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その恋もう一度··· その十

第十章 西風に吹かれて
 翌日まだ四時半。陽菜を起こそうかと思ったら起きて来た。こういうのは本当しっかりしてるな。軽く食事して出かける。戸塚にある舞岡公園は自然公園でゼフィルスが6種類見られるので、この時期は蝶見に来る人で結構人気なのだ。
 歩いて公園に続く尾根道の入り口に着く。この当たりにもいることがある。
いた。「アカシジミいるよ。」と指差す。「あっ本当だ。かわいい。」今年はアカシジミ多そうだな。軽く撮影して先を急ぐ。途中見晴らしのいい尾根を通るとき陽菜は、あちこちをよく見る。好奇心が強い。しばらく歩いて最初の目的地の降り口あたりで何とオオミドリシジミがいるではないか。静かに指差すと陽菜も認識したようだ。木漏れ日の下、突然それは開翅した。美しい緑の光沢が光る。
「綺麗。」陽菜がつぶやく。本当に綺麗なのだ。撮影しようとしたら、またもや逃げてしまった。
陽菜は笑いながら「残念。」と言ってからかう。
 最初のポイントはカッパ池とそこの谷戸。降りていくとすでに先客が1人。知り合いだ。「吉沢さん。」と声をかける。こっちに気がつく。「ミドリでてますよね?」と聞いてみる。
「一昨日から出始めてるらしいです。昨日は相当数でたみたい。」と吉沢さんがいう。彼は熱心にに通っているので情報は確かだ。「じゃ今日あたり吸水に降りそうですね。」と言って谷戸に向かう。地面の葉とか木々の葉とかじっくりみないと見つからない。
「あっ。ミズイロオナガ。」と陽菜が声をあげる。僕も吉沢さんもそちらを見る。いた。白い翅裏、V字の模様。清楚な感じ。ミズイロオナガシジミである。吉沢さんも陽菜に「よく見つけたね。」と声をかける。僕とどんな関係?とか無粋なことは聞かない。蝶好きは蝶を追っている時は、それがすべてなのだ。
 二人のシャッター音が静かな早朝の公園に響く。その音につられてもう二三人がやってくる。その中にアサギマダラの時に会った佐藤さんがいる。「お、詠一くんか。そちらのお嬢さんも一緒だね。」と言うと陽菜も挨拶していた。それでも無粋なことは聞かないのだ。
 「ミドリいます。」ともう1人が声をあげる。そう蝶撮影家は互助会みたいにみんなで撮ろうよって雰囲気が強い。先ほど上でちらっと見たオオミドリシジミに似ているミドリシジミ。青緑輝くその翅は、やはり魔力があるかのように輝く。全員がシャッターを切る。陽菜もじっと見ている。見入ってしまう。
 その後、場所を変えて第二ポイント、水車小屋にいったり栗林にいったりとあちこち移動。
 どこに行っても知り合いがいる。みんなフレンドリーだ。陽菜も「みんなで、楽しそう。」と。
 丘の上のポイントに行くとき「ここはマムシ出るかもだから気をつけて。」というと「出たらそのときはその時で何とかなるよ。」と割と平気。ヘビ出るから嫌だっていう女性も多い。何か強いな。
 桑の実をみると熟したのをとってこちらに渡す。
「これ食べれるよ。丁度の熟し具合。」と言って桑の実を渡す。うん、あまずっぱさがうまい。そんなことしながら、時は過ぎる。
 ゼフィルス達は昼頃過ぎると木の上の方に行ってしまい撮影会は終了状態になる。一応6種類撮影出来ている。そのまま休憩所に行って何人かとおしゃべりをする。陽菜も虫の知識あるので話は弾む。それでも次第に人は減っていく。帰路につく人もいるわけだ。
「これからどうするの?」と聞かれた。
「あの池のところで、夕方になるとミドリが卍字飛行するから待っていよう。」この場面を見せたかった。
 軽く軽食を食べて撮影した写真なんかを見ていたら3時過ぎてきたので池の方に移動。
 谷戸なので3時でも少し暗い。1頭、また1頭とミドリシジミが飛んでくる。始まった。ナワバリ争いなのか彼らはグルグル飛び回る。卍字飛行が始まる。夕方になるとこの景色が見れる。
「わ。すごいね。」陽菜は目を輝かせてミドリシジミの飛行を追う。飛行したり葉にとまったりと忙しい。青緑色がキラキラと飛び回る。何か別世界のように感じる瞬間である。


卍飛行の中(イメージ)


 5時近くなると飛行も減って来る。周りも暗くなってくる。
「帰ろうか。」と陽菜を促して自分達も帰路についた。
「来てよかったあ。ありがとう。」陽菜は言った。「お礼はミドリシジミに言った方がいいかも。」と笑い返す。
 家に帰り、改めて写真を確認する。陽菜も隣に来て一緒に見る。露出やタイミングなど反省をしていると「詠一さん、好きなことには細かいよね。こだわり強いよね。」と陽菜。そう陽菜は僕のことを一番解っている人だと感じている。どちらかというと変人に見られている自分だが陽菜は一番、僕のこと理解していると思える。
 二人だけの室内。寄り添う陽菜。肩をぎゅっと抱く。顔を見合わせる。目を閉じる陽菜。唇を重ねる。そっと抱き上げ後ろのベッドに運ぶよう抱き上げる。
「電気消して。」
「真暗にしたらいやだな。」
「じゃ、もう少しだけ暗くして。」
 照明を下げてベッドにはいる。その晩、二人はひとつになった。
 

 隣にいる陽菜がポツッと話す。
「私、ずっと前、本当に生まれる前から詠一さんのこと好きだったみたいな気持。」
 影が残してくれた記憶の欠片が、やはりあったのだろう。元世界の陽菜との記憶も自分にも思い起こされた一時であった。

 西風の精。優しい風が運んでくれたのかもしれない一時であった。

続く

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