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分離したカミソリ。サヨナラを告げて。

入浴中にカランカラン、と何か落ちる音がして足元を見るとボディ用のカミソリがそこにはあった。
衝撃で替え刃の部分が取れて、二つになって転がっていたそれを、私は何故か数秒見つめてしまった。

替え刃が取れる、ということを初めてボディ用カミソリを手にした頃は知らなかった。
毛深いことを悩んでいた14歳の私に、本当は良くないけど、と母が買い与えたそれ。
自分の体に刃を立てること、嫌だった部分が一時的にでも無くなることに「オトナ」を感じて高揚した。
剃りづらくなった、と文句を言う私に、「しょうがないわね」と母が刃を付け替えてくれた時は、「オトナ」を継続できることに嬉しくなったのを覚えている。

脱毛という選択が出来るような年齢になって、迷わずその道を通ると、若き日に「オトナ」を感じさせてくれたカミソリにお世話になる日は随分と減った。
それでもバスルームの定位置にそれは置いてあって、年に数回、私の肌の上を滑っている。

*   *   *

濡れたカミソリを拾い上げ、本体と取れた刃を定位置に置く。
お風呂から出たら、新しい刃をセットしなきゃな。
昔は感動していたその行為も、今ではただの作業。ただのルーチン。
今の私は、年齢的に大人になったな。
ふと、そう思う。

いつからそういった些細なことに「オトナ」を感じなくなってしまったんだろうか。

大人になるという事は、感情の波が凪になってしまうという事なんだろう。
一瞬、淋しいという感情が沸いたが、それもすぐに蒸発してしまう。

カミソリの刃を付け替えた私は、定位置にそれを置いた。
「よろしくお願いします」と、心の中で呟く。
古い刃は指定のごみ袋へポイと捨てた。
「お世話になりました」と、小さな声でそう呟く。
口に出すか出さないかは、多分、使用期間の分だけの思い入れの差。

浴室の電気を消して、扉を閉める。
火照った体を冷まそうと、ウキウキで冷凍庫を開けた私はふと思う。

さて、いつになったら「オトナ」になれるのやら。


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