未来を紡ぐひみつきち #1
『むかしむかし、あるところに、モグラの四兄弟が棲んでおりました――』
* * *
「今日からここが俺たちのひみつきちだぜ!」
頭を葉くずだらけにして、ヤンが言った。
梢が揺れる。葉がさわさわと音を立てる。高く昇った陽がすじをつくり、あちこちに光の固まりを落としている。沢の水面が、光のつぶを浮かべたようにきらきらと輝いている。
枯れ枝にくくりつけられた古布が、ヤンの頭上で、はためいている。
クソだせぇ、とリディオは言った。
隣にいたゲンランが、でもまんざらでもなさそうだ――と含み笑いを返してくる。
――たしかに。
まんざらでもないようだ――とどこか他人事のように感じたリディオは、そんな自分を、なんだか少し可笑しく思った。
* * *
ここ、レスタの森には四ツの種族が棲んでいる。
黒い翼に四ツ指の硬い脚、鋭い鉤爪をもっている――リディオの属する黒烏(スマル)族。つぶれぎみの大きな鼻とふっくりとした体をもつ小猪(ピグワ)族はゲンランの、小柄な体に大きなしっぽをもっている栗鼠(ワンリー)族はヤンの属する種族である。
もう一ツ、〈森の王者〉と呼ばれている灰狼(イーニィ)族というのも居るが、リディオは彼らのことをよく知らない。
四ツの種族は四方にそれぞれ邑を形成して暮らしている。灰狼(イーニィ)族がもっとも広く、栗鼠(ワンリー)族がもっとも狭い。黒烏(スマル)族はやや大きく、小猪(ピグワ)族は少々小さい。
リディオが初めて彼らと――栗鼠族のヤン、小猪族のゲンランと顔を合わせたのは、一ツ年に一度、太陽がもっとも高く昇る日にひらかれる、邑長たちの合議の席だった。
成年が近くなると、嗣子と呼ばれる邑長の嫡子たちは否応なしに連れ出される。合議に参加するわけではない。いわゆる顔見せである。
次代を担うものとして他(た)の種族をその目で見、言葉を交わし、交流を深めるためである――父は、リディオにそう説いた。それから声を厳しくして、四ツ族の関係性を知っておくのもまた大事なのだ――とも。
それを聞いてもリディオの心は少したりとも動かない。
言われるまでもなく知っている。
嗣子は己の邑の、また他種族との歴史を、あるいはほかのさまざまの知識や教養を――幼いころより身につけていかねばならない。合議の席に顔を出し、邑長としての振る舞いを数カ年かけて学ぶのもその一環である。
そんなことは知っている。幾度となく言われてきた。
でもリディオは、自分が邑長を継ぐなんてこと――考える気すら起こらなかった。
だから一度目の合議はすっぽかした。
次の年は、ほとんど引きずられるようにして連れていかれた。
そこに待ち構えていたのが件の、栗鼠族・小猪族の嗣子であるヤンとゲンランの二人である。すでに何度か参加しているのだろう、親睦を深めていたらしい彼らは仲良く並んでリディオを見上げ、
「なんだよ、年下のくせにふてぶてしい態度だな」
「おっきいねえ」
そう言った。
黒烏族は縦に長い。小猪族のゲンランは被った帽子の先がようやくリディオの胸に届くくらいであり、栗鼠族のヤンにいたっては腰ほどまでの背丈しかなかった。
ヤンもゲンランも見た目はヒトでいうなら十二、三歳、対してリディオは十五、六歳といったところ。それもあって――余計にそう見えたのだろう。リディオ自身はふてぶてしくしたつもりなど微塵もなかった。もともと感情が表に出にくい性質なのだ。
ヤンは頬をふくらませていたが、そのまるっこい瞳から反感めいたものは感じられなかった。ゲンランはひたすら感心して、ことあるごとにおっきいねえとのんびりした声で繰り返した。
彼らは非常に友好的で、とても活動的だった。
この時も、次の時も――合議のあいだ、彼らは奔放に森の中を駆けまわり、リディオも引っぱりまわされた。
初めはかなり戸惑った。
愛想が悪く言葉は少なく、なんなら語調も荒めなリディオは、邑でもいつも浮いている。双子の弟にすら隔たりを感じるくらいである。
――が、そもそもじっとしているのが嫌いな性質でもあった。戸惑いこそすれ苦ではなく、打ち解けるのにもそう時間は掛からなかった。
翼を羨ましがる二人を交互に抱えて翔んでみると喜ばれた。ちょっとしたいたずら心がはたらいて、上空で空転などしてみれば――いわゆる宙返りであるが――ヤンは「すげぇな」と目を輝かせ、すこし、誇らしくなったりもした。ゲンランには「恐いからぼくにはもうしないで」と言われてしまったけれど。
「この前、すっげぇいい場所見つけたんだ」
二度目の合議の別れ際に、ヤンが言った。
「次の合議には灰狼族の嗣子も来るらしいからさ。みんな揃ったら連れてってやるよ。楽しみにしとけ。……おいリディオ、さぼんなよ」
「さぼんねぇよ」
「ほんとかよ。おまえ最初すっぽかしたじゃねぇか。楽しみにしてたんだぞ俺たち」
「うるせぇな。……悪かったよ」
合議なんて退屈そうなものは厭だったし――
なにより、邑長を継ぐなら自分などでなく、しっかりものの弟のほうがいいだろうと――そう、思っていたのだから。むろんこの時だって、その思いは持っていた。口に出すことはなかったけれど。
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【完結】未来を紡ぐひみつきち #1~#7
*邑長を継ぎたくないわがままリディオの成長記* 森にすむ四ツの異種族間の交流や格差を描いたファンタジーです。 翼をもつ黒烏(スマル)族の…
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