セフレの品格
大学時代のこと。
すっごく大好きな彼が居た。
それ以前の私は子どもで、
そこまでのめり込んだ恋愛は
彼が初めてだった。
彼は社会人だったし、
遊び人だったしで、
私なんて振り回されるだけだった。
半年ほど濃密な時間を過ごし、
段々疎遠になり、
やがて会うこともなくなった。
忘れられなかった。
その後の恋愛は別れても、
割とすぐに忘れることができた。
別れた人を「引きずる」、
という経験をしたのは、
この人だけだったかも知れない。
子どもだったからね。
でもそれから2年ほどして
突然彼が連絡して来た。
前みたいに夜中に家の近くまで来て、
「出て来て」
と家の電話に掛けて来た。
驚いて、
でも断れず、
会いに行った。
車の助手席に座る私を引き寄せ、
彼はまるで
「まだ俺のものだろ」
とでも思っているかのように
無遠慮にキスしてきた。
その唇、
その舌、
キスの仕方、
強さ、
そういうのは懐かしかった。
だけど、
もう、
ただ気持ち悪いだけだった。
(彼を忘れられたんだな。)
その時にやっと、そう思えた。
その後彼は復縁を迫って来た。
(勝手だな…)
連れ込まれた真夜中のファミレスで
私はぼんやりそんなことを思っていた。
彼に会いたいと思い続けた2年だったのに。
彼を忘れたいと足掻いた2年だったのに。
彼を忘れたくて、
身近な人と適当に付き合っていた、
それほどまだ彼に毒されていた2年だったのに。
その当時の彼氏は、
彼も知っている人だった。
「あいつとじゃ、
つまんないだろ?」
彼は言った。
その通りだと思った。
だから言った。
「うん。
そうだけど、
それでいいの。
それだからいいの。」
ふくれっ面でそう言う私に、
「そうか。」
と彼は言った。そして、
「あの頃、ほんとに可愛かった。
なんでも信じて。」
って言ったから、
「騙されたフリしてただけだよ。」
って返したら、
「知ってたよ。」
って彼は言った。
そんな彼が、
私だって本当に好きだった。
もう戻る意思はない、
私のその気持ちが覆ることはないと
彼も分かってくれた。
それきり、
彼には会っていない。
あれから30年近く経った笑
今の彼のこと。
仕事を頑張っている人であること、
ほんとは知っている。
私なんかが本来、
会うことも出来ない人だってことも。
そして彼の周りには、
綺麗で、
優秀で、
バリッバリのキャリアで、
もう何ひとつ私には敵うことなどない、
そんな素敵な女性がたくさん居ることも
ほんとは知っている。
どうして私と付き合っているんだろう、
それはずっと思っているけれど、
多分、
私が「普通」だからなのだろう。
彼が私に求めているのは、
気を張らなくていい、
気を使わなくていい、
頑張らなくていい、
そんな仕事からも、
役職からも離れ、
「私」でも
「弊社」でも
「我々」でもなく
ただのひとりの「俺」に戻る、
そういう時間なんだろうな。
彼の仕事が、
たくさんの人を幸せにしている。
たくさんの人を救っている。
そんな彼の性欲処理を手伝えるなら、
それでいい。
彼の周りに居る女性たちのように、
私は彼の役には立てない。
だから、
私は私にできることをする。
偶然出会ったセフレでしかないのだけど、
彼を知り、
私は私なりの気概を持って、
プライドを持って、
彼のセフレをやっている。
…なんて、
私がそんなことを思っているなんて、
彼は知らないだろうな
そんな話、することもない。
いつもみたいに、
くだらなくて、
エッチで、
笑える話だけ。
私と居る時くらいは
ただのひとりの「俺」に戻る、
そういう時間であって欲しいの。
今も私は騙され続けている。
そんなフリを続けている。
でも多分ほんとは彼も、
そんなことは分かっているんだろうな。
分かっているけど何も言わず、
分かっていないフリをしている私に、
付き合ってくれているんだろうな。
って分かっているけれど、
やっぱり分からないフリを続けている。
彼にフラれたら、
多分、
引きずるんだろうな。
そんな人は、人生で2人目だ。
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