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【ポップス研究①】🎙️麻丘めぐみ「森を駈ける恋人たち」(作詞:山上路夫、作曲・編曲:筒美京平)

この曲を初めて聴いたのが、5年ぐらい前、57歳ぐらいでした。

ショックでしたねえ。

中学生時代から、筒美京平の研究をしていたのに、こんな名曲を知らなかったなんて。
「無知の知」というものを心に刻み込みました。
「人間、天狗になってはいかん」とさらなる研究にいそしむことになりました。

私は、筒美京平さんを作曲家としても尊敬していますが、編曲家としても非常に高く評価しています。
初期の作品はそんなに忙しくなかったので、自分で編曲されていました。
なので、名曲が初期の作品に集まってるのは仕方ありません。

ストリングスとラッパ隊の使い方、他のアレンジャーが使わないような珍しい楽器を使うのが、筒美京平流編曲の特徴でしょうか。
クラシックスの素養があるので、ストリングスでもいろんな弦楽器を使いますよねえ。この曲でも、4種類ぐらいの弦楽器を使っているのではないかしら。

しかし、それでいて、基本的には「バンドサウンド」をコアにしているのがポイントです。
GSでつかんだテクニックでしょうか。

あと、日本人好みの曲にするために「ポール・モーリア・グランドオーケストラ」を研究して、巧みに取り入れていますね。

ちなみに、ポール・モーリアは、本国ではほとんど知られておらず、日本だけで大人気だったそうです。
ベンチャーズもそうですね。本国より日本人受けしますよね。

・・・

森を駈ける恋人たち」(もりをかけるこいびとたち)は、麻丘めぐみの通算4枚目のシングル。1973年4月30日発売。

オリコン「7位」。

次に出した「わたしの彼は左利き」で、オリコン週間「1位」。
第15回日本レコード大賞・大衆賞
・第4回日本歌謡大賞・放送音楽賞
を受賞する大ヒットとなる。

「〜左利き」も筒美京平さんの名作だけど、私はこちらの「森を駈ける恋人たち」のほうが曲としては好き。

だけど、「〜左利き」は、それまで「ぎっちょ(差別用語かな?)」とか言って差別を受けていた「左利き」を肯定的に描いた歌詞が功を奏したのでしょうなぁ。
無理やり親に右利きに矯正されたりしてた時代だったのです。(昭和って凄いでしょ)

ちなみに「わたしの彼は左利き」の歌詞は、「キューティーハニー」のED曲の歌詞や「魔女っ子メグちゃん」の歌詞を書いた「千家和也」先生です。
山口百恵の「青い性路線」をつくりあげたのも千家和也先生です。
世間の常識の殻を破るのが好きな作詞家さんですね、千家さんは。

実は、麻丘めぐみは「大阪育ち」なので、日常生活では「大阪弁」をしゃべっています。

大分県速見郡日出町生まれ、生後半年から大阪市住吉区で育った[3]。父方の先祖は日出藩家老で、大阪に移るまでは祖父母とともに日出城址内の武家屋敷に住んでいた[6]。「私の実家は、日出城の二の丸です」と麻丘はインタビューで語っている[6]。子供の頃から活発だった4歳上の姉に付き添う形で劇団に入り[7]、1歳8か月でCMに出演[3]、3歳で子役として芸能界デビューする。初舞台は梅田コマ劇場で、花菱アチャコ森光子らとの共演だった

ウィキペディアより引用

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ゆうもあ倶楽部
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