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市内の魔王に挑む、RPGはいかが?

あらすじ

ぼくは、福井丘県子郡市に家族4人で平和に暮らしている16歳。毎日、隣町の来目市の明仙高校に、二師鉄電車で通学する。何にもない町と何にもない日々。ある日、家に届いた回覧板で「魔王討伐」の記事を知った。同じ高校の仲間ヤス、ヒラ、カナと、町の平和のために、魔王討伐の冒険を志す。子郡市役所で勇者の登録をした。保険にも入った。活動の手引きも読んだ。ケータイで、武器と防具と呪文を登録すると、攻撃力や防御力が上がったり呪文が使えたりする。まずは、スライムを退治して、レベルを上げて、強くなる。勇者を支援するカゲから情報を聞き出す。魔王を討伐するため、市内をうろうろする。


第1話「回覧板と魔王」

ざっくり言うと
「魔王を倒してください」
という回覧板が、ぼくの家に届いた。

ぼくは福井丘県子郡市に住む16歳。性別は男。職業は高校生。教員の父と専業主婦の母、それに中学生の妹と暮らしている。

子郡市は、今はさびれた来目市のベッドタウン。人口6万人。田んぼと小麦畑と住宅地、そして築五川と華立山しかない平(たいら)な町。何の特徴もない退屈な町。ただのんびりしたところが魅力?かな。

回覧板は月1回。
いつもは読まない回覧板だが、何故か目に止まったのだ。

「母さん、魔王だってよ」

「あら、そう」
洗濯物を干しながら、母はそっけなく答えた。

「困ってるみたいよ。」
「あら、そう。助けてあげれば。」
「そ、そ、そうだねー。」
そんな軽いやりとりだったのに、まさか、旅立つことになるなんて、このときは少しも考えてなかった。

夕食のとき、またこの話題を振ってみた。
「魔王を倒してほしいって回覧板にあったよ。」
「先月も載ってたぞ。魔王には市長も困ってるんだろ。」
と、珍しく早く帰ってきた父が言った。
「魔王ってどこにいるの?」
「それがわかれば苦労しないわよ。」
母は、サラダをつぎ分けながら言った。
「警察が逮捕しないの?」
「バカだなー。警察は人の犯罪で手一杯で、魔物までには手が回らないよ。魔物は魔物ハンターが倒すさ」
「魔物ハンターって?」
「勇者や戦士って職業あるだろ、あれだよ。市役所で登録したらいいらしいよ」
「ふーーん」
「ところで、夏休みの補習、明日まででしょ。夏休みのバイト、自分で探しなさいよ」
話の風向きが悪い方に向いてきたので、ぼくは自分の部屋に逃げ出した。

ベッドに寝転びながら、魔王のことを考えてみた。
魔王とは何者か?
きっと恐ろしい呪文を使ったり魔物を引き連れて悪いことしたりするのだろう。ねらいはやはり世界の滅亡か?
そんなに悪そうなヤツなのに、警察は手が出せない。人の犯罪が多いから?手が回らない? 意外とのんきだな。
誰か倒してくれるのかな、、、まずは、魔王の居場所を探さないと、、、ああ、バイトも探そう、、、


そんなこと考えてるうちに、寝落ちしてしまったようだ。

第2話「友達とパーティー」

「早く行かないと、電車に乗り遅れちゃうわよ。」
いつもの母さんの声。

二師鉄電車と二師鉄バスに乗って、明仙高校へ行く。毎日、毎日。そして、今は夏休みなのに、補習があるなんて。進学校だからしかたないが、つまらない。

大穂駅からヤスが乗ってきた。
「おはよう。」
「おぃーす。」
ヤスのテンションは朝はこのくらい。いつものことだ。本人曰く、低血圧らしい。ひくいテンションのヤスとはなかなか盛り上がれない。無言で、電車に揺られている。ぼくらは電車の一番前に乗る。混まないし、乗客の先頭にいるということは何かうれしい。

次の足坂駅からはヒラが乗ってくる。いきなりヒラが尋ねてきた。
おはよう。ねーねー、魔王のこと、知ってる?
ヒラとはなかなかウマが合う。以心伝心ってことが時々ある。
「うちに回覧板が届いててね。魔王を倒したら、懸賞金だってよ」
と、ヒラ。
「それ、見た。でも、誰か倒すでしょ」
と、ぼく。
「いやいや、それを言ったら終わりでしょ。誰かじゃなくて、ぼくら。」
「ぼくら?それに、オレも入ってる?」

ヤスが尋ねた。
「もちろん、この3人さ。」
ヒラは嬉しそうに言った。

「市役所でさ、説明会があるらしいから、明日、行ってみようよ。」
あれ、バイト探さないといけないけど、、、。ヒラの強引さに、ぼくもヤスも逃げられなくなった。

明仙高校は、古い学校だ。ぼくらが住む子郡市の隣、来目市にある。来目市はなかなか都会だ。来目駅は子郡駅には止まらない特急電車が止まる。ぼくらは、来目市の友達からは少しバカにされる。まあ、よくある故郷自慢。どっちが都会か取り留めもないのだが。
「あら、今日もギリギリだったわね。子郡は遠いから、大変ねー」
同級生のカナだ。来目市在住。
「カナは来目の端っこだろ。そこは来目じゃないらしいぞ。」
「そんなことないもん。子郡よりは都会だから」
「それはどーだか。そんな田舎には行ったことないから、わからんわ。」

カナとしようもない会話をしてたら、高山田先生が来て、数学の補習が始まった。

朝の補習が終わると、授業が始まる。
魔王のことなんて、少しも考えなかった。このまま忘れるはずだったのに、、、。

「あーあ、やっと補習が終わった。帰ろうぜ。」
ヤスが言った。
「補習は今日までだし。丁度よかったね。明日、9時30分に子郡市役所だからな。」
ヒラは忘れてなかった。
「じゃ9時に子郡駅前集合で。」
ヤスがしかたなしに言った。

まあ、説明会くらいなら、話のネタになるかな。

第3話「子郡市役所と説明会」

9時に子郡駅前集合。

家を出ようとすると
「こんなに早くから、バイト探し?」母が言った。
「まあ、そんなとこ。行ってきます」

ヒラはもう来ていた。
「説明会は市役所の第3会議室であるってよ。15歳以上なら、いいらしい。」
「たくさん集まるのかな。」
「さあね。まあ、行ってから決めればいいさ。」
話していると、ヤスが来た。
「さて、行こうか。」

子郡市役所は駅から歩いて10分のところにある。コンクリート造りの3階建て。ぱっとしないただの四角い建物。エントランスは暗くて、心細くなる。案内所に、礼儀正しいおばさんがいて
「説明会は2階の第3会議室であります。会議室に受付名簿がありますから、記入をして、時間まで中でお待ちください。」
と丁寧に対応してくれた。

これまた暗い階段を登ると、蛍光灯の光が、弱々しい廊下があって、その突き当たりが第3会議室だった。

「魔王討伐説明会」
長い紙に縦書きで書かれていた。

40名ほど入れそうな部屋に長机がロの字型に配置されていた。ぼくらは、受付名簿に名前を書いて、入り口に近い後ろの方に3人並んで座った。だれも来てないらしい。

9時30分に、廊下を歩く足音がスタスタ聞こえ、ギィッとドアが開いた。男が二人、靴音を響かせて入ってきた。一人は小柄で痩せたおじさん。40代、黒縁メガネ、鼻が大きく、アゴは小さい。分厚い青いファイルを抱えている。ちょっと偉そう。もう一人は背が高く、こちらも痩せてメガネをかけている。

背が高い方が
「おはようございます。」
と爽やかに挨拶をした。
「おはようございます。」
ぼくらも、小さな声で返した。

背が高い方が
「環境推進課の尾林です。説明をいたします。」
とゆっくり丁寧に言った。
もう一人が
「環境推進課長の池木下です。よろしくお願いします。」
と言った。

「今回は3名のようです。さっそく始めます。」
尾林さんが受付名簿を見ながら言った。どうやら、魔王をやっつけようと考えたのは、ぼくらだけだったようだ。

大丈夫かなぁ。のこのこ来たのは間違いだったかもしれない。そう思った。

第4話「魔王討伐説明会と誰でも勇者」

「主な説明は私、尾林がいたします。企画の目的、活動、評価と報酬の順に説明します」尾林さんは話し始めた。

「まず、この企画の目的は、魔王を倒すことです。魔王は世界の破滅を目論んでいます。邪悪な魔物を従えて虎視眈々と世界を狙っているのです。しかも、魔王はどこにいるかわからない。丁寧な探索が必要です。魔王を見つけ、そして、魔王を倒すことがこの企画の目的なのです。」

尾林さんは少し興奮気味に言った。

次に、活動を説明します。先ほど述べた探索と戦闘と報告の3つがあります。探索は、魔王について聞き込みをしながら居場所や情報を探すことです。街にはカゲと呼ばれる探索員が密かに放たれています。勇者をサポートすることがカゲの仕事です。カゲは勇者に接触し、情報を提供します。」
「勇者だって」ヤスがニヤニヤしながら小声で言った。
「勇者にもたらされる情報をもとに魔王を探し出していただきたいのです」

「そして、活動の2つ目は戦闘です。戦闘は魔物や魔王と戦うことです。倒した魔物によって経験値が与えられます。レベルアップすると強くなります。」
「レベルアップだって」今度はヒラがニヤニヤ笑った。
「しかし、傷ついたり、下手したら命を落としかねないこともあります。ご注意ください。」
ニヤニヤしていたヤスとヒラの顔が少しひきつってた。

「活動の3つ目は報告です。報告は本部へ提出する書類があります。これが、レベルアップや報酬に関係していきます。おろそかにすると、報酬が支払われない可能性があります。また、登録抹消も手続きが必要です。登録を抹消せずに不適切な活動を行うとノラ勇者となり違法となる場合があります。手続きは忘れずに行ってください。」
「ノラ勇者、、、」ぼくらは顔を見合わせた。

「最後に、評価と報酬です。提出書類には倒した魔物の種類や数を書いて環境推進課に届けてください。また、探索した結果なども報告すると、探索慰労手当がつくこともあります。魔王を倒せば、、、最高報酬を手に入れることができます。」尾林さんは、最高報酬に力を入れて話した。
「大まかに説明しました。質問はありますか?」そう言って、尾林さんは全体を見渡した。

しばらくして、ヒラがつぶやくように言った。
「ぼくらでも魔王は倒せますか。」
尾林さんは、メガネのズレを直しながら言った。
「それはわかりません。魔王の力がどれくらいかもわからないのです。倒せるかもしれないし、倒せないかもしれない。それは勇者次第です」

続いてヤスが言った。
「勇者っているんですか。」
「正確に言うと、なるのです。登録していただけたら、誰でもなれます。ただし、勇者はパーティーに一人です。
そこからは、質問の連続だった。

ひとしきり質問を出し尽くしたところで、黙っていた池木下さんが言った。
「登録しますか。」

第5話「職業登録と勇者」

池木下さんは青いファイルを開いて、登録用紙を取り出した。
「3人がパーティー?」

「そうです。」
ヒラが言った。

「名前、住所、連絡先、希望職業を書いてね。高校生?なら、保護者と連絡先もね。」
「名前、住所、連絡先、、、希望職業? 希望職業って何ですか」
ぼくが尋ねると、池木下さんは
「勇者、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、武闘家から選んでね。あ、パーティーに一人は勇者が必要だから、相談してね。」
と言った。

ヤスを見ると「戦士」を選んでいた。
「ヤス、戦士なの?」
「オレ、剣道部だから。やっぱ戦士でしょ」

ヒラを見ると「魔法使い」を選んでいた。
「えっ、ヒラは魔法使いなの?」
「魔法でズバズバ、やっつけたい」

それを聞いていた池木下さんが
「パーティーには勇者が絶対必要だから、よく話し合ってね。」
とまた言った。
ヤスとヒラは話し合うつもりはないらしい。
しかたなく、ぼくは「勇者」を選ぶことにした。

ぼくらは、登録用紙を池木下さんに手渡した。
池木下さんは
「簡単な審査がありますから、正式な活動は明日以降、審査結果の通知の後からになります。通知は郵送です。」
と言った。

市役所を出て、お昼を過ぎていることに気づいた。
ぼくらはハンバーガーショップでハンバーガーを食べた。

ハンバーガーショップに行く途中、歩道にスライムが横たわっているのを見つけた。魔物には不必要に危害を与えてはいけないので、反対の歩道に渡ってやり過ごした。

明日からはやっつけられるはずなんだけど。

第6話「勇者の通知と活動の手引き」

次の日、通知は郵送で届いた。

封筒には3枚の書類と木の棒が入っていた。書類は、勇者登録通知書、活動と報告の手引き、保険加入のお願いだ。

勇者登録通知書は、あなたは今日から勇者ですと書いてあった。少し立派な紙に市長の名前と印鑑が押されてあった。

活動と報告の手引きには、バーコードがあってケータイで読み取るように書いてあった。読み取ると、すぐに登録確認画面にログインさせられ、本人を確認した後認証されたようだ。ケータイには勇者としての身分証明書が送信された。魔物を倒したら写メして送信する。ポイントが貯まったら、レベルアップする。そんなしくみらしい。レベルアップ後に覚えた魔法もケータイの電波を通じて現実化されるらしい。必要経費もケータイで落とされる。何でもケータイでいける時代だ。

保険加入のお願いはとても重要なものだった。けがしたときに保険が適用される。しかし、活動費から引き落とされるとのことだった。残額に気をつけないと治療してもらえない。恐ろしいことに死亡保険もついている。これは返信の必要があったので、書類に名前を書いて、近くのポストに投函した。

家に帰ると、ヒラから電話があった。
「手続き、終わった?」
「今、保険の書類をポストに入れてきた」
「今から集まらない?」
「じゃあ、1時間後に子郡駅前」
「棒とケータイ、忘れずに持って来てよ」
棒?あー、同封されてた木の棒ね。

1時間後、3人は揃った。

いろいろ確かめたいこともある。本当に、ぼくは勇者になったのか。

第7話「呪文とケータイ」

「どーなの?魔法使える?」ぼくとヤスはヒラに尋ねた。
ヒラは、魔法使いになったはずなのだ。なったのかな、市役所に登録しただけで。

いやー、やっぱり練習と登録がいるみたいでねー」ヒラが言った。
「どうゆうこと?」
「魔法はイメージと呪文と効果登録が必要らしいんだよ。ケータイがキー局になってる。例えば、火の魔法をイメージする。イメージはケータイを通して現実の効果がつくられる。つまり、目の前に火がつくられる。さらに、呪文によって発動する。火が魔物に向かって放たれるらしい。レベルアップのときにスキルポイントを振り分けて、ケータイに呪文を登録するんだって」

「やってみてよ」
「うん、まずは火のイメージ、、、
ヒラは目の前に右手を開いて突き出した。
「何だか、手のひらが熱くなってきた、、、」
そう言えば、手のひらに小さな光が見えてきた。
アツッ、、、
小さな火の粉が見えたが、すぐに消えてしまった。
「アツッ」ヒラは手のひらにふうふう息を吹きかけている。
それもそうだ、手から火が出れば熱いはずだ。
「いやー、これは長い呪文はダメだ、スペシャルダイナミックファイヤーアローなんてカッコいい呪文を考えてたけど。もたんわ」

何度か試して、ヒラは火の呪文アツッをケータイに登録した。練習の成果もあって、3メートルくらい先まで、小さい火の粉を飛ばすことができるようになった。

ヒラは魔法使いになったのだ。
勇者のぼくも魔法が使えるようになるのだろうか。

第8話「会心の攻撃とヒノキボー」

「すげーな、ヒラ。」
手から火の粉を飛ばすヒラを見て、ヤスが叫んだ。

「おれは、魔法はつかえないはずだから、武器でぶったたく!!」
ヤスは、持っていたプラスチックの棒を振り回した。おもちゃのプラスチックバットみたいだ。
でも、ヤスが振り回すと、ブンッ、ブンッと音がする。

ぼくのところに届いたのは、木の棒だった。細い、、、木の枝だ。
ヤスはプラスチック? 攻撃力は、ヤスのプラスチックの方が太くてありそうだ。

この違いは何だろう。職業の違いなんだろうか?
ヤスは戦士。ぼくは勇者。ヒラは魔法使い。

ヒラは木の棒を振り回しながら言った。
「これはヒノキの棒だね。ヒノキボー。ほら、ホームページに書いてある。」
そう言って、子郡市のホームページをケータイで見せてくれた。ホームページには、「ヒノキボー、初心者の武器」と書いていた。
「あった、ヤスのはバトルステッキ、これだ」

ヒノキボーは振るとヒュンヒュン鳴るのに、バトルステッキはブンブンと鳴り、音が重い。ステッキと言っても、ダイヤ型をしているので、意外といろいろ切れるようだ。ヤスは近くの木の枝を2、3本、叩き落としてみた。

バキッと音がして、枝が落ちる。
「なかなか使えそう。」

「ちょっと貸して。」
ヒラが言った。
「いやー重くない、コレ。」
「あー、重い?そんなにないけど。オレ、戦士だからかな。」
ヤスが応えた。

「武器もケータイに登録するみたいよ。登録するとなかなか使いやすくなる。」

なるほど。武器も魔法と同じで、ケータイに登録するんだな。そうすることで使えるってわけだ。と言うことは、防具も登録するんだろうなー。

登録しないと役立たず

ズバババ、ブン、ブン、ズバババ、ブンッ。

ヤスはバトルステッキをブンブン振っていたが、何度かズババッと音がする。
どうやら会心の攻撃らしい。
修練のたまものなのか、はたまた偶然か。攻撃威力は格段にちがうはずだ。

振り回しているうちに、ヤスは気持ちが昂ってきたようだ。
「うおおおおおーーーー、戦いてぇ―ーーー。」
それにつられてか、ぼくも魔物と戦いたくなってきた。
ヒラも、自分のヒノキボーを小刻みに振りながら、にやにやしている。

弱い魔物お願いします。スライムなんか近くにいないかな。

第9話「駅前スライムと活動報告」

戦士のヤスはバトルステッキを装備している。

魔法使いのヒラはアツッの魔法を習得し、ヒノキボーを装備している。

勇者のぼくはヒノキボーだけ。勇者のはずなのに。何か頼りない。

まあ、とりあえず、ケータイに登録して装備した。

ヤスが言った。
「装備したら、戦いたくなるな。」
「スライムくらいなら、勝てるかも。」
ヒラもやる気だ。

子郡駅前の噴水広場にそいつはいた。

スライムだ。
小犬くらいの大きさで、水色の半透明のボディは形を変えながら動いていた。目や口は見当たらない。ただ半透明のボディの奥に、ソフトボールくらいの球体が見える。それが核というものらしい。無心で噴水周りに生えたコケを食べてる。

そう言えば、近くのコンビニの店員さんが話していたな。
「最近、スライムが増えて困るのよね。歩いた後はぬめぬめしているし、ごみ箱を荒らすし。この前は店の中まで入ってきちゃって・・・、勇者様が退治してくれないかしら。」

その勇者様になったのだから、退治しないわけにはいかないぞ。レベルは1だけど。

ぼくらは、注意深く周りを見る。どうやら一匹みたいだ。少しずつ近づいてみる。

スライムも、ぼくらに気づいたようだ。こちらにもぞもぞと迫ってきた。素早い動きではない。しかし、敵意らしいプレッシャーを感じる。

ぼくらは身構えた。

スライムが少し立ち上がり、覆いかぶさろうと突っ込んできた。

「あぶなーーい」
ぼくらは、左右に散った。

「攻撃されたものとみなすよ。」
ヒラが言った。目が燃えている。

「アツッ」
ヒラが左手を伸ばして叫んだ。手のひらに生まれた火の玉が、スライムに飛んでいく。スライムに当たって弾けた。

続けて、ぼくがヒノキボーで叩く。スライムの動きは明らかに鈍っている。

「ゥオラーーーー」
ヤスが声を上げて、バトルステッキでスライムの核を貫き、素早く引き抜いた。

スライムの核から緑の液体が流れ出した。そして、スライムは動かなくなった。

「やっつけた?」ヒラが言った。
「みたいだね」ぼくが言った。
「経験値は?」ヤシが尋ねた。

「倒しただけではレベルアップしないよ。戦闘と報告。まずはケータイで写メして、送信。」

すぐに3人のケータイがブルッと震えた。返信メールだ。
経験値5、報酬200円。次のレベルまであと20

「おーし、あと10。スライム探すぞ。」
ヤスが叫んだ。戦士のレベルアップはあと10らしい。
「ちょっと待って。力が入らない。」
ヒラが言った。初めての魔法は思ったより力を消耗するらしい。

「休んでスライムを探そう。レベルアップを試したいね。」
ヤスは大きくうなづいた。ヒラは小さくうなづいた。

第10話「バトルとレベルアップ」

ぼくらは、新たな魔物を探して、駅前のコンビニに向かった。

「いるかな。」「たぶん、いるよ。」

いた。

広い駐車場で、グリーンスライムは、白線の汚れをかじっていた。

戦士ヤスと魔法使いヒラがゆっくり近づく。

よく見ると、2匹。プルプルと体を震わせている。
「大丈夫かな」ぼくは言った。
勇者のくせにチキンだな」ヤスが言った。

「アツッ」
ヒラが突然、火の呪文を唱えた。
あわててぼくも飛び出した。
「オリャー」スライムAをヒノキボーでぶっ叩く。

「ゥオラーーー」
ヤスも攻撃する。スライムの核をバトルステッキで突き刺す。

スライムAの動きがみるみる鈍くなり、動かなくなった。

動かなくなったスライムAの後ろから、スライムBが攻撃してきた。体当たりをヤスが受けた。でも、ヤスは倒れない。がっちりと受け止めている。 

「さすが、剣道部。」
ぼくは思った。

「アツッ」
ヒラの火の玉がまた飛んでいく。

続けてぼくの攻撃。スライムBをヒノキボーで薙ぎ払った。
「アツッ」
さらにヒラの攻撃。

スライムBもとうとう動かなくなった。

「もう力が入らないよ。」
ヒラはもうヘトヘトのようだ。
「いてててて。」
ヤスが腰をおさえながら言った。

「大丈夫?」
「うん、まあ。HPを10くらい削られたかな」

スライム2匹を写メして送信する。返信はすぐ来た。

ヤスとヒラのケータイの軽快な着信音。
チャララ、チャチャチャーーーー。

あれ、ぼくのは着信音はないな。

「経験値10、おめでとうございます、レベル2です。報酬400円。次のレベルまであと10」

うおー、レベル2になったーーー
突然ヤスが叫んだ。

ぼくもーーーー
ヒラも叫んだ。

ヤスとヒラはレベル2になったらしい。

ぼくはレベル上がらず。勇者の成長は遅い、ということか。

「・・・なんか変わらないな」
「そうだね。でも、疲れがなくなった気がする。レベルアップしたからかも」
「いいなー。レベル2かー。うらやましい」
「あといくつ?」
「10かな」
「じゃ、スライム2匹だな」

ケータイで魔物情報が見れるよ
ヒラがケータイを差し出した。

「本当だ。」
アプリを開くと、地図上に魔物のアイコンが表示される。

うわっ、やばい。近くにオオトカゲが3匹。反対に動けば、オオナメクジがいるーー

「オオナメクジかー。1匹なら、やれそうじゃね。」
ヤスが言った。

オオトカゲにビビりながらぼくらは移動した。

線路沿いの空き地にオオナメクジはいた。

ヌメヌメした身体をくねらせて、草を食べてる。大型バイクくらいの大きさだ。

自転車のおばさんが大ナメクジを見つけて、まゆをひそめながら、「いやねー」とつぶやいて去って行った。

「経験値10あるかな」ヤスに聞いてみた。
「なかなかデカイな。10はいくよ」
さて、行こうか。レベル2の戦士と魔法使い、そしてレベル1の勇者の戦いを見せてやろうよ
ヒラが言った。

レベル1は余計だろ、と言う前に、火の呪文をヒラは唱えていた。
「アツッ」火の玉がオオナメクジの背中にヒットした。

ぼくも慌ててヒノキボーで背中らしき場所を叩く。

ヤスはバトルステッキで突き刺す。
「硬いぞ、コイツ」ヤスが叫んだ。

オオナメクジはヤスにぶつかってきた。ヤスがぶっ飛んだ。スライムのようにはいかない。

「アツッ」ヒラの2度目の呪文。頭にヒット。オオナメクジが身悶える。

ぼくはヒノキボーで頭を叩いた。オオナメクジの動きが鈍くなった。そこにヤスの一撃。
「突いてだめなら、叩く」ヤスの一撃も頭にヒットした。

オオナメクジはゆっくり倒れていった。

「あー、疲れた。もう呪文使えない」
「いててて。また、腰が、、、。」
「大丈夫?」

二人が少し落ち着いたところで、写メして送信。返信

チャララ、チャチャチャーーーー。
今度は、ぼくのケータイから軽快な着信音が鳴った。

「経験値12、おめでとうございます、レベル2。ナムーを覚えた。報酬600円。レベルアップまであと30」

「やったー、レベルアップーーー」
「やったな」
「やったね」

ナムーという呪文を覚えたらしいよ」ぼくは言った。
「それ、回復系だよ。」ヒラが言った。

「かけてくれーー」ヤスが言った。
ケータイでナムーを見ると、登録済と表示されている。

「治れ、治れ、治れ」と念じてヤスの腰に手をかざす。
そして、呪文。
「ナムー」

手が温かくなったかと思うと、優しい緑の光が生まれてヤスの腰に吸い込まれた。

「痛みが消えた。うん、うん、平気」

「これで、攻撃呪文と回復呪文を、我々は手に入れたわけだ。」
ヒラがまだ力が入らない様子で、か細く言った。

「でも、ナムーを使うと、すごく疲れる。」
魔法だからね。
さすが魔法使い、言葉の重みが違う。

「さて、そろそろ帰ろうか。」
ヤスが言った。
あたりはいつの間にか暗くなっていた。
「そうだね。疲れたよ」
「また明日ね」

ぼくらは別れた。暮れていく家路を急ぐ。

「今日の夕飯は何だろう。早く風呂に入りたいな。」

第11話「装備と新しい仲間」

翌日、午後1時。

ぼくらは、また、子郡駅に集合した。

「やっぱり休息は大事だねー」と魔法使いのヒラ。
「力がみなぎるねー」と戦士のヤス。
「みんなレベル2だからねー」と勇者のぼくは言った。

「ところで、持って来た?」ヒラが尋ねた。

「一応、持って来たけど」
昨日、家に帰ったところで、ヒラからラインが来た。防具になりそうなものを持ってこいというのだ。

剣道部のヤスは防具一式を担いで来ていた。
「身に付けて」
「ここで?」
「そう。早く」
ヤスは服の上から面と胴、そして小手を身に付けた。
「Tシャツに防具ってダサいでしょ」
ヤスは仏頂面だ。
「いいから、」
ヒラはケータイを取り出して写メ。
「はい、登録終了。防御力が上がったはずだよ。叩いてみるよ」

ヒラはヤスをバトルステッキで軽く叩いた。
「あれ?あまり感じない」
「それは防御力が上がったからさ」
ヒラが自慢げに言った。
「あまりかっこよくはないね」
Tシャツに短パンに剣道の防具、、、ダサすぎる。
「面は暑いわぁ」
ヤスは面と小手を取った。防御力が少し下がった。

ぼくは、世界的スポーツブランドNEKEのキャップとごみ箱の蓋。ヒラは、麦わら帽子と短い簾。

「簾? 簾なんて、役に立つの?」
「いやー、鍋の蓋は持って来れなくて。無いよりましでしょ」

写メして登録。

「よし、防御力も上がったから。ガンガン、レベルを上げますか?」ヒラが言った。

そうして、ぼくらはケータイでグリーンスライムを見つけては倒した。なんとかレベル3。

「疲れたーーー」「もう動けなーい」
ぼくら3人は、中学校の駐車場で寝転がった。しばらく動けそうもない。しかし、ここを魔物に襲われたら、終わりだ。
「あのさー、気づいたんだけどさ」
「何?」
「ぼくらのパーティー、体力の回復が追いつかない」
「だからかー」戦えば疲れる。しばらく休む。効率が悪い。
「もう一人、回復系がいるなー」

「あら、あなたたち、何してるの?」
自転車に乗った女子が話しかけてきた。
?、カナだ。習い事のピアノの帰りらしい。
「3人そろって、そんなところに転がって。」

ぼくらは顔を見合わせた。
「カナ、カナんちはお寺だよね。いつも人助けしなさいって言われてたよね。」
「ぼくら、死にそうに困ってるんだ」
「僧侶になってよ」

ぼくらは魔王のことや市役所でのこと、戦闘やレベルアップのことなどを話した。
「たのむ、カナ。実家はお寺だし、きっと才能あるよ。」
「お経じゃなくて呪文だから、スマートな感じになれるよ」
「みんなのための人助けだから、、、お願い」

しばらく、カナはぼくらの話を聞いていたが、
「わかったわ、人助けね。」
と、カナは言った。

「じゃー今から市役所に、、、」
とヒラが言うのを、カナが遮った。
「今日はムリ。今からピアノだから」
ばっさり切られた。

翌日、カナは少林寺拳法の道着を来て、市役所にやって来た。
武闘家で僧侶って上級職、、、。

「やってやるわよ。」
想定外のカナのやる気に僕らは少し引いた。

市役所で登録を済ませる。上級職のモンクにはなれずに「僧侶」になった。

これで、勇者、戦士、魔法使い、僧侶の4人パーティーがそろった。


第12話「僧侶と歩き回る勇者」

ぼくら勇者、戦士、魔法使い、僧侶のパーティーは、子郡駅から電車に乗って、1つ北の大穂駅で降りて、アスファルトの道を歩いている。

「ちょっと遠くない?だから、明日にしようと言ったのに」
さっきパーティーに加わった僧侶のカナは、文句をたらたら言いっぱなしだ。
「明日、自転車でって言ったのに」
戦士ヤス、魔法使いヒラ、勇者のぼくはそれを聞き流しながら歩いた。

広い県道が気持ちよく真っ直ぐに伸びている。片側は住宅地、もう片側は田んぼが広がっている。風はあるのだけど、日差しが強い。目的地は運動公園。

カナの「僧侶」登録のために行った市役所で、環境推進課の尾林さんから、ある情報をもらったのだ。

運動公園で走っているランナーが怪しいということです。行きますか」
「行きます。」ぼくらはそろって答えた。

カナのぼやきは続いている。
「そう言えば、カナ、装備、まだしてないよね」
カナのぼやきが止まった。
「防具や武器を登録しないと」
カナの装備をケータイで登録する。

花の飾り帽子、少林寺拳法道着、スニーカー
「あ、これも」

カナは、木魚のばちをリュックから取り出した。
「これ、神様のバチが当たるんじゃないの、ばちだけに」
ヒラが小さい声で言った。

「何言ってんの。魔王を倒すためだから、逆に喜んでくれるわよ」
カナが言うと説得力がある。

武器は木魚ばち登録終了」
ケータイで登録することで、攻撃力が上がるのだ。

と、田んぼの溝にジャンボタニシ発見。子犬くらいの大きさのやつ。
赤いプチプチのタマゴから生まれるやつだ。稲を食い荒らす外来種だ。
農家の人も困っていると聞いた。

「レベル上げに丁度いいぞ」ヤスが言った。

「アツッ、アツッ、アツッ」
魔法使いのヒラが火の呪文アツッを3連発して、勝利した。
カナも木魚ばちでぶん殴っていた。

ここでは、8匹のジャンボタニシを倒した。
僧侶のカナが仲間になったことで、戦闘はすごく楽になった。

ヒラがアツッの呪文で火の攻撃。
ぼくがヒノキボーを振り回す。
カナが木魚ばちを打ちつける。
ヤスがバトルステッキでぶっ叩く。

傷ついたり疲れ果てたりすれば、僧侶のカナが回復呪文ナムーを唱える。

ぼくとカナはレベル5。ヤスとヒラはレベル6。

勇者のぼくは、火の呪文アツッを覚えたようだ。

魔法使いのヒラは、火の強化呪文メチャアツッを覚えたようだ。

僧侶のカナは回復系全体呪文ナムミナーを覚えた。

戦士ヤスは呪文は覚えられない。

第13話「カゲとおじさん」

レベル5になったぼくらは、市役所での情報をもとに、子郡運動公園に向かっている。

もうスライムやジャンボタニシは恐れない。

市役所の尾林さんは、子郡運動公園にいるカゲから情報を聞くようにと教えてくれた。無事にカゲに会えるのだろうか。

カゲ。市役所の魔王探索部。一般市民を装って、勇者を支援する。

子郡運動公園にそのカゲがいて、魔王の情報をつかんでいるらしい。

子郡運動公園。子郡市民の憩いの公園である。
プロ野球チームの福井丘ソフトバンホークスの2軍の試合や甲子園の予選大会がある。陸上競技場も併設されている。テニスコートもある。多目的グラウンドもある。遊具の広場もある。
天気の良い日には家族連れが多い。ぼくも小さい頃には家族でお弁当を食べたり遊んだりしてもらったもんだ。久しく来てなかったけど、まさか勇者になって来るなんて、思ってもみなかった。

さて、カゲはどこにいるのだろう。

ぐるっと回ってみようか
戦士ヤスが言った。

「そうだね。球場に人はいないみたいだし」
麦わら帽子の魔法使いヒラが言った。

「球場の向かいには、多目的広場があるわ。懐かしい。まだ木のジャンボすべり台はあるかしら」少林寺拳法の道着を身に付けた僧侶のカナが言った。

多目的広場に行く途中、何人かのランナーとすれ違った。みんな、暑い中、よく走れるなぁ。

向こうからピンクの帽子を被った小柄で痩せたおじさんランナーが走ってきた。

おじさんは手を振り、一定の速さで近づいてくる。

すれ違うときにおじさんのつぶやきを聞いたのだ。
魔王は、、、、

一瞬のことだったので、よくわからなかったが、おじさんははっきり『魔王』と言った。

「魔王って言わなかった?」ヒラが言った。
「確かに聞こえた」ぼくは言った。
「そうなの?」ヤスは気づかなかったようだ。
「聞いてみましょうよ」カナがおじさんを追いかけた。

ぼくらも後を追った。
おじさんはゆっくりだったので、すぐに追いついた。
「おじさん、おじさん、聞きたいことがあって、、、」
カナは走りながら声をかけたが、おじさんは止まってくれない。

しかし、ぶつぶつ独り言をつぶやいている。
魔王は、、、

「魔王って確かに言ったよ」今度はカナがぼくらに振り返って言った。

おじさんは止まらない。ぼくらもやっとおじさんに追いついた。

このおじさんがカゲなのか?

第14話「蛙とコンビニ」

ピンクの帽子を被ったおじさんランナーは足を止めない。

ぼくら、つまり、勇者と戦士、魔法使い、僧侶の4人は何とかおじさんに追いついた。

「おじさん、おじさん、止まってよ」

ぼくらは走りながら話しかけた。おじさんは止まらない。ただ何かつぶやいている。小さい声だ。

ぼくらは伴走しながら耳を澄ました。
「魔王は蛙神社。魔王は蛙神社。魔王は、、、」

蛙神社。

蛙がたくさんいる神社。ここからそう遠くはない。小高い丘の上にあり、敷地の真ん中には小さな池がある。たくさんの蛙の置物もある。

神社にはたくさんの風鈴が飾られていて、涼しげな音色を奏でている。

チリーン、チリーン。

その音に蛙の鳴き声が合いの手を入れる。

チリーン、チリーン。ゲコゲコ。チリーン、チリーン。ゲコゲコ。

竹林に囲まれた池に蛙が住んでいるのだろう。昼間は風鈴の音が聞こえるが、日が暮れかけると、次第に蛙の鳴き声が強くなり、夜には大合唱となる。正しい名前があるのだが、みんな蛙神社と呼んでいる。

「魔王の手がかりなんて初めてだよ」
魔法使いのヒラが興奮して言った。
「よーし、行ってみようぜ。」 
戦士ヤスも息巻く。
「ちょっと、ちょっと、簡単にはいかないわよ」
僧侶カナは慎重だ。
「大丈夫。ぼくらも強くなった。」
ヒラは、自信満々の顔をしている。

ピンクのおじさんはつぶやきながら遠ざかっていった。

しかし、ぼくは見た。おじさんが、ジョギングコースの曲がり道で、右手を高く挙げて、拳を握り、親指を立てたのを。

グッドラック。

そして、おじさんは消えた。公園の周りをずっと走っているのだろう。これもなかなか大変な仕事だ。

「さあ、行こう。蛙神社へ。」
戦士ヤスが、力を込めて言った。

しかし、子郡運動公園からは歩いて、小一時間はかかる。

「暑い。暑い。」

「水ーーー」
「ジュースーーー」
「アイスクリームーーー」

途中のコンビニ、エイトイレブンで少しだけ涼む。

「貯まったお金でアイス食おうぜ」
戦士ヤスが言った。みんなも賛成だった。暑さには敵わない。水分補給しないと、干からびてしまう。

支払いアプリpaipaiでアイスクリームを4つ買った。

魔物討伐の報酬はここに貯まっている。

「夏のアイスはサイコー」

「あ、懐かしーーーー」ヒラがつぶやいた。
「どーした?ホント懐かしいなー」ヤスも言った。

「コレ、コレ、う○こ花火ーーー」

コンビニの季節ものコーナーに花火が置いてある。

「これ、買おうぜ」ヤスが言った。
「もーやめてよ。もったいないじゃない」
カナはまゆをひそめた。
「あとで返すから。お願い」
ヤスに押し切られた。

う○こ花火(5個入り)購入。

ヤスは上機嫌。

「コレ、動きが気持ち悪いんだよな。うにうに、クネクネして。カナは見たことない?」

「ないわよ。見たくもない」

ぼくらはコンビニを出て、蛙神社を目指した。

何が待ち受けるのか。

第15話「青いウシガエルと木魚ばち」

蛙神社に着くころには日が傾いていた。

蛙神社は、この時期たくさんの風鈴が飾られている。その風鈴の音は、蛙の鳴き声に少しずつ押されていくのが感じられる。

夕方からが蛙の活動時間なのかな。そんなことを考えながら、蛙神社の鳥居をくぐり、石畳みを踏みしめながら奥に進んだ。

蛙が鳴いている。ゲコゲコ、ゲコゲコ。姿は見えない。

竹林に挟まれた小道。右手に池があるらしい。蛙の鳴き声もそっちの方から聞こえてくる。

少し開けた場所にぼくらは出てきた。池も見える。太い木の柵で池は囲まれていて、「入るな、キケン」の看板が立てられている。

「どこに魔王がいるのかな」
僧侶のカナが言った。
あのおやじ、ガセネタ、つかませやがったか
戦士ヤスは刑事ドラマのせりふを真似て言った。

そのとき、小さな高い声が聞こえた。
「帰れ、ゲコ。」

「何?だれ?」魔法使いのヒラがつぶやいた。
「どうしたの?」
「しーっ。聞こえない?今、声がした」

耳を澄ました。蛙の鳴き声が聞こえる。

ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、帰れ、ゲコ。帰れ、ゲコ。

「帰れだって?」ヒラが言った。
ぼくもそう聞こえた。

すぐに「帰れ」の大合唱になった。

「ゲコゲコ、帰れ、ゲコゲコ、帰れ、ゲコゲコ、帰れ、ゲコゲコ、帰れ、ゲコゲコ、、、」

看板に青い蛙が張り付いて、ぼくらを睨んでいた。

いたるところから、たくさんの蛙が湧いて出てきた。看板の横から、落ち葉の下から、竹の葉の裏から、、、。
たくさんの蛙は、青い蛙にどんどんくっついていく。

「か、か、か、蛙がデカくなるーー」
たくさんの蛙がくっついて、牛ほどもある巨大蛙になった。
「ウシガエル、、、」ヤスが呆然としながらつぶやいた。そのとおりだ。

「帰れーーーーーー」野太い声になった。

青いウシガエルが襲いかかってきた。
前足を振り上げて、振り回す。
攻撃しようとすると、素早く振り返る。なかなか隙がない。

ぼくらは少し離れて囲い込んだ。
「アツッ」ヒラが火の呪文を唱えた。火の玉が青いウシガエルを直撃する。

その瞬間、青いウシガエルは大きく跳躍した。火の玉は地面を少し焦がして消えた。

「なかなか素早いわね」カナが木魚を構えながら言った。
「うわぁっ、あぶねー」
いきなり青いウシガエルが噛みついてきたのだ。ヤスがバトルステッキでウシガエルの口を押さえた。さすが、剣道部、随所に技が光る。

今だ!
ぼくはヒノキボーで薙ぎ払った。ばらばらと小さな蛙が落ちていった。

「ダメージはあまりなさそうだな」ヒラが言った。

また、青いウシガエルは跳ねて、距離をとる。ウシガエルは、体勢を立て直し、前足を振り回す。

「アツッ」
ヒラがまた火の呪文を唱えた。今度は命中した。ばらばらと小さな蛙が落ちた。

青いウシガエルが噛みついてくる。カナが避けながら、木魚を振り回す。逃げながらではダメージはほとんどない。
そのとき、青いウシガエルが長い舌を伸ばしてきた。
「あぶないっ」

カナの木魚が長い舌にとらえられた。
「カナ、木魚をはなせ」ヤスが言った。

木魚は、あっと言う間に、青いウシガエルに呑まれていった。
「黙って持って来たのにー」カナは涙目になった。

これでは、迂闊に近づけない。

「このクソ蛙め」カナは悲しさを通り越して怒っていた。

蛙よりもコワイかも。
蛙、、、、コワイ、、、これならどうだ?


第16話「花火とイシガエル」

ぼくら勇者、戦士、魔法使い、僧侶のパーティーは子郡市の蛙神社で、青いウシガエルと戦っている。

小さな青い蛙にたくさんの蛙がくっついて、牛くらいの大きさの青いウシガエルになったのだ。

前足を振り回す。
噛みつく。
舌を伸ばす。
跳ねる。

青いウシガエルの攻撃に苦戦している。

僧侶のカナは武器の木魚を青いウシガエル呑まれてしまった。
「このクソ蛙!!」
お寺の娘のカナは、家から黙って、木魚を持ち出していたようで、、、、怒り心頭だ。

カナの方が蛙よりもコワイかも。
蛙、蛙、、、コワイ、、、これならどうだ?

ヤス、う○こ花火を貸して
「え?」
「コンビニで買ったやつ!全部!」

ぼくはヤスから、う○こ花火5個全部を受け取ると、青いウシガエルに投げつけた。

ヒラ、メチャアツッを。
ヒラも、ぴんときたみたいだ。
「メチャアツッ!!!」
火の全体呪文。

5個のう○こ花火に火がつく。
煙が5本立ち上った。そして、いつもの黒いう○このようなものがうねうねと身をよじらせてのびてきた。

「うわぁ、気持ち悪い…。」
カナが少しだけ顔をそむけた。

青いウシガエルは、動きを止めて、う○こ花火を見つめている。

「ほら、蛇だぞーー」
ぼくは叫んだ。

ぼくの考えを感じ取ったヒラも叫んだ。
「蛇が出てくるぞーーー」

動きを止めた青いウシガエルに不思議なことが起こった。
身体がぶるぶる震えている。

そして、砂山のように青いウシガエルの身体は崩れ去った。

「ヒラ!」
「メチャアツッ!!!」
再び、ヒラの火の全体呪文が青いウシガエルを包み込んだ。

その火と蛇から逃げるように、蛙たちはばらばらと落ちていった。そして、無数の蛙たちが池に逃げ込んだ。

どすん。カナの木魚ばちも落ちてきた。
「よかったーーー。」カナがうれしい声を出した。

そして、青い小さな蛙が、一匹だけ、ぽつんと残っていた。

ヤスはそいつをひょいとつまみ上げた。
「お前が魔王か?」
「いやいや、とんでもありません。」

青い蛙は敬語で答えた。

「魔王はどこなの?」
「横熊山遺跡に向かったようです。もういたずらはいたしません。代わりにコレをどうぞ。」
「何、これ?」
ぼくは、青い蛙が差し出した小さい石を受け取った。

これはイシガエル。かえりたい願いを3つ叶えます。これで許してください。」

ヤスが、青い蛙を放すと、ぴょこん、ぴょこんと跳ねて、池の中に落ちていった。

ぼくはイシガエルをポケットに入れて、蛙神社を後にした。
「魔王はいなかったね。」
「疲れた、ホント疲れた。」

ケータイが震えた。
「経験値1200、報酬600円。」
レベルアップ。みんなレベル8まで上がった。

「強敵だったからねー。このくらい上げてくれないと。」
「でも、何で600円? 少なくない?」

どうやら蛙がほとんど逃げたからみたい。
「う○こ花火代くらいだね。」ぼくは言った。

「イシガエルで、うちに帰ろうか。」
ヤスが言った。
「もったいないよ、それは。これから何があるかわからないからね。」
ヒラが言った。

みんなわかっているのだが、へとへとなのだ。
「次の手がかりは横熊山遺跡ね。今日は遅いから、解散ーーーーー。」
カナが言ったので、ぼくらは家に帰ることにした。

魔王は、横熊山遺跡にいるのだろうか。うちから、歩いて5分なんだけど。


第17話「攻撃呪文と回復呪文」

蛙神社で青いウシガエルを倒したぼくらのパーティーは全員レベル8になった。

戦士ヤスは、相変わらず呪文を覚えない。

勇者のぼくは、火の呪文アツッと回復呪文ナムーを覚えていた。
しかし、今回のレベルアップでは何も覚えなかった。
こんなこともあるのだ。

魔法使いヒラは呪文がそろってきた。
火の呪文アツッと強化呪文メチャアツッ。
水の呪文ツメタ。
雷の呪文ビリー。

どれも攻撃魔法だ。しかもビリーは金縛りの効果も期待できるらしい。

僧侶カナも呪文が増えた。
回復呪文ナムーとその全体呪文ナムミナー。

カナは今回のレベルアップでさらに4つの呪文を獲得した。

視覚を鈍くするミエン。鋭くするミエルー。
聴覚を鈍くするキコエン。鋭くするキコエルー。

「頭をよくする呪文を覚えてくれればいいのに。」
戦士ヤスが言った。

「そんな魔法、前から知ってるわ。」
僧侶のカナが言った。

「本当に?」
戦士と勇者と魔法使いが飛びついた。
「本当よ」

「かけてくれ」
戦士ヤスが言った。

「じゃ、いくわよ」
ぼくらは息をのんだ。

カナは呪文を唱えた。

「シュクダイー、ジブンデー、ヤルコトー」

カナは笑っていた。

ヤスはまだ気づいていなかった。
「これで賢くなったかな」

ぼくとヒラは顔を見合わせた。

「その呪文は即効性はないみたいだよ。」
魔法使いのヒラは言った。

「いつごろ効くんだ、カナ」
「たぶん、夏休みの終わりごろよ」

、、、そのころにヤスは気付くのだろう。もうどうしようもないことを。

夏休みの終わりにはまだ時間がある。
宿題も気になるが、今は魔王を倒さなければ。

次の目的地は横熊山遺跡。歩いて目指す。

だって、近いから。

第18話「横熊山遺跡とアブラゼミ」

蛙神社の青いウシガエルを倒したぼくら勇者パーティー。
次の目的地、横熊山遺跡を目指す。

レベル8になり、自信もちょっとついてきた。

「蛙、こわかったー。」
お寺の娘の僧侶カナは、首をすくめて言った。青いウシガエルを思い出したようだ。

「木魚が戻ってきてよかったね。」
そんなカナに魔法使いヒラが言った。

「う○こ花火、買っててよかったな。」
戦士ヤスは自分の手柄のように言った。 

さて、目指す横熊山遺跡。

横熊山遺跡は光沢地区にある小さな遺跡だ。
住宅地の真ん中にある。遺跡とは、わからないくらい。

二師鉄電車の線路沿い。電車に乗れば、その横を通っている。でも、だれも気にしない。毎日のことだし、何もないからだ。

ちょっとした高台にはなっている、ただそれだけ。
もっと昔には、周りは何もなかったのだろう。
緑ばかりの筑五平野に、その遺跡はぽつんとあったはずだ。
しかし、住宅開発が始まって、砂山の砂が周りから削られるように、緑が失われていった。二師鉄電車の線路もその横に引かれた。
結果、高台の遺跡だけが残って、周りは住宅地と線路という風景が生まれた。

横熊山遺跡の近くまで、ぼくらは歩いて行った。
下から見上げると、こんもりとした森に見える。山というほどでかくはない。

遺跡を囲んでいる石垣をぐるっと回ると、これまた石の階段を見つけた。いびつな四角い石が積み上げられている。

「わぁ、これ、登るの?」
僧侶のカナは言った。

「結構、急だな。」
戦士ヤスが言った。

「登れば、きっと手がかりがあるはずだよ。」
魔法使いヒラも言った。

石の階段はすぐに終わって、土の斜面になった。

急勾配なのだ。ぼくらは植えている松の幹を支えにして登って行った。松から松に飛び移るような感じで、ずり落ちないように、つま先に力を入れた。
松にとまって鳴いていた蝉がびっくりして、飛んで行った。

登り切るのに、5分もかからなかった。

ようやく開けた場所に出た。見晴らしがいい。住宅地の真ん中にあるだけあって、屋根ばかりが見える。

「本当に何にもないな。」
苦労して登ったのに何もなくて、戦士ヤスは不満顔だ。

蝉がまた鳴き始めた。
たくさんのアブラゼミがジー、ジーッと鳴いている。

ジー、ジー、ジー、ジー。
「まお、、、た、、、ば、ひ、、、、、け」
ジー、ジー、ジー、ジー。

「蝉がうるさくなってき・・。」
「シーッ。今、魔王って」
僧侶カナがぼくらを遮った。
蝉の鳴き声の中に「魔王」という言葉が繰り返されている。

「こっちみたい。」
魔法使いのヒラが声のする方に注意深く進む。

そして、止まった。
「これ、見てよ。」

ヒラが指差したのは、立派なピンクのアブラゼミだったのだ。
鮮やかなピンク色した虫が松の木の根元にしがみついている。
大きさは30cmくらいある。身体が太くごつい。周りのアブラゼミはジー、ジーと、激しく鳴いているのに、そいつは黙っている。

「これはメスだな。だって鳴かないもん。」
ヤスが言った。

すれと、その立派なアブラゼミが鳴き始めのだ。人間の言葉で。
「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
「まおたをさばひらをかぱんにいけ」

もう何かのお経のようだった。

そして、その言葉を言うたびにデカくなっていく。
「鳴いてるから、オスだ、オス。」
戦士ヤスはどーでもいいことにこだわっていた。

「オスでもメスでもどっちでもいい。とにかくヤバいやつかも」

魔法使いヒラがヒノキボーを構えた。

第19話「真空刃とキコエン」


レベル8のぼくら、勇者、戦士、魔法使い、僧侶の友だちパーティーは、横熊山遺跡で、ピンクのアブラゼミを見つけた。
そのピンクのアブラゼミが、目の前でデカくなっているのだ。
初め見たときでも十分デカかったのに、もう高さが2mくらい、全長は5mになった。ピンクの巨大アブラゼミ。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
と鳴くたびに大きくなっていったピンクのアブラゼミ。しかし、苦しそうだ。
アブラゼミの目だけが、青く妖しく燃えている。

アブラゼミはぶーーーーんと羽音を鳴らした。
「痛っ。」
戦士ヤスが足をおさえて、うずくまった。足下の草むらが切り裂かれている。切り裂かれた葉っぱが空中に舞っている。

「真空刃よ!」
カナが言った。

「危ない、危ない。これじゃ役に立たないな」
魔法使いヒラは、盾代わりに持ってきた簾を見ながら言った。

「とにかくぶっ叩く!」
戦士ヤスが痛みをこらえて、アブラゼミの懐に飛び込んだ。そして、アブラゼミの顔の右側を、バトルステッキでぶっ叩いた。
アブラゼミは大きくひるんだ。

ぼくもすかさず左足をヒノキボーでぶっ叩いた。
アブラゼミは少しだけひるんだ。

アツッ。
魔法使いヒラが火の呪文を唱えた。
火の玉がアブラゼミの頭に当たって、砕けた。

巨大アブラゼミが前足を突き出す。
僧侶のカナが両手でガードする。装備している少林寺拳法の道着が焦げるにおいがした。
「これはもたないわ。」
ぶーーーーん!
「カナ、よけて。」
カナは、素早く松の木に身を寄せた。

また、真空刃だ。なんとかしないと。

ぶーーーーん!
「危ない!」
ぼくはアブラゼミから離れた。足元の草がごっそり切られている。
「これじゃ近づけないぜ。」
ヤスもアブラゼミと距離をとっている。

真空刃をよけるだけで、精いっぱいになってきた。斜面で戦っているから、足にくるのだ。

ぶーーーー。
また真空刃だ。
そう思ったとき、カナがアブラゼミに向かって、低い体勢で飛び込んだ。
カナはアブラゼミの体の下にもぐると、木魚でムネの部分を叩いてから、跳び下がった。
真空刃は放たれない!?

「なるほど、予備動作のときに攻撃すればいいんだ。かしこい!カナ」
ヒラが叫んだ。

ぶーーーーー。
予備動作だ。ぼくら4人はアブラゼミに駆け寄り、攻撃する。頭をたたき、胸を切り、足を払う。
繰り返すうちに、アブラゼミの動きが鈍くなってきた。
今がチャンスだ。

そのとき、突然アブラゼミが鳴き始めた。
ジーーーー、ジーーーー。

鳴き声の振動が、ぼくらを襲う。

「今度は、強烈な振動波だ。耳をおさえろーーー。」
ヤスが叫んだ。

みんな耳を押さえているが、それを通り越して頭に響いてくる。耳鳴りで頭が割れそうだ。
もう少しなのに・・・。意識が飛びそうだ。

「キコエン!」
カナが呪文を唱えた。
覚えたての聴力を鈍くする呪文。

耳鳴りが止んだ。
カナが何か話しているが、声は聞こえない。水泳の授業の後、耳に水が入った感覚。ぼわんとする。

それでも、みんなアブラゼミに突っ込んでいった。ここがチャンスなのだ。
とにかく叩いた。
みんなで叩いた。

魔法使いのヒラは雷の呪文ビリーを唱えたみたいで、ぼくらはその巻き添えを少し喰らった。
身体が痺れる。ヒラのやつ、余計な呪文を、、、。

ビリーの呪文でぼくらの意識が飛びそうになったとき、巨大なアブラゼミは動かなくなった。
戦士ヤスは、しつこく攻撃している。

「もういいよ。」
ヤスには聞こえないみたいだ。あ、まだキコエンの効力が残ってるのか。
「キコエルー」
カナが聴力を高める呪文を唱えた。

「もういいよ。」
自分の声の大きさに驚いた。調節が難しいな。

ぼくは小声で話すことにした。
「危なかったね。」
ぼくは言った。

「カナのおかげで助かった」
ヒラも続けた。

「ビリーは余計だったわよ。」
カナはヒラに言った。

「そう、そう。まだビリビリする」
ヤスが続けた。
「とにかく勝てたみたいだから。」
ぼくは2人に言った。

「写メして。報告、報告。」
ヒラがそう言って、アブラゼミを指差した。
そのとたん、あんなに巨大だったアブラゼミは、だんだん小さくなっていく。青く燃えていた目も優しくなった。

「早く写メして。」
カナが叫んだときには、小さなピンクのアブラゼミになっていた。

「ピンク色以外は、ふつうのアブラゼミだね。」
「大丈夫かな、コレ。苦労は伝わるかな。」
「新種の発見とかじゃないの、わかってくれるかな。」

とにかく、写メして、心配しながら、市役所に送信した。

すぐに返信はあった。ケータイが、ぶるっと震えて
「経験値1800、2000円獲得。レベル9」
「やったあ! 今回は報酬もデカい!」
思わずヤスが叫んだ。


第20話「謎解きとトベルー」


普通サイズになったピンクのアブラゼミを、ぼくはつまみ上げて、手のひらに乗せた。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
アブラゼミは小さな声で鳴いた。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ?」

「デカくなる⁉︎」
ぼくらは身構えた。さっきは、この鳴き声を出すたびに巨大になっていったのだ。ヤスは不安そうな顔をした。

しかし、今度は変化はない。弱々しく鳴いただけである。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
僧侶カナが繰り返した。

ピンクのアブラゼミは、カナが繰り返したことを確かめたようだった。そして、ふらふらと飛んで、横熊山遺跡の松の木の低い枝にとまった。

「もう悪さするなよ。」
戦士ヤスが言った。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
カナは、またつぶやいた。

何の呪文だ?

まおたって誰?

さばひらって何?

かぱんってどこ?

みんな首をひねっている。

「まおたをさばひらをかぱんにいけ」
「まおたをサバヒラをかパンにいけ」

パンに行け?

何パン?

「あ、ひるおかパン?」
魔法使いヒラが言った。

「小保駅そばの?専門学校の?」
カナも言った。

「たしかに昼岡パンだ。」
ヤスもピンと来たようだ。

だったら
「まおたをさばひらをかぱんにいけ」

「まおたをさばひる岡パンに行け?」
「魔をたおさば昼岡パンに行け?」
「魔王倒さば昼岡パンに行けだ!」

ぼくらは繰り返し叫んだ。

次の手掛かりは昼岡パンにある!

謎は解けたが、今日はもうへとへとだ。何せ巨大アブラゼミを倒したから。

「カナ、回復魔法をお願いします。」
戦士ヤスが言った。戦士は呪文が使えない。

「回復したい人?」

勇者のぼくと魔法使いヒラもゆっくり手を挙げた。
「お願いします。」

「ナムミナー!」
カナが回復の呪文を唱えると、緑の淡い光がぼくらを包んだ。

力が湧いてくる。

「ありがと、カナ」
やっぱり僧侶がいると、いいな。

さて、小保駅の昼岡パンに出発だ。

「昼岡パンは明日ね。私、これからピアノだから。」
突然、カナが言った。

「新しい呪文で帰ろうっと。トベルー」

カナは青い光になって、南の方に消えてしまった。

レベル9で覚えた僧侶の空飛ぶ呪文。
ぼくらは、ぽつんと、そこに残された。
これで、ちょいちょい帰られると困るなぁ。

ぼくらは歩いて、家に帰る。ここからぼくの家まで5分とかからない。
こんなに近くに魔王のヒントがあるなんて。

魔王はどこにいるのか? どんな力を持っているのか?


子郡市のどこかにいる魔王を倒すために、ぼくらは冒険を続ける。
次の目的地は、大穂駅そばの昼岡パン。





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