搬を依頼した相手についてですが、今ここで詳しいことをお聞きするのはやめておきます。今までに遭遇したこの手の事例を鑑みると、相手がどこの誰かだいたい予想はつくんですが、それを報告にあげてしまうとCP本部が動いてしまうし、そうするとあなたも罪に問われることになってしまう。大騒ぎした挙句あなただけが罰を受けて、悪事の大元は何もおとがめなしということになってしまうかもしれないんです。何せ今や我がCPの上層部には企業や利権にぶら下がる腐った奴らが横行しているもので」
苦々しい口調でAは話し続けた。いつの間にか、コントロールルームの他の男三人は真顔に戻っていた。BとCはAの言葉にうんうんと頷いている。ひとりLだけが、全く変わらない表情のまま、成り行きを見守っている。
「それではあなた方だけが損をすることになる、それはこちらも本意ではありません。ですので、依頼主についてはしばらく私たちに任せていただけませんか?」
「……どういうことだ?」
ドーソンが首をかしげた。Aの言っていることがすぐには呑み込めずにいる。それはジュリアとパトラも同じで、パトラがまたもや「どういうこと?!」という視線を投げてよこし、ジュリアはかぶりを振って肩をすくめる。『さっきからサラッといろいろ問題発言多すぎじゃないだろうか? どうなってるの、このチーム?!』声に出して言いたい気持ちを抑えるのがだんだん辛くなってくる。あまりにも想定の斜め上の事態が続きすぎて、ジュリアはそろそろ疲れてきた。そして、自分とパトラ以外の三人が全く動じないことにムカつき始めていた。
そんなジュリアには全く構わず、Aは続ける。
「うちのチーム、CPの中でもベムがらみのトラブル全般の対処や、捕獲・駆除を受け持っているチームなんです。ベム案件というのはそんなに数の多いものではなくて、この手の仕事はすべて私たちのところに集まってくるんですよ。最近、あなたが今回遭遇したような密輸の案件、それもすごく雑なものがとても多くなっているんです。もちろん、とても悪質な類の運搬業者もいて、そういう輩は問答無用でCPに引き渡してやるんですけどね、その結果、あまり大きくない貨物業者だけが罪に問われてしまうというケースも増えているんですよ。正直、今のCPは弱者の味方とは言い切れないところがあるもので……」
Aは肩でため息をついた。どれだけぶっちゃけるんだろう……大丈夫なんだろうか、この人……ジュリアは少し怖くなってきた。口調は相変わらず物静かで柔らかい。でも、言っていることはかなり踏み込んでいて、しかも的を得た上層部批判だ。『ダストシュート』などど揶揄されている噂とは、あまりにもイメージが違い過ぎる。そして周りの三人もそれを容認していた。スクリーンの向こうのドーソンも、どう返事をしていいのかわからないといった風である。
Aの話は続く。
「このチーム、直属の上司のほかに、俺が個人的に報告をあげている人がいるんです。その人はこういう事例が増えてきてるっていうのもわかっていて、この状況を憂慮しています。それで、自分の裁量の範囲だけど対処してくれているんです。その人に連絡をしておきます。2~3日お待ちいただければ弁護士のかたから連絡がいくと思います。そうしたらその方に詳しく話を聞いてもらって、依頼相手に補償を請求できるよう図ってもらってください。こういう案件に慣れている方なので、きっとあなた方が損をしないようにしてくれますから、安心して任せてくださっていいですよ」
Aの申し出に、ドーソンはぽかんと口を開けたまま、しばらくフリーズする。それからはっと我に返る。
「そ……そりゃありがたい話だが、なんでそこまで……」
「あ、言い忘れました。弁護士費用はもちろん払っていただきますよ。その人もボランティアで引き受けるほどは余裕がなくて……何しろCPには内緒で動いていますからね。でも、良心的な金額だったはずです」
「も、もちろん払うよ! だけど、あんたたち、なんでそこまでしてくれるんだ? CPなんて融通が利かなくて、俺たちみたいな小っちゃくて細々とやってるところにとっちゃ、あんまりあてにならないと、俺は思ってたんだが」
ドーソンはちょっと口ごもる。
「その……そんなにあれこれ手配してくれるなんて、その……悪いけど、なんかあるんじゃねえかって思っちまうんだよ。なあ、どうしてなんだ?」
Aは少しの間考え込んで、静かな口調で応えた。
「CPは確かに今、あんまり評判は良くないですけど、なかにはちゃんと志を持ってる人もいるんですよ。腐った奴や小悪党ばかりでもない、ってことで、納得してもらえませんか」
今度はドーソンが黙り込んだ。今までAから聞かされた話を、ひとつひとつ思い返しているようだった。ゲルニカのコントロールルームは、全員彼の返事を待っていた。口をはさむ者はだれもいなかった。
やがてドーソンは顔を上げた。
「わかった。全部、あんたの言うとおりにする。エアバイクの修理代も払わせてもらう。弁護士も頼んでくれ。費用はちゃんと払う。それと……」
いったん言葉をきって、ドーソンはまっすぐにこちらを見据えた。
「もう二度と、こんなことにはかかわらない。約束する」
「――いいですね。最後の言葉が聞けて安心しました」
Aがにっこり笑った。BとCが笑顔でうんうん、と頷く。ジュリアもほっと息をついた。隣のパトラを伺うと、硬かった表情が緩んで、微笑みを浮かべている。あたしと同じだ、とジュリアは思った。そして、ひとつ任務に参加してみて、このチームひとりひとりの印象がずいぶん変わっている自分に気づく。何と言ったらいいのか――言葉にするのはとても難しい。不思議なチームだ。でも、居心地は悪くない。そんな気持ちになったのは久しぶりだった。
(【5】へ続く)