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”出席”を問い直す
私は以前に『不登校を考える なぜ90年代に不登校は急増したのか』という電子書籍(マガジン)を書いたのですが、その補論としてこのマガジンではコロナ禍で教育や社会はどう変わっていくのが望ましいか。そこにどんな課題があるのかを書いていきます。
GW明けからの学校再開の予定でしたが、それもかなり怪しくなってきました。さらなる休校の長期化、再開したとしても感染防止に配慮した今までと違う学校生活を考えなければなりません。
そこでクローズアップされているのがオンライン授業です。実際できるかどうかはわかりませんが、授業をネット上で行い家庭にいながら出席することが検討されています。
これはつまり学校に行かず単位を取るということです。ここにとても重要なポイントがあります。学校に行かず、でも出席扱いになる。これは長い間不登校を巡ってフリースクールや適応指導教室など様々な不登校対策の中で聞かれた言葉です。コロナ禍の学校をどうするかという問題は不登校の問題と大きな関連があります。
私は以前書いた文章の中に、不登校の改善策の一つに出席というものを見直すという案を出しました。別の場所での学習も出席にするなど出席の定義を変えてしまえば、不登校だった人が不登校でなくなるわけです。
これは私だけの意見ではありません。宿題なし試験なしで有名な麹町中学校の校長の工藤勇一先生もほぼ同じ案を出しています。
5/7以降の学校はどう転ぶとしても今までと同じ学校ではいられません。そこには多様な形の出席(学習活動への参加)が必要であり、それは今まで約20年に渡り不登校の当事者や支援者がやってきた草の根の教育改革とつながるはずです。
ひょっとしたら、コロナ後の学校には不登校というものが存在しなくなる可能性だってあります。全ては出席というものを問い直すことから始まるのです。