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「あの人の街を歩く」第1回〜愛とリスペクトを感じる街・小禄〜

さまよう蟹(94年生まれ 西原町出身)

 私は街歩きが好きだ。
 地図を見ていると、この辺りは住宅街だ、ここは埋め立て地だろうななど、その街の特徴はだいたい当たりがつく。でも、実際に街を歩くと、地図からはわからない、車で通るだけでは見落としてしまうような、小さな発見がたくさんある。ちょっとした公園、歩道の装飾を見て、その街の個性や独自性を見つけたり、人々の生活を想像したりして楽しんでいる。私は通り一辺倒の情報じゃなくて、住んでいる人々のその街に対する思いや、その街であった出来事・思い出も知りたい。その街の個人的な思い出は、その街を生き生きと見せてくれるものだと思っているからだ。私の地元・西原町にはたくさんの思い出が存在していて、一見何もないように見える西原をキラキラと輝く素敵なところに見せてくれるのだ。

 ある一個人だけが知る街の知識や思い出を聞きながら街を歩いて、その街ならではのキラリと光るものを見つけたい。
 そんな考えに至った、街歩き大好き人間・さまよう蟹が、「あなたの沖縄」コラムメンバーにゆかりの地を案内してもらう、新連載「あの人の街を歩く」。第1回は、私の高校の同級生でもある豊島鉄博さん(以下、てっちゃん)が大学進学前まで住んだ地元・那覇市小禄を2人でぶらりと歩く。


0.私が知る「小禄」

 今回、小禄を選んだのは、てっちゃんが以前に書いたコラムの中で、通学時にタクシーを使っていた、と書いていたことに端を発する。私にとっては衝撃的で、一体普段どういう生活をしていたら通学にタクシーを使おうと思い至るのか、てっちゃんが生きた街を知ればわかるのではないかと思った。
 私は西原町出身で、小禄は私にとって生活圏だったことがなく馴染みがない。そのため、小禄について私が知っていることは少ない。イオン那覇店こと小禄のジャスコがあり、ゆいレールが通っている。また、私も何度か行ったことがある、沖縄で知名度が高いラーメンチェーン「琉球新麺 通堂」やA&Wの店舗がある。うるくんちゅ(小禄の人)・うるくむにー(小禄訛り)という方言があることも知っている。
 ただ、地理的・歴史的な背景はほとんど知らない。地図を見ても、どの地域が小禄に含まれるのかはっきりわからない。方言があるくらいだから、歴史的には結構古い街なのではないかと勝手に認識しているが、小禄駅周辺の街並み自体はだいぶ綺麗で新しく感じる。ゆいレール敷設時・後に都市開発を行ったのだろうか?
 ルートやスポットをてっちゃんにお任せして歩いてみた。

1.どこまでが小禄?

 長らく続いた暑さが急に和らいだ11月某日昼、てっちゃんとゆいレール小禄駅で待ち合わせた。
 まずは改札前の地図を見ながら、てっちゃんに確認。「てっちゃん的には小禄ってどの辺?」私としては小禄駅周辺、という雑な認識だったが、てっちゃんを待つ間に地図を眺めていると、小禄という行政区分内に小禄駅がないことに気づいた。

 「この辺全部小禄じゃん? 鏡原とか宇栄原も、赤嶺も小禄だと思う。奥武山公園の横あたりは違う気がするな。」てっちゃんとしては赤嶺は小禄の一部らしい。これは早速発見。赤嶺駅があるから、という謎の根拠で、赤嶺駅周辺が小禄だと思ってなかった。

赤枠内が、てっちゃんの考える小禄 

 後日調べてみると、那覇市役所小禄支所の管轄で捉えた場合、以下の地域が該当するとわかった。

赤嶺・宇栄原・小禄・安次嶺・大嶺・金城・鏡水・鏡原・具志・高良・田原・当間・宮城

参照元:那覇市役所支所設置条例

 高良、勝手に豊見城だと思っていた…。てっちゃんが思う小禄と管轄内の地域がほぼ一致していた。この地域の人はこの小中学校に行く、といった情報を知っているからだろうか?「生まれた時から住んでるから、肌感覚かなあ。住んでるうちに何となくだんだんわかるようになってくるんだと思う。」なるほど。

2.さまざまな思い出が交差する店「通堂」

 さて、まずは腹ごしらえに、近くにある琉球新麺 通堂 小禄本店へ。沖縄にラーメンブームを巻き起こしたチェーン店だ。私たちの世代にとっては、学校の帰り道に食べに寄るような、青春のお店だ。でも、私はほとんど行ったことはない。儀保方面に帰宅する同級生たちが時々「トンドー行って帰ろ〜」と話し合っていたが、西原に帰る私はその店がどうやらラーメン屋らしいということだけ知っていて、そうやって帰宅がてら友達と何か食べる、ということが叶えられる街を羨ましく思っていた。

てっちゃんはランチセットを注文(左)

 そんな通堂にてっちゃんが寄ったのは、何かと縁があったからとのこと。小中の友人が高校時代にバイトとして働いていたり、別の友人が新横浜ラーメン博物館に入っている店舗で現在働いていたりしているそうだ。過去にはこんなこともあったらしい。「成人式の前に通堂でラーメンを食べて行こうとしたら、友達が働いてたからって、お店からビールを奢ってもらったんだよね。ビール飲んでから成人式行ったよ。」

 学生時代や就職後も度々てっちゃんやその仲間の胃袋を支えてきたこの店は偉大だな、器が大きいな、としみじみ感じた。

3.知れば納得!余裕と文化を感じる「金城地区」

 腹ごしらえが済んだら、通堂から歩いて5分ほどの、てっちゃんの母校・金城小中がある金城地区へ向かった。てっちゃんの住んでいた小禄市営住宅(団地)からは、歩いてすぐだったそう。通学に30分かかっていた私からしたら、かなり近く感じる。「小中が近かった分、高校はモノレールで首里駅まで行った後に歩いて行かなきゃいけなかったから、めちゃくちゃ遠く感じた。」それで、首里駅を降りてタクシーを使っていたのか!

綺麗に整備された遊歩道。左が金城中で、右がともかぜ新興会館

 「え! こんなところあったっけ?」金城中の横に新しめの遊歩道があり、中学の反対側にそれより新しそうな「ともかぜ振興会館」という建物。てっちゃんが学生の頃にはこの会館はなかったそうだ。遊歩道をさらに進んでいくと、金城小中を隔てる一本の道が。「なんでか知らんけどフルーツ通りって呼ばれてて。部活で走ったなあ。」

フルーツ要素が見当たらないフルーツ通り

 付近一帯はカラフルなブロックが歩道に敷き詰められていて、金城こども園付近からは十二支モチーフのブロックが設置されていた。豊見城市豊崎の豊崎にじ公園を思い出した(かわいいのでぜひ調べてみてほしい)。金城中を過ぎたあたりには、校章のブロックも。

西原にはない余裕と文化を感じる

 綺麗な遊歩道やカラフルなブロックは、私が住んでいた頃の西原だと新興住宅地(ハイツなど)にしかなかった。十二支や校章のブロックに至っては見かけた覚えがない。このあたりは比較的新しいエリアなのかもしれない。ブロックをしげしげと眺めては騒ぐ私を見て「そんなに珍しいかなあ?」とてっちゃんは呟いていたが、私は物珍しさ以上に余裕のある財政や文化レベルの高さをひしひしと感じていた。小禄がブロックで遊ぶ余裕のあるハイソな街に見えてきた。恐ろしい。

 後日調べてみると、小禄の中でも金城地区は、戦前は純農村地帯だったが、戦後は1986年まで那覇飛行場(那覇空港)の補助施設として使用されていたそうだ。1983年から14年の歳月をかけて土地区画整理事業が行われ、歴史や文化を大切にした街づくりが行われたらしい。その成果は建築大臣賞を受賞するほどだったそう。(参照元はこちら

 どうりで新しくて文化的な街が広がってたのか!ともかぜ振興会館はさらに新しく、2020年のオープン。綺麗に整備された街は、賞を取ってもおかしくないくらい理想的で美しい。あの頃都市計画に携わっていた皆さん! よそ者が文化の息吹を感じていますよ。アッパレ!

4.少し眩しく感じる「小禄のジャスコ」の思い出

 「喉も渇いたし、一応ジャスコも寄っとく?」次に向かったのは、金城小中から歩いて5分ほどにある小禄のジャスコ。他のスーパーより酒類の取り扱いが豊富なため、私はそこらで手に入らないお酒を買いに時々出向く。「確か沖縄にできた最初のジャスコのモールだと思う。」調べると、私たちが生まれる1年前の1993年に沖縄初のジャスコとして誕生していた。

 ジャスコに向かう道すがら、また店内をぐるぐる回りながら、いろんな思い出を話してくれた。以前はフードコートにはなまるうどんが入っていて、中学生の時はかけうどん(当時は100円)を部活帰りに友達と食べたこと。小学生の頃には友達の付き添いでゲームセンターに行っていたこと。昔はそのフロアに回転寿司屋のやざえもんが入居していたこと。「前はUNIQLO入ってたのに〜」などとテナントの入れ替わりに一喜一憂しつつ、てっちゃんはあちこちを懐かしそうな表情で見て回っていた。

 1個しか取れなかった
 小禄のジャスコのタクシープール。大学時代は、夜にここで友達待ちながら駄弁るスポットだったそう

 西原にサンエー西原シティ(西ティ)ができたのは私が小学3年生の頃。それまでは隣の与那原町にある町田ショッピングセンター(現・サンエーV21よなばる食品館)まで足を伸ばさないといけなかった。てっちゃんは幼少期から子どもだけでショッピングセンターに出入りしてたのか。私は両親が厳しかったこともあり、そういうことがなかった。家の文化の違いもあるだろうが、いろんな場所でのびのびと過ごしたであろうてっちゃんの昔の生活を思い浮かべて、少し眩しく感じた。

5.子どものパワーを思い知る「団地」

 30分ほどジャスコで過ごした後、「ジャスコから近いし、団地も見る?」とてっちゃんが提案してきた。てっちゃんが大学3年生になるまで実家のあった場所だ。団地が身近でなかった私としては、ぜひ見たいところ。小禄のジャスコの向かいの県道221号を渡って、団地へ向かった。
 ごちゃついて暗いというイメージを団地に抱いていたが、ここは小綺麗でひっそりとしている。敷地内のちょっとした歩道にもカラーブロックが敷かれていて、またしても小禄の街づくりの成果が見て取れる。こんな団地なら、綺麗で住みたくなるな。かつての団地には1000世帯ほど住んでいて、夏祭りなどは人も多く楽しかったという。

 階数が高くて、ワンフロアの世帯数も多い
 スケートボードをしていたというスロープ
 「この穴に入って遊んでたよ。」

 団地のあちこちに設置されているスロープやちょっとした隙間、県道に面した広場などでよく遊んでいたという。広場には古びたバスケットゴールもある。「あの壁に野球のボールとか投げて、どこまで高く投げられるか競争してたよ。」危ないなあ…子どもの発想は恐ろしい。県道にボールが転がっていくこともしばしばあったらしい。スロープも広場も少しの隙間も、子どもにとっては格好の遊び場だし、ボールやスケートボードがあれば遊びの幅も広がる。子どもの発想力やパワーを思い知った。

 「あの壁」。
 「あー、やっぱりそうだよねー。」

 団地沿いの歩道の車止めがシーサーだった。金城小中の周辺にも同じものが設置されていた。ここにも街づくりの力を感じた。

 草ボーボーでも隠しきれないパワー

6.謎のメロディーが気になる「田原公園」

 最後に、団地横の田原公園へ。てっちゃんもよく遊んでいた場所だ。ここも綺麗に整備されていた。私は公園で遊ぶタイプの子どもではなかったが、それでも近くにこんな公園があったら嬉しかっただろうなあ。
 てっちゃんは、遊水池で水遊びをして遊んだという。「びしょ濡れになって親に怒られてたかもね。」私が小学生の頃、西原にある兼久川や小波津川に入ったりランドセルを投げ入れたりして親に叱られる小学生が稀に発生していたが、てっちゃんの場合、叱られる原因は遊水池だったようだ。

夏が過ぎたからか、水は抜かれていた 

 遊水池奥の石製の滑り台には、何らかの楽譜がデザインされていた。「なんのメロディだろうね?」てっちゃんもわからないよう。かわいらしいだけでなく、その方面の素養がないと読み解けない楽譜をデザインに組み込んでいるのが、小禄らしくていい。

 愛された歴史と時間の経過を感じる黒ずみ

 滑り台横の階段を登ると、琉球ガラスのステンドグラスが嵌め込まれた東屋と、木をモチーフにした石製のテーブル・椅子が置かれていた。「ここにヤンキーが溜まってたよ。」ヤンキーの溜まり場さえも綺麗だった。

 小高くて、少しだけ小禄を見渡せた

 「全然子どもがいないよね?」平日の午後3時過ぎ、4時を回ろうとしている頃。子どもが下校して遊びにきていてもおかしくないが、公園にはほとんど人がいなかった。子どもが減っているからか?他の場所でも子どもの影を見ることがなかった。

 帰宅してからも気になり、楽譜が読める私の夫に滑り台の楽譜の解読をお願いすると、童謡「赤とんぼ」の1番のメロディであることが判明した。調査結果をてっちゃんに伝えると、「あー!確かに!チャイム流れてたわー!」と納得のご様子。夕方17時か18時になると、小禄ではこのメロディのチャイムが流れていたとのこと。
 滑り台、なんて素敵なデザインなのだろう! 当初、楽譜の内容はどうせ那覇市歌あたりだろうと穿った見方をしていた私だが、子どもの生活に寄り添った実態に素直に感動した。

7.愛とリスペクトを感じる街

 今回歩いたルートは以下の通り。

 3時間半ほどのコンパクトな探検だった

  今回の街歩きで、小禄がどんな街なのか詳しく知ることができた。てっちゃんの思い出を聞きながら歩くと、学生が笑いながらラーメンを食べたり、子どもが遊歩道や隙間で楽しく遊んでいたりする姿が想像できて、キラキラ輝いて見えた。今回歩いたのは都市開発が行われた金城地区だけだったが、他の地域を歩けば古い小禄の姿を知ることができるのかもしれない。
 今回注目したいのは、歩道や団地のスロープのブロックや車止め、滑り台などの街のアイテムだ。無地のブロック、棒状の車止め、普通の滑り台でも機能自体は変わらないのに、どれもかわいく素敵なデザインが採用されていた。都市開発にお金をかけられるなら成金趣味に走ってもおかしくないのに、街の雰囲気や歴史的背景などを考慮して選ばれたであろうそれらに、私は街づくりに取り組んだ方々の小禄への愛とリスペクトを感じずにはいられない。住む人がより豊かな気持ちで生活できるように選んだに違いない。なんて恵まれた街なのだろう。小禄を実際に歩いてみて、こんな愛に包まれた街に私も住んでみたくなった。
 今度の空いた週末、金城地区以外の小禄も見て回りたい。そして、歩道のブロックや車止め、公園の遊具など街のアイテムがどう違うか観察して、その地区の雰囲気を掴みたい。

 次の街は、どんな場所だろうか? 次回もまた、面白い発見ができることを期待している。

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