恋に落ちたと気付く時
思へども なほあやしきは逢ふことの
なかりし昔なに思ひけん
村上天皇
こんなことになるなら出逢わなければよかったと思うことさえあるが、その顔を見ればこの短い人生の中でめぐりあえた不思議にそれでも感謝する。互いの選択が偶然の接点となってやっぱり出逢ってしまって、あなたを深く知る前とその後では、全然違う僕になってしまったことにようやく気付くのだった。
カラダだけじゃ分かんないことあるよね。あのさ、それって恋なんじゃないと僕の耳元で声をおさえて茶化すように笑うけど、そんなに間違ってない。一を知れば二を知りたくなる。五を解けば十を差し出して欲しい。摂理として過去に遡れば零となり、かつての僕があなたという謎を知らずにいた昔を嘆息とともに振り返るだけ。
あなたに出逢う前の自分が何に悩んでいたかなど、もう思い出すこともできない。契ってなお恋しいとは如何なる思いの迸りだろうか。或いは何かの報いというのなら、この憂悶の一方で沈めようとも浮かび上がる幸福感は何だろうか。
人間の業とは千年経っても、汲めど尽きぬ欲念の泉。ただ呆然と、本当に恋に落ちたと気付くとき。