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スリープノーモア上海で殺人を目撃した話【上海ひとり旅行記②】

 この記事は、ぼくが2024年12月末に、ぼっち上海旅行をした記事の続きです。
 準備、1日目の様子は以下の記事を見ていただけるとありがたいです。


 そもそもぼくが上海行きを決めたのは、このスリープノーモアに行くためでした。

 スリープノーモア上海は、イマーシブシアターというジャンルの演劇です。

 まずは、あまり一般的ではない演劇ジャンル”イマーシブシアター”とスリープノーモア上海について、ぼくの考えを書きたいと思います。
 んなもんとっくに履修済みじゃ! というイマーシブの民(同志よ!)は、さくっと読み飛ばし、準備編からご覧ください。

 今回もくっそ長文ですが、すこしずつでも読んでいただけると嬉しいです!

イマーシブシアターとは

 イマーシブシアターは、演劇ジャンルのひとつです。しかし、歴史が新しく、はっきりとした定義づけがされていないため、特に日本ではカオスなジャンルのエンタメと化していると思います。
 イマーシブとは、immerse何かを浸すという意味の英語に接尾辞veをつけた単語で、直訳すると「何かに浸される性質を帯びた」という意味になるかと思います。
 なにが浸されるのか。
 ぼくは、自分というもの、ではないかと思っています。
 イマーシブシアターでは、自らを演劇に浸す、演劇の最中に自らが放り込まれる演劇ジャンルと言えるかと思います。

 ゲームをする方ならば、箱庭ゲームとかオープンワールドゲームとかいう言葉をご存知だと思いますが(ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドとかね)イマーシブシアターは、これらのゲーム内イベントが、目の前で、しかも生身の人間がお芝居をするかたちで起こる体験、といえば分かりやすいかと思います。客席はありません。自分の目の前で演技がおこなわれます。
 また、多くのオープンワールド系ゲームのイベントには、”こちらのイベントを見てしまうと、時間が進んでしまい、同時に起こってる別の場所のイベントは見られなくなる”という制限が設けられているかと思います。なぜなら、イベントの観測者=プレイヤーは、ひとりだからです。観られる景色には限りがあり、同時多発的に起こるイベントについては、リセットするか、周回プレイでしか、両方ともを見ることはできません。
 イマーシブシアターは、まさにこのシステムに似た演劇作品です。

 たとえば、AとBという登場人物がいるとします。そしてふたりは、その演劇内での自らのシナリオに従って、自由に、場面を変えて行動します。そこには演劇内のタイムラインがあり、ふたりは劇のフィナーレに向かって行動しています。同時にふたりを追いかけることはできません。
 ぼくはAを追いかけることにします。Aは自分の家のベッドルームで泣いています。どうやら、Bという人との恋愛関係に悩んでいることが、演技からわかります。そしてふと何かを思い立ち、キッチンから包丁を持ってくると、バックの中にしまい込みました。しばらくすると、Aは身支度を済ませ、外に出かけていきます。ぼくもその後を追います。
 街に出ると、Aは親しげに、誰かと合流し、笑顔で会話をしています。先程までの悲嘆が嘘かのようです。ぼくは、相手の人物がBであると、その場のふたりの演技やAの部屋にあったツーショット写真から分かります。
 もちろんBにも、ぼくと同じように、Bを追いかけている観客が後ろをゾロゾロとついて来ています。
 ふたりはとある喫茶店に入り談笑していました。しかし、ふとAは寂しげな表情を浮かべ、席の脇に置いていた自分のバックをギュッと抱きしめます。Bは訝しげにAに声をかけますが、Aは首を振ると、バックを置いて会話を続けます。
 ぼくは、AがBを包丁で刺そうとしていたが思いとどまったのではないか、とAの心情に思いを馳せます。
 しかし、Bを追いかけている観客には、Aがバッグに包丁をしのばせていると知る由もなく、Aの会話の中での行動は不可解に映ります。そしてそれは、最後まで明かされることはありません。
 そして、Aとの会話のなかで、BがAに対して見せた謎の怒りの理由を、ぼくは知る術がないのです。
 AとB両方の事情を知るためには、ぼくは2回この演劇を観劇する必要があります。

 目の前でイベントが起こるだけでなく、その登場人物を追いかけている観客しか知り得ない情報や出来事が、ひとつの演劇中のとりとめのない出来事を、まったく別の意味があるものに変えてしまう。
 これが、イマーシブシアターでよく言われる、あなただけの観劇体験、つまり体験の個別性だと、ぼくは思っています。

 もちろん、ひとりの登場人物を追いかけるのではなく、ひとつの場所にとどまって、来居する登場人物たちを観察する、なんて楽しみかたもできます。
 また、途中で追いかける登場人物を変えてもいいんです。
 そこで得られる情報や、目撃できるものは、別の楽しみかたをしている観客とは、まったくちがうものになる場合もあると思います。

 ところで、おなじイマーシブシアターでも、自分たち観客と登場人物との関係性については、各公演で微妙なちがいがあります。
 演劇性を保持するため、自分たち観客は、登場人物から見えていない“何か”となり、接触することは禁止されている公演が多い印象です(登場人物がこちらに接触してくる場合はその限りではない)。
 しかし、中には、自由に登場人物たちと会話ができたり、協力して謎解きをしたり、さらにその謎解きの結果がエンディングに影響する、なんて公演もあります。
 さらには、そもそも観客が登場人物になって文字通りその公演に“参加”できるもの、なんかもあり、そこは各公演によってバラバラです。

Sleep No More上海とは

 これで大体のイマーシブシアターのイメージが掴めたのではないかと思います。ね、わかったよね!?(ドキドキ)

 さて、Sleep No More上海は、イマーシブシアターというジャンルを開拓し、はじめてロングラン公演をなしとげたPunchdrunk(パンチドランク)という劇団の作品です。
 スリープノーモアを漢字で書くと『不眠之夜』。なんか漢方薬の裏書みたい。目の下にクマができそうなタイトル。
 そもそもSleep No Moreは、イギリスで公演されたあと、ニューヨークでロングラン公演をしていた作品で、それの上海版が2016年に開演し、やはりロングランとなってます。いわゆる、常設型の演劇です。公演期間は決まっておらず、いつでも観ることができます。

 スリープノーモアには、他のイマーシブシアターとはちがう特徴がいくつかあります。

 まず、ビル1棟丸ごとを架空のホテルに見立て、役者観客がくんずほぐれつ大移動しながら3時間を越える公演を楽しむ、大掛かりな公演であるというところです。
 3時間って、タイタニックかよ。近年ではなかなか見ない長尺の演劇作品ですよね。

 ビル内には、ホテルはもちろん、洋館、墓場、ナイトクラブ、ダンスホールなどたくさんの作り込みがすごいセットがあり、そこかしこで演技が行われています。
 また、途中で離脱して、備え付けられているバーで一服してからまた戻る、なんてこともできちゃいます。

 観客は、公演中は仮面をつけ、”アノニマス(見えざる者)”となって、ビル内を自由に移動し、マクベスを下敷きにしたストーリーを体験することになります。もちろんお触りNG。
 しかし、役者がなぜか、こちらに手を差し伸べてくる瞬間もあり、ドキドキしちゃうことも。なかには、役者に誘われてふたりきりならないと入れない部屋もあって、残された観客は、キーッとハンカチを噛み締めるしかない場面もあります。あと手紙をもらったり、ハグしてもらったり、ちょっとした特別体験もあるらしいです。

 演技は、基本的にジェスチャーか、コンテンポラリーダンスです。
 スリープノーモアにはセリフが一切ありません。ダンスやパントマイム、ジェスチャーや行動のみの演技で、登場人物の心情や状況を伝える形式です。
 なので、しっかり状況や心情がわかるシーンもあれば、よくわからないシーンもあったりします。そこがスリープノーモアの面白さのひとつではないかと思いました。
 ただ、あきらかに喋っちゃってるシーンとかもあって、そのへんは結構ファジーなのかなぁとか思ったりしました。

 マクベスがベースとあって、お話の内容はかなり暗め。性的表現ありーの、暴力や諍いの表現ありーの、急に大きな音、怒鳴り声、不穏な音楽……おまけに、室内はずーっと薄暗いので、お化け屋敷がダメな人はダメかもしれませんし、人が争うのを見るのが苦手な人もダメかもしれません。明るいシーンもあるけど、どこか不穏だし。なので子どもは入れません。
 ちなみに、上海バージョンでは、『白蛇伝』もベースになっているという、中国らしさもあったり、あと性的な表現が元祖とくらべてマイルドになってたりしてるらしいです。
 あれでマイルドなんやったら、本場ではどないなっとってん……と戦慄。

 公演は、全部で3回ループして、3回目にクライマックスを迎えます。つまり、登場人物たちは、同じ時間軸で、同じ演技を3時間のあいだに3回繰り返していることになります。あと、これは不確かなんですが、3時間の間に、同じ役なのに別の役者に変わっていることもありました。
 登場人物が一堂に会するシーンがあるため、途中で見失っても、いまどこのループにいるのかさえわかれば、追いかけ続けることは可能ですが、途中で消えてしまう登場人物がいるため、ひとりを追いかけ続けるのはかなり大変でした。
 リピーターと思しき人は、次にその人物がどこに登場するのかがわかっているようだったので、観客を目印に追いかけるのもいいかもしれません。
 観客の人数がかなり多いので、狭い通路の先で演技が行われていても、何が起こっているのかまったくわからない場面もありました。
 ゾロゾロと登場人物を追いかけていくことになるんですが、通路がそんなにひろくないので、自分のすぐ前のひとの足が遅かったりすると、完全に見失ってしまいます。また、すぐ目の前のひとが心変わりをして追いかける人物を変えてしまった場合、自分も途中でちがう人物の列についていってしまっていた、ようやっと列を抜けて見てみれば、「お前だれやねん!?」ということもしばしば。
 イマーシブフォート東京の、初期のシャーロックホームズのような感じです(もちろん、シャーロックのほうがスリープノーモアを参考にしていると思いますが)。
 なかなか癖の強い感じで、さすが元祖イマーシブシアターは、観客に阿ることしてないわー、と感心してしまいました。

チラシの裏オブ裏 ~私的イマーシブシアター論~

 裏の裏は表……。
 ここからは、まじで上海と関係ないので、読んでいただける方以外は飛ばしてやってください。

 日本では、イマーシブシアターという言葉の広がりとともに、これまで「インタラクティブアート」や「全方位型のプロジェクションマッピング」、「ドームシアター」などといった、いわゆる”五感が没入されるエンタメ”が「イマーシブシアター」と銘打たれ公演されることも多くなってきたように思います。
 たしかに、イマーシブシアターの条件の1つには、五感が包み込まれるような体験というものがあるとは思いますが、それは1つの必要条件であって、それだけではイマーシブシアターと言えない、というのがぼくの考えです。
 ぼくはこの考えを、イマーシブシアター原理主義といえばいいのかなぁとか思ってます。

 近年話題になってる、印象派の絵画をプロジェクションマッピングで全体に映し出す公演(没入型デジタル環境というらしい)は、ぼく的にはイマーシブシアターではないと思います。
 それを言い出せば、ディズニーのアトラクションは、すべてイマーシブシアターになっちゃいます。ソアリンも、フィルハーマジックも。

 ぼくは、既存の五感を没入させるエンタメとイマーシブシアターとが決定的にちがうところは、そこに演劇性と個別性があるかどうかではないかと考えるに至っています。
 演劇性とは、生身の人間が観客の眼前で演じる、という意味合いです。イマーシブシアターは演劇のいちジャンルだと思っているので、演劇性がなければ、イマーシブシアターではないと考えます。
 個別性という点。イマーシブシアターでは、自分だけ(もしくは特定の観客たちにだけ)しか知りえない背景情報が、全体のとあるシーンを別の意味合いがあるものに見せてしまうという面白さがあると思います。
 衆人監視のもとで、みんな共通の没入体験をするというのは、イマーシブシアターと言えるかどうか疑問があったりします。

 以上、チラシの裏、おわりっ。

観劇準備 ~チケットが売ってない!?~

 今回は、トリップドットコムでチケットを購入しました。

 でも、すんなり買えなかったのが実の所……。

 スリープノーモア上海を観たいなぁとなんとなく調べていたのが11月上旬くらい。その頃には問題なくチケットが売っていました。
 ところが、いよいよ予約しようと思った11月下旬。
 チケットが消え失せてしまったのです。
 国内の目ぼしいサイトを見ても、公演概要などは掲載されているのに、チケットが買えなくなっていました。
 き、きっと11月分のチケット締切が終わっただけで、12月になったら再販されるよね! などと呑気に12月を待つことにしたのですが……。
 12月になっても、やはりチケットが再販されない。
 焦りました。
 まさか、12月分のチケットぜんぶ売り切れちゃった? そんな人気あるの?? それとも日本国内からはチケットが買えなくなった???
 頭に大量にはてなを浮かべつつ、なんとか識者の力を借りたいと、Xアカウントで助けを求めますが。広大なネットの海にぼくの声は届くはずもなく、なしのつぶて。
 準備編でも触れた、中国のLINEみたいなアプリ“We Chat”を通じて買う方法が公式サイトに載っていたんですが、必死になって会員登録まですすんだものの、ID番号をいれるところにパスポート番号をいれても、弾かれてしまい、購入できず。
 いよいよ打つ手がなくなる。

 ならば、いっそのこと、公式に問い合わせしてみればいいじゃん、ということに気づき(最初からそうしてればよかったのに)、残り少ない英語の脳細胞を再活性化させ、なんとかメールを作成し問い合わせしてみました。
 すると、3日後にお返事が! とても親切で分かりやすい文面であり、なんらかの障害が起きているため、すぐに調査して買えるようにしてもらえる、とのこと。
 しかし、そこから1週間待っても、まったく改善されず……。もう一度、今度は「この素晴らしい演劇をぜひ観たいので、どうかどうかよろしくお願いします」という懇願も含めてメールをすると、ふたたびのお返事。
 購入時の会員登録では、パスポート番号ではだめだということと、「こっちなら取り扱ってるよ!」と見たこともないサイトを紹介してもらえました。
 そこのサイトで買うべきか。
 でも知らないサイトだしちゃんと予約できておらず現地でやりとりするのは難儀するな……と迷っていると。
 数日後にはなぜかトリップドットコムでの取り扱いが復活していたのでした。なんやってん。
 まあ、とりあえず購入できたため、一安心。しかし、取り扱いが中止される前に選択できたVIPチケットが、なぜか購入できなくなっていたり、微妙に手がはいったようでした。
 ちなみにいま確認したところ、購入できるようになっていました。VIPチケット、欲しかった……。
 さいごにお礼メールを送ると、「待ってるよ!」というフランクな内容の返信が。

 なので、いまスリープノーモア上海のチケットが買えるようになっているのは、ぼくのおかげだと思って(そんなことはない)、参加された方はどんどんリポートをあげてくださいね(ニッコリ)。

チケット種別と会場内でのシステムについて

 さてさて、料金について。
 トリップドットコムで確認したところ、時間や内容によって料金が異なるようでした。

 基本的には、1日2公演。曜日によっては夜公演がない日もあるようで、日曜日は昼公演しか選択できませんでした。
 14時開場(入場開始?)と19時開場。月曜日は定休日のようです。
 14時と19時ぴったりのチケットはすこし割高ですが、備え付けのバーのドリンクが1杯ついてくるチケットです。18,469円也。ぼくはこれを2公演分購入しました。
 VIPチケットは購入できなかったので詳細はよく分かりませんが、開場時間の15分前に入れるようです。バーのドリンクつきで、一般チケットでは先着順のバーの椅子が、すでに確保されていたり、専用のクロークが利用できたりするようです。
 ただ、日本のイマーシブシアターのように、特別な体験ができるかどうかは確認できませんでした。VIPと側からわかるような目印はなかったように思うので、たぶんそういうのはないんじゃないのかなぁと想像します。

 前述しましたが、スリープノーモア上海では、ループするという公演の性質上、早く開場入りしたほうが、公演を最大限楽しめる仕組みになっているので、多少割高でも、早くに入場できるチケットをおすすめしたいです。そうすれば、ループの最初のほうに追いつける確率が高くなり、追いかける登場人物や、目撃できるシーンが増えるからです。

 当日は、チケット売り場の前の壁沿いに入場列を形成して並びます。
 ちなみに、1日目では、おそらく19時開演に合わせて30分前には入場できたのですが、写真のとおり長蛇の列でした。

18:30の様子

 2日目は14時の公演だったんですが、やっぱり13:30には中に入れました。この時には、まだ入れずに外で並んでいる人たちも居たので、チケットの時間に合わせて中に入れる人を調整しているようでした。

 トリップドットコムで購入したチケットのQRを受付で読み取って入場します。なぜかパスポートを見せる必要はなかったんですが、念のため持って行っていました。

 そこから、コインロッカーまたはクロークへ向かいます。
 コインロッカーは、まじで財布くらいしか入らないくらいの大きさだったので、北京ダックのお持ち帰りでパンパンになっているリュックをもっていたぼくがあたふたしていると、スタッフの方にそのままクロークに進むように言われました。
 日本のイマーシブシアターでも同様ですが、早く入場したいならば、荷物は小さく、なるべく少なくすることをおすすめしたいです。ここをスルーできるだけでも、ぜんぜん入れる時間がちがいます。
 クロークは3種類あって、最初にあるのは上着を預けるクローク、次に進んだクロークは荷物だけを預けられるクロークのようでした。
 が、最初のクロークで上着と大きな荷物を預けられたし、2番目のクロークの意味はよくわからなかったです。帰りも、2番目のクロークは大混雑していたので、最初のクロークに預けられてよかったなぁと。
 VIPはそもそも入場口がちがうようで、小さなホテルロビーのようなところがクロークになっていて、入退場がスムーズにできるようでした。

 荷物を預けると、そのまますすみ、スタッフから黒いチケットケースが渡されます。中には公演チケット兼ドリンクチケットが入っていました。あとは、トランプも受け取ります。

漢数字がかっこいい

 トランプを受け取ったら、階段の手前で待機。ここで、小さな肩掛けポシェットを受け取ります。
 そして、めちゃくちゃ何回も、「チケットとトランプとスマホをポシェットにいれてね!!」と連呼されます。

 一定人数がそろうと、そのまま進むように言われます。
 その先には、ぽっかりと真っ暗な空間が口をあけて待っていました。ランプの灯りが揺れているのが見えますが、まったく足元が見えません。
 先ほど何度もポシェットを連呼していたのは、このためだったのかと合点がいきました。ここでなにか落としても、たぶん見つからない。
 「右手で壁を伝っていけば、迷わずに出られるはず!」という迷路脱出の謎知識を思い出し、右手で壁をさわりながら足を進めていくのですが、暗闇の中では、雷のような、楽器の重低音のような、大きな音や低い音がひっきりなしに響いていて、不穏な音楽もあいまって、ちょっと、いや、かなりビビります。暗闇と大きな音がだめなひとは、ここでもう心折れてしまうような、なかなかの体験でした。

 暗闇を抜け、やっとバーに辿り着くと、すでに椅子は超満員で座るところがない。やはり、さっさと早く入場するに越したことはないと思いました。

 観客は、若い人が多め。ちらほら西洋人の姿もありましたが、日本語は全く聞こえてきませんでした。あとぼくみたいにぼっちで参加しているひとも見かけませんでした。

 バーの入り口付近にはカウンターがあって、ここで飲み物を頼むようです。
 ノンアルコールのものをお願いすると、グレープフルーツベースのモクテルが出てきました。味はまんまグレープフルーツジュースといった感じ。あまりおいしくはなかった。ふつうのアルコール入りの飲み物はメニューを見て注文するんでしょうか。

 トイレもあり、けっこう綺麗でした。が、男女兼用。しかも半分が和式トイレです。
 上海で驚いたことは、トイレが半分近く和式トイレということでした。洋式があいているのに、わざわざ和式に入る若者もたくさんいて、なかなかびっくり。

 ドリンクを飲みながら立って待機していると、しゃなりしゃなりと、あきらかにキャストらしき人が、部屋の奥から歩いてきます。
 1日目は、タキシードを着た男性ふたりぐみ。2日目は、豪華なファーをまとった女性とタキシード男性のペアでした。
 ふたりは、観客たちに愛想をふりまきながら、バーカウンターへ。おそらくリピーターであろう若い女の子が、キャピキャピしながら必死に話しかけていたのが印象的でした。やはり役者オタはどこの界隈にもいるんだなぁなんて感心。

 お客さんを見回してみると、ボディコンシャスなドレスを着ている気合い十分な女性グループがいたり、なかなかみなさん、この公演に参加するのを楽しまれているようでした。
 あとカップルだらけ。石を投げればカップルにあたる。手を繋ぎながら移動するうえに、歩く速度がゆっくりなので、公演が始まって何度舌打ちしそうになったのかわかりません。移動の邪魔です(けして僻みではありません。僻みではありません)。

 そうこうしている間に、開演時間となります。
 バーのステージに男性キャストがのぼり、ジャズの演奏に合わせて甘い歌声を響かせていました。曲は、おそらく『A Nightingale Sang in Berkeley Square』。リスニングの限界ですが、ナイチンゲールという言葉が聞き取れたような気がしました。ちがってたらごめん。


 男性キャストは、長身でスラリとしていて、かなり見栄えする感じです。
 もう、この時点で夢の世界のよう。みなさんムービーや写真を撮りまくっていました。ぼくも撮ればよかった……2回とも、見惚れていて無理だった。
 途中からもう1人のキャストがステージにあがってきて、デュエットになります。
 歌が終われば、中国語、続けて英語でご挨拶。ジャズと中国語が、エキゾチックな上海にぴったりで、これだけでも観る価値があると思いました。
 1日目の男性キャスト同士は、距離が近いうえにどちらも、えらいハンサムだったので、目が幸せ状態。スキンシップ多めで、見つめ合って歌うので、鼻血もの。
 2日目の男女の組み合わせも、女性がこれまたすごい美女で、しかもクラシックな髪型に豪華なファーを身に纏っていて、往年の上海の社交界はこんな感じだったのではと彷彿とさせるような、妖しい魅力に溢れてました。これまたうっとり。

 ひととおり挨拶が終わると、一旦はピアノの生演奏が続きます。
 それが途切れた頃、さきほどの男性キャストが、マイクでトランプの番号を呼びます。最初はエース、次にナンバーツー、といった感じ。ひとつの番号を呼び終えると、また引っ込んで、また番号を呼んで……という感じで続けていきます。最初は中国語で、次に英語でよびだされるので、キャストがステージに戻ってきたら要注意です。よく聞いておく必要があります。
 この呼び出しの仕方もオシャレで、「エースのトランプは飲み物を終えてね」みたいな言い方なんです。キャー!

 自分のトランプの番号が呼ばれたら、フロアの奥へ向かいます。
 トランプに穴を開けてもらい、先ほどのポシェットにスマホとチケット、穴の空いたトランプをしまうと、鍵をガッチャンしてもらう。
 さあ、これで準備は完了です。
 いよいよ、ホテルの中へと足を踏み入れます。

いよいよホテルの中へ そして最初に目撃したものは…… ※ネタバレ注意!


※ここからは、スリープノーモア上海の決定的なネタバレが含まれます。



 ポーチに鍵がかけられ、一定人数が揃うと、奥の帷がひらき、中へ招き入れられます。
 ここで、スリープノーモアの代名詞ともいえる、あの仮面を受け取ることになります。これをつけたときから、我々は“アノニマス(見えざる者)”となって、ホテル内を幽霊のように彷徨うことになるのです。

鼻の下から鋭角になってるデレデレマスク
ペストの時の嘴マスクにも似てる

 マスクを装着すると、さきほどステージに立っていた、後から登場したキャストが、何やら中国語で案内していますが……ぜんっぜんわからん。一応、小さなインフォメーションボードがあり、こちらは英語表記なのですが、中が暗くて、しかも字が小さいために、かなり見えにくい。
 なんとか読み取ってやろうと粘っていたら、男性キャストに優しく肩を抱かれて、移動をうながされてしまいました。トゥンク。

 説明が終わると、その先にはエレベーターが。中にはメイド服をきたメイドが居て、エレベーターを操作していました。
 我々アノニマスたちはエレベーターに乗せられることになるんですが、回数表示はなく、上っているのか、下がっているのか、ぜんぜんわかりません。
 メイドは表情を変えず、淡々とした口調で何やら話していました。ちょっとした笑いが起きていましたが、やはりなんのことかさっぱり。

 さきほど説明書きをみようと粘ったせいで、ぼくはエレベーターに一番最後に乗ることになり、ドアの真ん前にいました。
 突然、フロア到着を告げる音と共にエレベーターのドアがひらき、目の間に何やらよくわからん空間が。

 すると。
 トン、と背中を押されたかと思えば、はずみでエレベーターの外に出てしまいました。あわてて振り返ると、もうドアが閉まっていくところ。

 気づけば、薄暗く、青い光に照らされた墓地に、たったひとり降ろされてしまっていました。ずーっと不安を掻き立てるようなくらーい音楽が流れています。
 いや、まじで怖い。だだっ広い墓場で一人きり。右往左往していましたが、墓場を抜けても不気味な部屋があるだけだし、どこを歩こうにも誰ともすれ違わない。
 パニックです。1人きり、ほんとうに異世界に取り残されたような心細さが。

 階段をあがったりさがったり、いろんな部屋を見ながらうろうろしていると、ようやく小さなひとだかりを見つけたのでした。

 そこは、どうやら屋敷の中のベッドルーム。
 これまた、シュッとした渋い感じの男性が、酔っているのかベッドで横になっているところでした。タキシードが着崩れていて、ちょっとセクシー。
 しばらく様子を見守っていると、筋骨隆々としたスキンヘッドの男性が、部屋に入ってきます。
 なんだなんだと思っているうちに、スキンヘッドの男性は、クッションを手にすると、そっと寝ている男性の顔に乗せ、強く押しつけ始めたのです。
 息ができないのか、もがく男性。しかし、スキンヘッドの男性は、手を緩めません。
 だんだんと抵抗が少なくなり、パタリと手が地に落ちて、男性が事切れたことがわかりました。
 慌てて屋敷を後にするスキンヘッドの男性。そのあとを、複数のアノニマスたちが追いかけていきました。残されたのは、ぼくと、もうひとりのアノニマスだけ。

 ぼくはただ、その場から動くことができませんでした。
 先ほどの男性のもがき苦しむ姿。明らかに殺意をむき出しにしたスキンヘッドの男性の鋭い眼光。
 両者とも鬼気迫る演技で、ほんとうに殺人を目撃したような気持ちになってしまいます。

 えらいもんを見てしまった。
 目の前でいきなり起きた殺人に、ただただ立ち尽くすばかり。

 すると、3人の男性が、ベッドルームに現れます。そしてベッドに横になっている男性を見つけると、慌てて駆け寄り、男性を起こそうとしますが、時すでに遅し。
 男性が亡くなっていることに気づくと、そのうちの1人の男性が、声をあげて泣き出しそうに取り乱し、必死に男性の遺体を抱きしめていました。
 その死を受け入れつつ、3人は男性の遺体を高く掲げ、屋敷を出てすぐの墓場へと運んでいきます。

 亡くなった男性はかなり長身だったんですが、それを2人で軽々と持ち上げるのにびっくり。3人の男性は、1人がおそらく中国人キャスト、あとのふたりは西洋人キャストでしたが、みんな長身で、かなり迫力があります。

 遺体を墓地の安置所に運び、丁寧に布で覆う3人。
 しばらくお互いに肩を抱き合って、死を嘆いているように見えますが、突然ひとりの男性が、もうひとりの男性に詰め寄り始めます。まるで「お前が殺したんだろ」と言わんばかりに。
 ひとりが仲裁しようとしますが、それもきかず、3人は遺体を残し、言い争いながら墓場から去っていきました。アノニマスぞろぞろ。

 ぼくは、なんだが遺体が放っておけなくて、その場にとどまることに。
 すると、遺体が急に両手を突き出したかと思うと、体を起こし、よみがえってきたのです。
 自分でも蘇ったことへの混乱があるのか、激しいダンスで苦悩を表現する男性。
 自分が殺された屋敷内のベッドルームまで戻ったり、ひとしきりうろうろすると、屋敷の奥の絵画が飾られている階段に向かいます。
 そこで、おもむろにこちらを見たかと思うと、女性のアノニマスの腕を掴み、そのまま秘密の扉をあけて、中へエスコートし、姿を消してしまいました。

 は? え、どうすればいいの? どこいったの?? っていうか、最初からさいごまで見届けたのに、いちばん近かったのに、なんで呼んでくれなかったの?
 日本の親切設計イマーシブシアターに慣れきったぼくは、自分の甘さを恨みました。そして、目標を失い、ふたたび迷子に。

 ちなみに、2日間とも、ぼくはこういった1対1の体験には選ばれませんでした。すべて女性が選ばれていました。
 まあ、観客の男女比でいえば、明らかに女性が多かったし。しかも、ぼくが男性の登場人物ばかり追いかけてたんだから、当然と言えば当然なんですが。
 でもでも、男性キャストに抱きすくめられて、耳元で何か囁かれて、仮面にべっとり血を塗られていた男性のお客さんもいたよ!
 なんで? 日本人だから? ぼくがコミュ障オーラを全身から発していたから? 臭かった? ねえ、歩き回って汗だくで臭かったからなの!? 
 目標を見失ったぼくは、ふたたび亡霊と化し、ホテル内を彷徨うことに。

 こんな感じでずっと進んでいくので、時間軸も、ストーリーラインも、登場人物の関係性も、ほぼ断片的にしかわからない感じでした。今でも謎だらけです。
 でも、だからこそ、イマーシブシアターはリピートする価値があるんですよね。

 ここからは、ぼくが目撃したなかでも、印象深いシーンを書いていくことにします。

シーン① ※ネタバレ注意!

 スリープノーモア上海では、とても緊張感に満ちた、でも官能的なシーンの数々を目撃できました。
 ひとつ、これは最高にゾクゾクしたなぁと思い出すのは、髭剃りのシーンです。

 先ほど殺されていた男性はマクベス? のようで、その死に取り乱していたのは、その従者であり探偵という役回りのようでした(でも全部のシーンを観ていないのでよくわからん。パンフレット買ったけど、よくわからん)。

 マクベスと従者が、2人きり、屋敷で身支度をするシーン。
 マクベスが椅子に座り、従者が昔ながらのカミソリと泡をつかった髭剃りをします。
 ぼくも昔は散髪屋さんに行っており、髭剃りが大好きだったなぁ……とか、あの泡、あったかくていい匂いがして気持ちいいんだよなぁ……とか思ってぼーっと見ていると。
 髭剃りをする従者の手を、マクベスがなでなでしたり、なんとか自分の方に引き寄せようとしたりしているではないですか!
 従者はそっけなくそれを振り払い、残念そうに肩をすくめるマクベス。
 従者が泡をマクベスに塗りつけ、髭剃り開始。相変わらずベタベタしようとするマクベス。
 しかし、剃刀で喉元の髭を剃ろうとする瞬間、ふたりの動きがふと止まります。
 屋敷には、遠雷のような、不穏なBGM。
 従者は目を細めて剃刀を喉元にあて、それを見て恐怖に目を見開くマクベス。先ほどまでのリラックスした雰囲気はどこかに消え、いまから凄惨な出来事が起こりそうな、緊張感に満ちた雰囲気に。
 いよいよ剃刀が肌の上を滑ろうとする、すんでの所。
 マクベスが抵抗して、髭剃りはあっけなく終わります。

 このヒリヒリした感じ。命を握られている緊張感と、密着している体の近さ。
 かなり、官能的でした。
 そのあと、マクベスの息子? が屋敷に訪ねてきて、みんなで舞踏会に行くために身なりを整えるというシーンに。
 軽快な音楽。さっきのは何だったのかと、とても印象に残っています。

シーン②  ※ネタバレ注意!

 先ほどの3人は、タキシードを着込んで、舞踏会へ向かいます。
 ここで、おおまかな登場人物たちが勢揃いすることに。
 奥の方では、妊婦が倒れかかっていて、介抱してもらったメイドから一服盛られ、会場を人知れず連れ出されたりと、方々でいろんなことが起こる場面。
 ぼくが目を離せなかったのは、ボーイウィッチという蠱惑的な男性が、先ほどのマクベスの従者とダンスを繰り広げるシーンでした。

 見目麗しい男性ふたりが、ビシッとタキシードを着こなし、身を寄せ合ってダンスをする。
 眼福です。頬と頬とつけたり、見つめ合ったり、抱き合ったり。もうね、すごい。
 男女でのそういうシーンは世に溢れているし、イマーシブシアターでも男女の絡むシーンはありふれているので、いっつも「ふーん」って感じで見ていたんですが。
 目の前で、実際に、美しい成人男性同士が身を寄せ合っているところを見るなんて、現実ではあり得ない。
 耐性がなかったこともあり、背伸びしたり、場所を変えたりして、ガン見してしまいました。
 ちなみに、1日目は、従者とボーイウィッチ両方が西洋人キャストで、2日目はふたりとも東洋人キャストだったので、2倍たのしめました。
 このダンスシーンも、いまだに目に焼きついています。これを見るためだけなら、再訪したいくらい。

 しかも、従者とボーイウィッチは、ダンスの後もイチャイチャしに物陰に移動するんです。
 最終的には、いよいよチューするのか!? というところで、誘うだけ誘っていたボーイウィッチが、従者を腹パンして逃げていってしまうのですが(意味不明)。
 そのシーンも、ドキドキしました。

シーン③  ※ネタバレ注意!

 先ほどのダンスシーンで見かけたボーイウィッチ。この人は、消えるシーンがあまりなかったので、比較的追いかけやすく、だいたいのシーンを観ることができたんじゃないかと思います。

 時系列はバラバラですが、ボーイウィッチは、ありとあらゆるところで、性別問わず、登場人物たちを誘惑してるようでした。
 ホテルの管理人、従者、マクベス……。

 ホテルのロビーでは、念動力のような不思議な力で、家具にかけられた防塵シートを、手を触れずに取り去っていきます。
 また、女性のアノニマスを1人選び、椅子に座らせて歌を披露していました。
 でも、その歌声は、あきらかに女性のものなんです。
 ハンサムな見た目とは裏腹に、女性の声で囀るボーイウィッチの危うい魅力に、魅入られてしまった自分がいました。

 酒場に移動したシーンでは、ビリヤード台の上でのたうちまわり、まるで自分の中から湧き出てくる衝動と必死で戦っているような印象も受けました。
 先ほどの女性の声もあわせて考えると、このひとは、なにか魔の者に取り憑かれていて、常にその人格と戦っているのではないか、蠱惑的な振る舞いは本来のこの人ではないのではないか、そんな気がしました。

 ボーイウィッチがふらふらと歩いて移動していったのは、地下にある、テーブルが並べられた薄暗いホール。
 そこには、すでに女性の登場人物が2人(3人?)居て、みんな魔に魅入られている魔女であることがわかります。
 スキンヘッドのマクベスを殺した殺人者がフロアにやってくると、突然真っ暗になり、テーブルがスポットライトを浴びはじめ、ボーイウィッチたちの妖しいダンスがはじまりました。
 ダンスは激しさを増してゆき、照明もスポットライトからフラッシュライトになっていきます。音楽はEDMのような電子音に。
 クラブのようなノリでフラッシュのように照明が真っ暗なフロアを照らす度。
 ビキニパンツだけを身につけた男性の白い裸体が、照らし出されていることに気づきました。
 さらに異様なのは、その男性は、頭に大きな黒山羊のマスクをかぶっているんです。
 そしてそれは、ボーイウィッチであることがわかります。
 フラッシュで照らされるたび、黒山羊と魔女たち、そして殺人者が、いやらしく絡み合っている光景が見えました。カメラのシャッターを連続して切るみたいに。
 さらに、彼女たちの手には、あきらかに産まれたてであろう、血にまみれた赤子が抱かれているのでした。まるでモノのようにやりとりされる赤子。それは、先ほどの舞踏会で、薬を盛られて退場していった妊婦の子どもだったんでしょうか。
 嬌声をあげながら、踊り狂う姿は、昔本で読んだ、魔女のサバトを思い出させるような、刺激的な光景でした。

 サバトは突然おわりをつげ、音楽が鳴り止み、登場人物たちはフロアを後にします。
 ぼくはもちろんボーイウィッチを追いかけることにしました。

 ボーイウィッチが向かったさきは、なんとシャワー室。
 ちゃんとお湯も出ているようで、体についた血を、洗い流しています。
 いきなり、他人のシャワーシーンをみせられて、困惑。なんだか、ものすごくイケナイものを見てしまったような後ろめたさがありました。
 アノニマスたちを追い出し、シャワー室のドアをシャッと閉めるボーイウィッチ。しばらく待っていると、何かに怯えたように、覗き窓から目だけを出して、周囲をうかがっていました。
 しばらくすると、タオルで体を拭きながら、ボーイウィッチが出てきました。
 靴下をはき、ズボンをはき、シャツを着て身なりを整えると、そのまま、一堂が会して舞踏会をしていたフロアへ。
 ここで時間がループしていくことになるようでした。

シーン④ ※ネタバレ注意!

 登場人物みんなが、舞踏会が行われていたフロアに、再び一堂に会し、壇上の長テーブルにつくと、最後の晩餐よろしくスローモーションで演技をはじめます。
 みんなで1人を罵っていたり、男女かまわず、隣同士でキスをしあったり。
 このシーンが終わると、時間は巻き戻り、ループがはじまるのだとわかったのですが、3回目のクライマックスだけはちがいました。

 2回目と同様のスローモーションのあと、スキンヘッドの殺人者がテーブルの前、中央に立たされます。
 フロアには何人かの登場人物が降りてきて、前の空間をあけるよう、アノニマスたちを後ろへ引き下がらせていました。
 どこからかロープが持ってこられると、殺人者の首元へ。
 恐慌状態になり、恐怖で身を震わせる殺人者。しかし、最後は、どこか恍惚とした表情を浮かべて。
 足を一歩踏み出したところで、暗転。
 ふたたび明かりがつくと、殺人者の首吊り遺体が、ゆらゆらと揺れているのでした。
 きっとディズニーオタクなら、ホーンテッドマンションのプレショーを思い出すんだろうなぁとか余計なことを考えていると、音楽が変わり、フロアに降りてきていた登場人物たち一人一人が、アノニマスの手をとると、そのまま手繋ぎで軽快に出口へと歩いていきます。
 登場人物と、彼らに選ばれたアノニマスは奥の出口に進み、ぼく含む選ばれなかったアノニマスたちは、明るい一般出口へ。
 最前列にいたのに! ぐやじい!!!!
 そこでポーチのロックを外してもらい、3時間の公演が終演となりました。

 他にも色々なシーンを見かけました。
 誰かを探している従者兼探偵が、自分の事務所で手首を切ろうとしているシーン。
 マクベスの息子? が、妊娠した妻に結婚指輪をわたし、そのまま去ってしまうシーン。
 妊娠した妻が殺人者とホテルのフロアで再会し、殺人者に手荒く暴力を受け(お腹を蹴ったり、床に引きずり倒したりで、かなりえぐかった)るシーン。
 メイドとマクベスの息子が金属製のドアを使ってダンスするシーン。
 ペンダントライトがひとつだけ灯る部屋でマクベスが殺されたことを追求しようとする従者とマクベスの息子のシーン。
 魔女のなかのひとりが、殺人者と、ホテルのフロアでセックスをするシーン(着衣だったけど、あきらかにそういうシーンだった)。

 いま思い出すだけでも、断片的で、意味のわからない、けれども魅力的で、刺激的で、ショッキングなシーンがたくさんありました。

全体的な感想

 不完全燃焼です。
 ぼくが観劇の最中で意識したのは、どこでなにが行われているのかわからないので、とりあえず登場人物を見つけたら追いかけてみて、みんなが揃うシーンで本当に追いかけたい人を見定める、ということでした。でも、これにも限界がありました。

 登場人物ひとり満足に追えていないし、各登場人物たちに綿密なストーリーがあり、MOBなぞ居ないので、途中で追いかけ始めてもわけわかりません。
 途中で、1対1になるために消えてしまう登場人物も居て、目標を見失ってしまうのはかなりのストレスでしたし(かつてDAZZLEが公演していた、Venus of Tokyoでも、護衛が途中で消えちゃうのが悲しかったのを思い出しました)、人が多すぎて満足に観劇できないことにも、ちょっと辟易しちゃいました(日本だと最前列のひとがしゃがんでくれたりする)。
 これが、何回も通えるものであれば、次はこうしてみよう! と試行錯誤できたり、情報を入手して攻略することは可能だと思いますが、あと何回か行けば、もういいかなぁというのが正直なところです。
 やっぱりぼくは、日本の親切設計のイマーシブシアターしか受け入れられないのかもしれないなぁとか、ちょっとほろ苦い気持ちになりました。せめてお金で特別な体験が保証されるとか、してくれないかなぁ。

 まあ、これはあくまで上海版であり、NYの本家本元版はもっと違ったのかなぁということも思いました。つくづく、NYのスリープノーモア公演終了が残念でなりません。
 ただ、新作が始まっているそうなので、次ははぜひ本場のものを体験してみたいです。
 それと、スリープノーモアは、近々韓国でも上演が始まる、なんて話もあったりするので、韓国だと少し敷居が低くなるかなぁとか期待もしています。

 でも、日本のイマーシブシアターではあり得ないような刺激的なシーンだったり、ショッキングなイベントは、病みつきになる気持ちもわかります。
 現実世界では滅多にあり得ない、戸惑いや、恐怖や、官能を、スリープノーモアを通じて揺り動かされる。それが演技だとわかっていても、どうしようもなく、気持ちがグラグラしてしまう、魔力のようなものがあるイマーシブシアターだなぁ、と思いました。魔都、上海にぴったりです。

 長々と、ここまで読んでいただきありがとうございました。
 スリープノーモア上海の情報が思ったよりも少なくて、行ってみるまでわからなかったこともたくさんあるし、行ってもわからないままのこともたくさんありました。
 ぼくの体験記が、すこしでもイマーシブの民のみなさんの参考になれば幸いです。
 そして、たくさんの方が体験記を書いてくださり、ぼくもそれを読んでリベンジできる日が来ることを願っています。

 ぼくの上海旅行記はまだまだ続きますので、引き続きおつきあいいただければ嬉しいです。
 次回は、上海2日目。いよいよ外灘の夜景を観に行ったときのことを書きたいと思っています。
 ここまでありがとうございました。


入り口ちかくにある写真スポット?

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