美しい日本語「海の歌」シリーズ2:われは海の子
美しい日本語「海の歌」シリーズ1:椰子の実では、「椰子の実」の歌詞を紹介しました。叙情歌や唱歌には歌詞が美しいものが多いと思うのと、夏真っ盛りということもあり、あと2曲紹介しますね。
2曲目の今回は、「われは海の子」です。
「われは海の子」
一、
我は海の子 白浪(しらなみ)の
さわぐいそべの 松原に
煙たなびく 苫屋(とまや)こそ
我がなつかしき 住家(すみか)なれ
二、
生まれてしほに 浴(ゆあみ)して
浪を子守の 歌と聞き
千里(せんり)寄せくる 海の氣を
吸ひてわらべと なりにけり
三、
高く鼻つく いその香に
不斷(ふだん)の花の かをりあり
なぎさの松に 吹く風を
いみじき樂(がく)と 我は聞く
苫屋(とまや):苫で屋根を葺(ふ)いた、粗末な家のこと。小屋や舟を覆って雨露をしのぐのに用います
不斷(ふだん)の花:「フダンソウ」と呼ばれる花のこと
いみじき:「いみじくも」と同様、「巧みな」「素晴らしい」の意味で使われています
樂(がく):音楽
作詞者・作曲者ともに不詳とされていますが、日本の児童文学者、英文学・北欧文学者の宮原晃一郎さんの原作を、国文学者の芳賀矢一さんが改作したという説が最も有力とされているようです。表記によっては、作詞者・作曲者ともに文部省唱歌としているところもあります。
宮原さんの作詞であれば、故郷鹿児島の天保山公園の海岸から見ての桜島を思い浮かべてつくられたようです。時期は1908年とのことなので、明治の終わり頃ですね。
前回の「椰子の実」同様、音に頼っていた歌詞を文字にして改めて眺めてみると、今ではあまり使われなくなった言葉に対する新鮮さと同時にノスタルジーを感じます。また、漢字によって新たに意味がはっきりするものがあるので、情景がより明確に思い浮かぶようになります。
さて、この歌は七番まであるのを知っていましたか?四番から七番まではこちら。
四、
丈餘(じょうよ)の櫓櫂(ろかい) 操りて
行手(ゆくて)定めぬ 浪まくら
百尋千尋(ももひろちひろ) 海の底
遊びなれたる 庭廣し
五、
幾年(いくとせ)此處(ここ)に きたへたる
鐵(てつ)より堅き 腕(かいな)あり
吹く鹽風(しおかぜ)に 黑みたる
はだは赤銅(しゃくどう) さながらに
六、
浪にただよふ 氷山も
來(きた)らば來(きた)れ 恐れんや
海まき上ぐる たつまきも
起らば起れ 驚かじ
七、
いで大船(おおぶね)を 乘出して
我は拾はん 海の富
いで軍艦に 乘組みて
我は護らん 海の國
丈餘(じょうよ)の櫓櫂(ろかい):丈餘は一丈くらい。一丈は十尺で約3メートル。櫓櫂は和船を漕ぐ道具
百尋千尋(ももひろちひろ):「尋」は水の深さや縄などの長さの単位。一尋は六尺(約1.8メートル)で、左右に広げ延ばした両手先の間の長さ。「百尋千尋は」、「とっても深い」という意味
赤銅(しゃくどう):皮膚の色
いで:「さぁ」「いざ」
四番から七番までは、1947年以降教科書から姿を消されたのですが、特に六番、七番の歌詞をみるとその理由が想像つくかと思います。軍国主義的な表現は全て追放されてしまったからです。
私も三番までしか知らず、今回初めて七番まであったことを知りました。一番から三番は海の側で育った少年と、海の情景が描かれていて、四番、五番では少年の成長と海の広大さが、そして六番、七番ではたくましく成長した少年の愛国心が歌われているように、一連の流れを追っていくと、また別の見方が出てきますね。
作者の意図からはずれているかもしれないですが、前半の歌詞は海の風景とそこに生きる人の海への思いが素敵だなと思いました。そして、ゆったりと堂々としていて次第に盛り上がりを見せるその旋律はとても美しいです。それから、「われは海の子」というタイトルには、四方を海に囲まれた自然豊かな国の民としての自負を感じます。
さぁ、ではピアノ伴奏でどうぞ(この旋律になぜか涙が出そうになる)
ジャズアレンジにするとまた雰囲気が違いますね(明るくおしゃれ〜)
なんと、ご年配パンクバンドによる鹿児島弁バージョンも(パンク!)