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「トマトのわき芽」


「カチュン…カチュン」

トマトのわき芽をハサミで切るとこんな音がする。
ビニールハウスの中に林のように並んだトマトの苗。そのわき芽をひたすらに切っていく。あんなに小さかった15センチほどの苗がもう180センチくらいになっている。ここのハウスの苗はこの前入った時、まだ私の背を超えてなかったのに。158センチ。
 
「パキンッ…パキッ」
 
細いわき芽は、手で折れる。まずは片側に倒して、そして反対側にもう一度。そうするときれいに折れる。長くなったり太いものはハサミを入れないと、主軸まで折れてしまうから、気をつけないと。
 
「カラカラカラ…」
 
ハウスアルミカーと小さなラベルが貼られたカートに赤いカゴを乗せてわき芽を放り入れる。カゴのなかでわき芽の小山ができてゆく。
 
樹勢をコントロールするために、あえてわき芽を育てることもある。そうすると葉っぱが大きくなりすぎない。花がついている下の段から萌えてくるわき芽は強く大きくなりやすい。
 
そういうこと、去年の私は知らなかった。
  
「カッコゥー…カッコゥー」
 
カッコウが鳴いたら豆を蒔いていい合図だよと農家のおばあちゃんが教えてくれた。昔からそう言われているらしく、たぶんその前だと温度が足らないということらしい。
 
わき芽は取っても、取ってもなくならないような気がする。上へうえへと主軸が伸びれば、葉っぱがフィボナッチ数列で生えてきて、さらに葉の節目にからわき芽が萌える。ビニールテープで誘引されるハウスのトマトは最終的には2メールを軽く超える。
 
「カチュン…カチュン」
 
よし、この苗のわき芽はもうない。そう思って次の苗に進もうとしたとき、気が付いた。見えていないわき芽が堂々と生えている。もしやと思って少し前の苗も見に行った。こちらはこっそり。あちらは、ささやかに。いやいや、立派じゃないか。
 
見ているつもりで、見えていない。そういうことだった。
でも、角度を変えると見えることがある。
 
私のわまりにもそういうことってどれくらいあるんだろうと思わず考えずにはいられなくなった。トマトの林と同じくらい果てしない、そういうことについて。そしてこれから先、そういう気持ちを忘れないでいたいなとも思った。
 
「…キーンコーンカーンコーン…」
 
12時のサイレンが鳴る。お昼だよー!とハウスのどこかから声がする。
はーい!と大きな声で返事をして、手を止める。
 
 
あっついハウスの中でTシャツが絞れるくらい汗をかき、トマトの灰汁でシャツを緑色に染めて、私はそういうことばかり考えていた。


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