
香月堂 - 第一話「選ばれなかった道」
人通りの少ない路地裏に、小さな看板がひっそりと揺れている。
そこには『香月堂』の文字。
運命の糸に導かれるように訪れる人々が、今日もその扉を叩くーー
薄暗い路地に浮かび上がる小さな看板。
**「香月堂 - タロットリーディングと人生の相談所」**と、手書きで記された文字が、柔らかなライトに照らされていた。
「ここか……」
美咲(みさき)はスマホを握りしめながら立ち尽くしていた。
地図アプリを何度も見直し、ここで合っていると確認する。
だが、足がどうしても動かなかった。
彼女がこの「香月堂」の噂を聞いたのは、大学時代の友人・奈央(なお)からだった。
「すごいの! ただ未来を占うだけじゃなくて、心理学みたいに深い話をしてくれるのよ。勇気が湧くっていうか、自分の心を整理できる感じ?」
少し前向きになった奈央の笑顔に押され、美咲も一度行ってみようと思ったのだ。
でも、本当にこんなところで自分の人生が変わるのだろうか。
いや、変えたいわけじゃない。
ただ、あの選択が間違っていなかったと知りたかった。
「……やっぱり、帰ろうかな。」
そうつぶやき、踵を返そうとした瞬間、入り口の扉がギィッと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ。」
落ち着いた声に振り返ると、40代くらいの女性が立っていた。
優しげな表情と柔らかい雰囲気に、美咲はふっと緊張がほぐれる。
「迷われていましたか? 大丈夫ですよ、どうぞ中へ。」
促されるままに香月堂の中へ足を踏み入れた。
古い木の香りと、どこか懐かしい線香の香りが鼻をくすぐる。
店内は驚くほどシンプルだった。
本棚には心理学や哲学の本がぎっしりと並び、壁には星座の図が描かれたポスター。
カウンターの奥には、輝くタロットカードの束が目を引く。
「今日はどんなお悩みですか?」
女性は穏やかに尋ねた。
名前を聞かれることもなく、ただ話しやすい空気だけが漂っている。

「……転職を考えているんです。でも……本当にこれでいいのか分からなくて。」
美咲はしどろもどろに話し始めた。
大学卒業後、地元の銀行に就職した彼女は、いわゆる「安定した職」を得ていた。
しかし、ここ最近、地元でカフェを経営する友人のSNSを見るたびに心がざわついていた。
彼女の人生はキラキラしているのに、自分はただ日々をやり過ごしているだけではないかと。
「でも、転職なんてリスクがあるし、周りも反対するし……。今の仕事が嫌いなわけじゃないんです。ただ、なんか、もっと別の道があったんじゃないかって。」
美咲は口を閉じた。
ずっと心の中で繰り返していた思いを、こうして言葉にするのは初めてだった。
女性は頷きながら、カードの束を差し出した。
「1枚引いてみてください。あなたの心が気になったものを選んで。」
美咲は緊張しながらカードを引く。
手元に現れたのは――**「月」**のカードだった。
「……月?」
美咲が不安げに尋ねると、女性は静かに微笑んだ。
「月は迷いを表すカードです。でも、迷いの中にあるのは、まだ見ぬ希望や可能性でもあります。
美咲さんは今、自分の心と未来の間で揺れている状態ですね。」
女性は続けた。
「迷うのは悪いことではありません。それは、自分にとって大切なことをしっかり考えている証拠です。
ただ、このカードが伝えているのは、夜が明けるまでにはもう少し時間が必要だということ。
そして、その間に自分の本音をきちんと見つめてほしいと。」
美咲はじっとカードを見つめた。
迷いは悪いことじゃない――その言葉が、心にじんわりと沁み込むのを感じる。
「私はどうしたらいいんでしょうか。」
女性は優しく笑った。
「どうしたらいいかを決めるのは、美咲さん自身です。
でも、その選択を後悔しないように、自分の本当の気持ちを大切にしてくださいね。」
その言葉を聞いたとき、美咲は心のどこかでくすぶっていた焦りが少し溶けていくのを感じた。
今すぐに答えを出す必要はない。
けれど、自分がどうしたいのかを考える時間を持とう。
「ありがとうございます。」
深く頭を下げると、女性は
「いつでもお待ちしていますよ」
と静かに答えた。
香月堂を出る頃、夜空には綺麗な月が浮かんでいた。
迷い続けることも悪くない――美咲は自分の中に少しだけ灯った光を感じながら、家路についた。
FIN.
「小説みたいな悩み、私にもある…」
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