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2022.5.9 瞳孔開きにくいタイプの人

子どもの頃から左目に、透明な二重丸が住んでいる。
雲一つない真っ青な空を見た時、白一色の壁をみているとき、暗い色で塗られた絵画を眺めている時、ちょうど「◎」というマークによく似た、透明な歪みが瞳の中に現れる。
見えたり見えなかったりするそれがなぜ現れたのか、子供の頃は、興味本位で直接太陽を見てしまった時に焼けたのだ…となぜか思い込んでいたのだが、大人になるにつれて透明な丸だけではなく、黒い点や糸くずのようなものもいくつか見えるようなった。そのような症状は「飛蚊症」といい、基本的には害のないものらしい。

目の中に住んでいる丸や点や糸くずとはもう長い付き合いになる。最近そこに、折り紙を破いて作ったような歪でぼやけた三角形が見えるようになった、思えば最近点や糸くずのようなものも、以前に比べて増えた気がする。あとなんかめっちゃ目が疲れる。老化か。「飛蚊症」で検索してみると、網膜剥離の前兆のこともある、みたいな記事をうっかり読んでしまったので、念のために眼科に行くことにした。

飛蚊症の詳細な検査のためには、眼底検査という検査が必要になる。目薬をさして瞳孔を開き、瞳のさらに奥の眼底を詳しく調べてもらう。目薬をさすと当然瞳孔が開き、目が見えにくくなるので乗り物の運転は禁止、5-6時間たてば自然と元に戻る。

眼底検査の簡単な説明をした後、じゃ、さしますね、と看護師さんが目薬をさす。ごくごく普通の目薬で痛くもかゆくもない。人によって10分‐20分くらいで瞳孔が開くらしい。診察室前の簡易のパイプ椅子に座って待っているが、今まさに瞳孔が開こうとしている人間の振る舞いがよく分からない。眼鏡はかけていいのか?目はつむった方がいい?スマホは見てもいいんかな?20分かかるんやったら持ってきた文庫本読んでいい?病院とかついつい文庫本持ってきてしまうけど、ほとんど読まへんよなぁ、とか思いながら、結局「いらすとや」のイラストが入ったコロナウィルスへの当院の対応、みたいな貼り紙を熟読しながら時間が過ぎるのを待つ。が、待てども待てども視界は一向に変わらず、瞳孔が開く気配がない。いらすとや、どうやって儲けてるんやろ…いらすとやのビジネスについて考え始めたくらいでやっと看護師さんが様子を見に来た。

私のまぶたをグイっと持ち上げた看護師さんが言う。
「あっ、瞳孔が開きにくいタイプみたいなので、目薬足しますね」

えっ?瞳孔が?開きにくいタイプ?
人生で初めて聞く言葉だが、なんか妙に迫力がある。瞳孔が開きにくいタイプがいるということは、瞳孔が開きやすいタイプの人もこの世には存在するのだろうか。私は肩が凝りやすいタイプだし、夜更かしは得意でないタイプ、目玉焼きには醤油をかけたいタイプだし、東西南北が良く分からないタイプで、大人数の飲み会は端っこにいがちなタイプだけど、瞳孔が開きにくいタイプでもあったのか。37年生きてきて初めて知った。まだまだ知らないことが沢山あるな~とか関心するが、追加の目薬をされても瞳孔が開く気配が一向にない。さすが開きにくいタイプ。

瞳孔が開く気配を感じたのは会計が終わり、スマホを取り出した時である。スマホ画面の時計の数字がぼやけてよく読めない。遠くはかろうじてよく見えるが、手元や近くに焦点が合わなくなっている。
病院の外に出ると、めちゃくちゃまぶしい。よく晴れた日だから空がどこまでも青く、新緑も緑が深くて美しいのだが、いつもの5倍くらいの明るさなので、あまりの明るさに目がくらむ。すごい、これが瞳孔が開いているという状態か。いつもこの状態だったら、光が脳まで届いて脳みそまで焼けてしまいそうである。

でもこの気味が悪いほどにまぶしい色彩の感じ、なんかで見たことあるなぁと思ってたどり着いたのは「ベニスに死す」のラストシーンと、最近みた「ミッドサマー」だったのだけど、どちらも瞳孔が開いた状態で見ている世界を撮っている、と思ったらめちゃくちゃに怖いな。

検査の結果、目には全く異常がなかった。飛蚊症は特に治療法もないので、そのままにしておくしかないらしい。瞳の中に住んでいる「◎」も点も糸くずも、それから新入りのぼやけた三角も、これからもぼちぼちやっていこうぜ。


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