「あなたの沖縄」執筆者紹介
「あなたの沖縄」は、沖縄ブーム以降に成長してきた90年代生まれのメンバーを中心に活動しており、20代~30代の執筆者がそれぞれの視点で多様な沖縄の姿を書いています。私たちが大切にしているのは、個人的な体験を通して自分の言葉で沖縄の姿を描くことです。そうすることで、身近なところから沖縄について考えることができ、コラムを執筆するメンバーや読者である沖縄出身の人、沖縄以外の出身の人それぞれが、沖縄に関する出来事を自分事として語っていくことができると考えています。企画をより身近に感じてもらうため、定期的に執筆者を紹介していきます。
今回は、これまで何度もコラムを執筆しているさまよう蟹さんと豊島鉄博さんの2人にお話を聞きました。
さまよう蟹(94年生まれ 西原町出身)
自己紹介
1994年生・西原町出身です。大学進学に伴い沖縄を離れ8年ほど関東近辺に住んでいました。2021年に帰郷し、沖縄で生活しています。過去・現在の沖縄の文化・風俗、特に祭祀や街の風景の変遷などに興味があって、週末は本島をあちこち巡ってます。NO ジャーマンケーキ NO ライフ。ジャーマンケーキ愛好家としてコラム絶賛執筆中です。
Qどんなことを思って「あなたの沖縄」企画に参加しましたか?
昔からものを書くのが好きで、いつか何かの形で沖縄への想い・これまで自分の人生で起きたこと・普段考えていることを書きたいと思っていました。書きたい気持ちはずっとありつつも実現しないでいたのですが、高校の同級生で主宰の由良から声をかけられて「いいね、やる!」と二つ返事で参加しました。同じ世代が集まって沖縄について書く方法なら、いろんな人の意見を見聞きしつつ、これまで自分が心の中にためてきた考えや想い・思い出・アイデアを書き出せると思ったからです。自分ひとりでコラムを書くよりは考えが広がりそうだなとも思いました。
90年代生まれの世代が見てきた沖縄を書く企画なので、第一に自分たちのための企画であると感じています。約1年活動してきて、自分の思い出や考えていたことを言語化できて安堵しています。心の中に貯め続けていたものをやっと外に出せたという感覚です。このコラム企画ではいろんな人の沖縄観やいろんな人の考えを知ることができますが、その中に自分の話があるというのが嬉しいです。文章にすることで自分の思い出が誰かに繋がっていくのを実感しています。
Q執筆したコラムで、印象に残っているものはありますか?
最初に書いた沖縄料理屋の話ですね。これって、県外に行かないと分からなかったし、昨今の沖縄イメージが広まった今の時代に生きているからこそ感じたことだと思います。私が内地の沖縄料理屋に対して感じたモヤモヤの正体が分かったときの経験が題材なのですが、きっと他にも同じことを考えている人がいるんだろうなと思いながら書きました。コラムへの感想や反応も色々頂いたので、ただ書くだけじゃなくて誰かの考えを動かすことができたと実感できて嬉しいです。
Qコラムを執筆してみて、自分の中で何か変化はありましたか?
普段から頭の中では色々考えているのですが、コラム企画に参加してからは読む人がいるということを意識して自分の考えを言語化するようになりました。徹子の部屋みたいなトーク番組に出て人と話しているようなイメージで書いています。そうすると何故か自分の考えを言語化しやすいんです。自分の体調によって、私らしくて納得いく文章が書けるかどうかが変わるのは新しい発見でした。
また、島しょ地域への目線も変わりました。私は沖縄島の中部出身ですが、これまで他の島にほとんど行ったことがなく、距離的にも心理的にも遠く感じていました。宮古島や八重山諸島の島々について知っているつもりでも、地元の方から見たら全く違う風に見えていることがあると分かりました。宮古島や石垣島出身の方のコラムを通して、地元の人の視点を少し知ることができたと思います。まだまだ宮古・八重山といった島しょ地域について知らないことがたくさんあるので、実際に訪れたり文献に当たったりして積極的に勉強しようと思っています。
Q「あなたの沖縄」の中で特に好きなコラムはありますか?
「平和への想い」にすら”ノレ”ない「沖縄人(うちなんちゅ)」の話
昨年、県外出身のパートナーと沖縄に帰ってきたこともあり、もっと沖縄を知りたい・パートナーに知ってほしいという思いが強まりました。ちゃんと伝えたいという思いから沖縄について考える時間が長くなったのですが、その中の一つに沖縄戦の事があります。学校の平和教育で聞いたことなどを思い返すと、内地に疎開していた人たちの話はあまり聞いたことがないと気づき、「地上戦の話を聞くことが多いけれど、それ以外にももっといろんな経験をした人がいるのかもしれない」と思っていました。そんなときにこのコラムを読み、沖縄本島で過ごしているだけでは分からなかった戦争の体験について知ることができました。今後は宮古島など他の島にも行って、そこで感じたことや知ったことをコラムで書いてみたいです。
豊島鉄博(94年生まれ 那覇市小禄出身)
自己紹介
ゆいレール小禄駅そばの、某ショッピングセンター近くで育ちました。沖縄の地元紙に就職して、今年4月から1年間限定で全国紙で働いています。サウナが好きです。
主宰の西由良さんと、先ほど出ていたさまよう蟹さんは高校時代の同級生。当時私はたった1人の柔道部員でした(他校に出稽古に行っていたのが懐かしい)。
Qどんなことを思って「あなたの沖縄」企画に参加しましたか?
「主に90年代生まれが沖縄について書く」という取り組みが面白そうだと思い、参加しました! SNSが広がったいまは、誰でも簡単に発信ができます。誰とでもつながれる時代にありながら、ありそうでなかった企画だな、と思います。また、「個人の体験に紐づけて沖縄を語る」というコンセプトも新鮮だな、と思いました。
昨年8月に西さんから企画に誘われた後、西さんが企画の参考にしたという「おきなわキーワードコラムブック」(1989年)を古本屋で買って読みました。地元に住む沖縄出身者や県外出身者の、当時の若い人たちの視点からみた沖縄が描かれていました。「あなたの沖縄」はある意味、新しくて懐かしい企画なんだなと感じます。
Q執筆したコラムで、印象に残っているものはありますか?
思い入れがあるのは「瀬長島の思い出」と「気まぐれポニーテール」です。自分の思い出を振り返られたと同時に、この2本は同世代の友人や知人からの「読んだよ!」という反響が特に大きかったです。
瀬長島のコラムでは、観光地になる前のさびれたバッティングセンターや、そこで夜中に友人と集まって騒いだ記憶について書きました。同世代の反応はかなり良く、同級生からは「懐かしい」「みんなでボールに当たりにいったあのノリは何だったんだろうね」という共感やツッコミ(?)が届きました(笑)
知人の1つ下の女の子からは「めっちゃエモかったです!夜中によく星を見に行ってました。ホテルとかウミカジテラスできたとき本当に嫌でした~」という感想も。ほかにもたくさんのメッセージが寄せられました。
「おきなわキーワードコラムブック」にも瀬長島について書かれたコラムがあるのですが、米軍の弾薬貯蔵庫があった50年近く前の話が書かれていました。自分が見ていた風景とは、全く違う世界観です。もしかしたら何年か後、僕が書いたコラムも下の世代に読まれるかもしれません。その時、彼らはどんなことを思うのだろうと、少し楽しみです。
Qコラムを執筆してみて、自分の中で何か変化はありましたか?
やっぱり同じ沖縄に住んでいても、それぞれ見えている沖縄の風景は違うなと、あらためて気づかされました。今は毎週1本の投稿で、小さな取り組みですが、もっと広まって発展させていければいいなと思います。
あと、執筆者の年齢や、住んでいる場所が広がれば、より多様な沖縄が見えてくるだろうと興味も湧きます。沖縄を離れて長い東京在住者からみた沖縄に関するコラムも読んでみたいし、70~80年代生まれの、上の世代の人たちのコラムにも触れてみたいです。
Q「あなたの沖縄」の中で特に好きなコラムはありますか?
「親戚付き合いが嫌い」
自分と同い年の女性が実体験を元に書いた文章を読み、気をつけているつもりでも自分も「皿洗いだけしておけばいいだろう」といった、そんなスタンスになっていたな、と反省しました。悪しき伝統は変えていかないといけないと思います。「あなたの沖縄」のコラムは、個人の視点で書かれているので、主語が大きくならず、親近感が湧きやすい。自分と関係のあることだと考えられます。自分ごととして捉えられた人は多かったのではないでしょうか。
「龍潭池のチャッピー」
高校が首里城近くだったので、よく龍潭池は見ていましたが、首里育ちの西さんが描く、首里育ちならではの思い出にほっこりしました。地元は同じ那覇でも、こんなに龍潭池に対しての見方が違うのかというのが印象的です。やっぱり那覇は広いよなあ。「実はチャッピーはアヒルではなくて、バリケンだった」という後日談も含めて味わい深いコラムだと思います。
「保育園から幼稚園に進学する話」
鋭い視点で書かれたコラム。これを読んだ沖縄の人も県外の人も、沖縄ならではの教育事情について新鮮に感じた人は少なくなかったはず。文章に勢いがあり、面白く読みました。swd yskさんのコラムをこれからも、もっと読みたいです!
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?