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『お帰り寅さん』を亀有まで見にいった話

 かつてこんな都市伝説があった。寅さんを東京の下町で見ると、客席から色んな声が聞こえてきてメチャクチャ面白くなると。
 しかし、私が寅さんの魅力を理解したのは大人になってから。その頃は渥美清さんもお亡くなりになり『男はつらいよ』は長いシリーズを終えていた。私がその特別面白い空間で寅さんを見たいと思った時には、その願いは叶わなくなっていた。。。



 しかし、奇跡が起きた。あの『男はつらいよ』が第一作目から50年を経て、25年ぶりに復活するという。
 私はあえて葛飾区のMOVIX亀有まで『おかえり寅さん』を見に行った。本当は小さい映画館で見たかったが、もうそういう映画館はないようだった。
 MOVIX亀有では特別な体験は味わえないか。そんな私の予想はいきなり裏切られる。劇場はほぼ満員だ。もう最前列の席が数席空いてるだけ。劇場に入ると明らかに年齢層が高い。絶対私が一番若い客だ(もう40歳越えてます)。最前列だから分からないが、絶対ポップコーンじゃない和なお菓子を食べてる音がしてる。これは期待できそうだ。
 
 『お帰り寅さん』は不思議な映画だ。
 それまでの寅さん49作が大好きでない人が見ても全く入り込めない。ストーリーはあるにはあるのだが、あんまり意味があるでもなく、俳優達の演技も桑田佳祐の主題歌も何もかも微妙だ。
 しかしだ。デジタルリマスターって言うんですか? 綺麗な映像でよみがえる寅さん。
 この映画が素晴らしいと思うのはあえて寅さんの嫌な場面を長めに使っているところ。空回りするやっかいな親戚としての寅さん。
 その時だ。亀有の映画館がドッカンドッカン受けるのだ。どう考えても笑いの沸点低すぎなのだが、空回りする寅さんと家族のやりとりが笑いに包まれる。
 私も笑った。そして泣いていた。そこから先はずっと涙が流れっぱなしだった(最前列で目が疲れたのかもしれない)。
 今は神田でカフェをしているリリー。寅さんとリリーの特別な関係にもたっぷり時間をかけられる。前田吟も倍賞美津子もすっかり年を取ってるのに浅丘ルリ子と夏木マリだけ時間の流れが違う。

 最も感動したのは設定上、寅さんが死んでいなかったことだ。さくらは今でも寅さんがいつ帰って来てもいいようにとら屋のニ階を片づけている。劇中で詳しく語られてないが、寅さんはある時から全く帰って来なくなってしまい、みんなは寅さんが旅先で死んでしまったと理解しているような感じなのだろう。
 寅さんは作家となった満男の小説の書き出しとして帰ってくる。ラストに走馬灯の様に流れるマドンナ達と寅さんの姿。夢で始まり再会で終わる『男はつらいよ』の黄金パターン。
 そこからシリーズで初めてのエンドロール。そこで流れる歌は寅さんこと渥美清による『男はつらいよ』だ。ああ、これをみんな待っていた。天下の桑田佳祐を前座として使う太っ腹さ。もちろん誰一人として席を立つ客はいない。
 シリーズ初めてのエンドロールが流れ終わった時、拍手をしている観客がいた。この間、私は多分1時間くらいずっと涙が出ていた。

 伝説は本当だった。
 寅さんを特定の場所で見ると感動が何十倍にも増す。

 『お帰り 寅さん』は通常の映画の枠の作品ではない。寅さんの思い出を共有する為の特別なツールなのだ。
 ありがとう寅さん。お帰り寅さん。



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