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セシリア・アン・マリーは404号室の住人らしい。

『セシリア・アン・マリーは404号室の住人らしい』と、世間で騒がれて居るらしく噂は噂を呼び、つまりは無いはずの部屋に住んでいるのかいないのかと噂は尽きない。
瞳は海のように神秘的な深さをもった碧が輝き澄んでいて、どんな宝石よりも美しく煌びやかで美しく、誰もがその瞳に見つめられるとうっとりとため息を漏らすと言う程で、白く透き通るような肌はシルクのようにきめ細かく繊細で思わず触れたくなり、頬はほんのり桜色で儚げなとても愛らしい顔立ちは精巧に作られた人形の様で、立ち居振る舞いは凛々しくもありとても愛くるしく麗しい女性だともっぱらの噂だからだ。
そんな噂の立つセシリア・アン・マリーは言うまでも無く有名な資産家の娘だとか、大富豪の嫁だとか娘だとか言う噂まであると言うが、とある人の愛人でひっそりと暮らすためにアパートの一室に暮らして身を潜めてるなんていう噂もあった。
冒頭でも言ったがそれは404号室だと言うので、通常不吉な数字は省かれるのが一般的で、そんな部屋は存在しないのがセオリーだが確かに彼女はそこに住み存在すると言うのだから不思議な話だ。
……が、それは彼女が住む家ではなく彼女がやっている探偵の事務所だという事実はあまり知られてはいない。
そもそもそんなに流行りでも何でもない事務所なので、彼女が探偵だと言う事実もほぼ知られてはいないのだ。
そして、彼女のそばにはいつも美麗な彫刻の様に美しさに華のある青年が仕えている。
青年は同じ顔でも同じじゃない執事は2人なのか1人なのかややこしいが、セシリア・アン・マリーただ1人だけに仕えているのは事実だ。
始まりの目覚めは午前0時の鐘が鳴り響く夜で、朝7時の彼女の朝食は執事がお手製で作ってくれた特製のキャラメルソースがかかったトーストかスコーンで、始まりの日は絶対に決まってアールグレイを飲む。
頭がスッキリして色んなことを整理するのにピッタリだと彼女が言うからだ。
そしてお茶の時間は15時03分から16時04分までで、ルイボスティーは角砂糖が2粒でケーキはバナナのキャラメルショコラのカップケーキ、珈琲はキャラメルとミルクをお気に入りのサファイアブルーの宝石を散りばめた素敵なスプーンで1杯ずつ入れて、ケーキは天使の選んだ1粒と名高い白苺をふんだんに使った贅沢なムースケーキ、これが定番。
そしてため息の出る様な素敵な夜はココア、ワクワクする夜はホットミルクチョコレートも素敵で心が弾むので、気分が高揚した時にはオルゴールと一緒にそれを優雅に嗜む時間も必要不可欠である。
数字は4の数字は不吉だと言う人も居るけれど『何かが終わるには問題ないもの。いい数字だわ』と彼女は笑う。
そして真っ暗闇に浮かぶ光が満ちる夜、月がかぼちゃランタンみたいなオレンジがかったくすんだ色をしてる時、朧な月が笑いながらシクシク泣いているようなそんな夜には『何か』が起こるようなそんな気がして心が踊ると彼女は言った。



*****



【 セシリア・アン・マリーの一室にて 】


とある日、目覚めるにはまだ暗すぎる程の時間だと言うのに黒髪の青年がセシリア・アン・マリーの部屋に居た。

「セシル…」

声を掛けられても何の反応もない。
それもそのはずで、彼女は今、呼吸すらしていないのだから当然の結果だ。
血の通わない人形の様な冷たい肌に温もりなどない。

「セシル…時間だ」

優しく声をかけると同時に部屋の置時計がボーン…と低い音を鳴らして真夜中になった事を知らせた。
すると、さっきまで確かに呼吸をしていなかった彼女がスースーと静かな寝息をたててはじめた。

「戻ったな」

まるで知っていたかの様に冷静な対応で彼女の寝息を確認すると青年はそのまま部屋を出て言った。







日が昇り朝が来ると、まるでおとぎ話の世界にでも迷い込んだかのように美しいお屋敷のお庭は、陽の光が美しく澄んだ空の青が映えていてすごく清々しい気分にさせてくれる。
そこに鳥たちのさえずりが響き渡り、花々の甘い香りが漂う朝は何とも言えない爽快な気分だ。

「おはよう。セシル。気分はどうだい?」
「…んっ…ん…リディ?」
「あぁ、そうだよ」

目覚めた彼女は少しどこか寂しそうな雰囲気が漂う。

「また会ったわね、リディ」
「やぁセシル」

朝の会話にしてはなんだか様子がおかしい様な気もするが、セシリア・アン・マリーにはこれが普通なのだからこの挨拶が正しい。

「さて、セシル、今朝は何をご所望で?」
「キャラメルトーストにするわ。それと、アールグレイも忘れずにお願いね?リディ」
「あぁセシル。じゃあ用意するまでに着替えておいで」

リディと呼ばれた青年はテキパキと無駄のない動きでサクサク言われた事もそれ以外も次々とこなして行く。
パーテーションの傍には部屋付きのメイド服姿の女の子がいて、『本日は私がお手伝い致します』と丁寧に挨拶をし頭を垂れるととても緊張しているのか少し肩が震えているのに気がついた。

「そんなに緊張しないでいいのよ?それともリディに何か嫌な事でもされたのかしら?」
「い、いえっ…あの…すみません…」

くすくすと笑うセシルに対してオドオドとするメイド。

「セシル…メイドに変な事を吹き込むなよ」
「ふふっ…あら?いたのねルディ」

目隠しにベットの横に立てかけられた仕切り越しにルディが少し声を荒らげている。

「まったく…!」

ふふふと笑うセシルに少し肩の力が抜けたようで、メイドはテキパキと丁寧にセシルの体を磨いたりして身支度を整えてくれ、部屋着とは思えない程セシルの美しさに磨きをかけてくれる。

「お嬢様、こちらでいかがでしょう?」
「ありがとう。まるで魔法ね」

セシリアは、鏡の前でクルクルと踊るみたいにスカートの裾をヒラヒラさせてみたりしながらあちこちとても嬉しそうに眺めている。

「あ、そうだわ!貴方名前は?」
「サラ・キャメル・ドルマンと申します…」
「サラね!覚えておくわ」

とてもサラを気に入った様子のセシリアはとても優しい笑顔を見せた。

「こ、光栄です、お嬢様」
「セシルと呼んで?サラ」
「はい、…せ、セシルお嬢様。そ、それでは私はこれで失礼致します。」
「ええ、またね、サラ」

少しどもりながら挨拶をしてサラが立ち去ると、ルディがなにやら『やれやれ』と言いたげな顔をしている。

「なぁに?リディ」
「いーえ?」
「なによ!まぁいいわ」

誰もが憧れるような朝食の優雅な時間はあっという間で、ちょうど朝食を食べ終わると同時に鐘がボーンと耳に響く低い音で3回なった。

「時間ね、リディ」

そう言って立ち上がるセシルはまた少し寂しげに悲しそうに微笑んだ。







【数時間後】



「う〜んっいい匂い!アップルパイもキャラメルショコラもいい匂いだし、凄く上手くできたわ!あと紅茶は用意した?」

何だかウキウキとした感情が手に取って見えるようなそんな弾んだ声だった。

「ああ、セシル」
「そう。なら、大丈夫ね」
「時間ならたっぷりある」

テーブルの上には彼女が特別に焼いたお手製のクッキーやら、アップルパイやらがどっさりと並んでいてどれも可愛くデコレーションされている。

「このアップルパイは特別だもの、キャラメルのような香ばしさが絶品よきっと!」
「勿論、絶品に決まっているさ」
「ふふふ、楽しみだわっ」

セシリア・アン・マリーは可愛らしく笑う。

「ねぇリディ」
「ああ、セシル。向こうで待ってるよ」

リディがセシルの手を取りソファーに場所を移すと前にあるテーブルの上に鏡があり、装飾に使われている宝石がキラキラと煌びやかに輝いていて息を飲むほどに美しい。
鏡をのぞくといつも通りの微笑んでいるセシルが映り、少し経つと鏡の中のセシルがひとりでに動きお茶を嗜んでいる姿が映る。
しばらく悩んで『どれにしようか迷うわね』と言うので「どれも絶品よ?きっと」と言いニコッとよそ行きの笑顔を見せると、『じゃあアップルパイを頂くわ』と言うので、鏡の前に差し出すと不思議な事に鏡の中へアップルパイが引き込まれる。
そして鏡の中のセシルがアップルパイを頬張る姿が映ると急な眠気に襲われ瞼を開けていられなくなり、瞳を1度閉じて次に瞳を開くとそこは馬車の中だった。

「……セシル様」
「…んんっ……あら、ルディ。また会ったわね」

横にいたのは兄弟とも違うが同じ顔であって少し違う、ルディと言う黒髪の青年だった。

「えぇ、セシル様。お待ちしておりました」
「あ、ルディったらまた!セシルと呼んでといつも言ってるじゃない!」
「失礼しました、セシル」
「本当にルディは真面目過ぎだわ」
「セシル、僕はいつも変わりませんよ」

意味深に片目を瞑って目配せをして、シーっと人差し指で唇を隠す様な仕草をするリディに気づいたセシリアもまたハッとしたような顔をしてからクスッと笑う。

「ふふふ、そうねルディ」
「ああ、セシル」
「あ、そうだわ!ゆっくりしてる暇は無いのよ!いまは何処にいるのかしら?ルッセンブルフにはもう着くかしら?」

セシルは時間と言う概念が全く無いのか、今し方話した事にも関わらずもう着くかと尋ねるのでルディは少し困った顔をしている。

「セシル…いいえ、生憎ですがまだです」
「あらそう…」

とても残念と言う顔で『困ったわ』と窓の外を眺めて何やら考え込んでいる。

「まぁでも、あと5分程で隣町のルフゥに着きます。ルッセンブルフまでは後30分程で着くはずですよ」
「さすがね、ルディ」

と、言ったそばだと言うのに突然に馬車が止まった。

「あら?まだのはずだけど、着いたのかしら?」
「まだのはずですが…」

すぐにコンコンと扉を叩く音が聞こえた。

「なぁに?」
「セシリア様、お客人が来ておられます」
「あら、誰かしら?」

返事をしてすぐに扉の前まで来ると、セシルはすぐに扉を開けずに首にかけていたアンティークな宝石を散りばめた鍵を右ポケットから取り出し鍵穴に挿すと右に1度回した。
すると鍵が空いていたドアに鍵をかけたような仕草だったはずなのに、ガチャガチャと鍵が外れた音がした。
ゆっくりと扉を開くと、そこには髪は赤茶で瞳は赤くルビーの様で肌は少し焦げているのか煤けているのか、キリッとした顔立ちには似合わない髭面のお世辞にも綺麗とはほど遠い姿の男が立っていた。

「……あんたか?まぁ誰でもいい。俺はガイル・スチュア・マシューだ、ルージュは月が怪しい色をした12度目の月の欠けた日の夜0時に彼女の宴で真っ赤な涙を流して死ぬはずだ。彼女の悲鳴は11時54分だ。そう…記憶している」

物騒で意味不明な事をツラツラと話す彼の言葉を黙って聞いていたセシルは、彼が話終わった後に続けて彼女が『先生?ルージュは真っ赤な薔薇が好きだったわよね?』と問うと、少し驚いた顔をして怯んだようにも見えたけれどすぐに『ルージュ……2人は薔薇は好きなはずだぜ』と彼はそれだけ言うと、何も無かったかのようにくるっと背中を向けて歩き出したのでセシルはそのままドアを閉めた。

「……とっても残念だわ。彼女は幸せなのかしら…」









【  NEXT TIME⠀】

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