その恋もう一度··· その四
第四章 虫愛ずる姫君
コーヒーを飲みながら話を続ける。
「あの店にはよく行くの?」
「はい。綺麗な絵見ると気持が落ち着くんです。絵画展もたまに行くんです。」
「絵が好きなんだ。ひょっとして美術部?」
元世界では陽菜は生物部なので、そこに話を持って行きたいのだ。
「あ。部は生物部だったんです。」
「へぇ。そうなんだ。蝶とか綺麗だよね。」
やはりそうか。陽菜はこちらの世界でも陽菜だ。
「いえ。蝶も好きですけど、イモムシの方が好き。」
元世界でも同じこと陽菜は言った。元世界では、えっと思ってびっくりしたけど、こちらでは予想通りなのだ。
「じゃ、虫めづる姫君だね。」
「あぁ。高校の時に古典の先生に言われました。変かな。」
「虫めづる姫君は外見にとらわれず本質を愛する。って話みたいだよ。」
ここは元世界では陽菜に言われたことを自分が言ったのはよかった。目の前の陽菜はちょっとうれしそうだ。
「僕は実はその綺麗な蝶の写真を撮るのが趣味なんだ。」
「わぁ。じゃ遠くまで撮影に行くのですか?」
「いやぁ。忙しいので遠くはいけないよ。神奈川住まいだから東京、神奈川近郊だけかな。それでも50種類くらいは撮影できるよ。」
「いいなぁ。蝶見たいな。」いい感じになってきた。自分のスマホを出して保存してある蝶の写真を見せた。
「綺麗ですね。カメラ上手ですね。」とお世辞言ってくれる。
思い切って言ってみよう。
「今度、蝶の撮影の時、一緒に行きませんか?」おじさんがこんな少女を誘っていいのだろうか。でもここは押そう。
「時間が合えば行きたいです。今度は予定あるんですか?」
今は十月。まだアサギマダラが間に合うかな。
「アサギマダラ撮りにいくかも。情報見ながら場所と日を決めるよ。行ってくれるなら連絡したいのでメアドでいいので教えて。」
電話番号とかLineだと直接すぎるのでメアドがいいかなと思いさらに、「携帯のメアドじゃなくてもフリーのでいいよ。」
「あ。そうですね。専用にしよう。新しく設定しますね。」
陽菜もスマホを出して、フリーのgmailを設定しだした。@前を決めるだけなのですぐ出来る。
"sky-sun0720 "と打っていた。
「sky-sun?」 と聞くと「あ。すいません。自己紹介してませんでした。私、天宮陽菜って言うんです。空の天に宮です。なのでskyと陽のsunにしました。」
そうか紹介してなかったんだ。わかっていたので気にしなかったな。
「あ。僕は津久田詠一です。君より相当年上だと思うけど。」
「蝶見に行くのに年齢関係ないですよね。」と陽菜が言う。
「その0720って誕生日だね。」「ばれちゃいました?」とニコッと笑った。自分のスマホを出して陽菜のアドレスに自分からメールした。しばらくして陽菜のスマホに着信する。
「それが僕のアドレスです。決まったら連絡しますよ。」
彼女は年齢の割には落ち着いているので19歳より年上に見える。自分は割と若く見られるので並んで歩いても13歳の差には見えないかもしれないなと、思うことにした。
虫めづる姫君か。この話は見た目ではなく価値の本質を見るという話なのだが、もうひとつの解釈に虫の完全変態のように虫好きの姫が美しくメタモルフォーゼするかもしれないという期待もあるらしい。原典の堤中納言物語でも その二に続く とあるが続きはないのである。読者の想像に任せるということらしい。
自分は陽菜が虫めづる姫君からアマテラスにメタモルフォーゼする瞬間に立ち会えるのだろうか。そのメタモルフォーゼに関わることができるのだろうか。
影からの指令のプレッシャーは、いつしか自分の期待感へと変わっていった。
「あっ。そろそろ帰らないと。」と陽菜。
「じゃ途中まで送っていきます。僕は神奈川なので湘南ラインに乗り換えます。」
「私、町田なので新宿で乗り換えます。」「じゃ、新宿まで。」
路線も元世界とほぼ同じ。今のところ時代以外変わったところ見受けられないけど、自分と陽菜の存在だけが付け足されたのかもしれない。
続く