見出し画像

私がVRChatで成し遂げたい、たった1つの事

第一の手記

 ギャル不足の生涯を送ってきました。
 自分には、「ギャル」というものが、まるで未知の存在だったのです。学生時代、男子九割の環境で陰気な日常を送った自分に、彼女らとの接点はありませんでした。そんな私が初めて「ギャル」と話をしたのは、齢三十が近づいた頃のVRChatの中です。
 それは快活に笑い、眩しいほどの存在感を放つ女性でした。しかし、自分にとって彼女との邂逅は少しの驚きに過ぎず、FUJIYAMAでのいつもの気まぐれな出会いだと思っていました。

 けれども、彼女との出会いは、思っていた以上に自分の中に痕跡を残していたようです。VRChatを起動するたび、光を求めて彷徨う蛾の様に、あの眩しさをどこかで探している自分に気が付きました。

第二の手記

 なぜ私は彼女に惹かれたのか。それについて考え続けると、「ギャル」という言葉に宿る何かが、静かに自分の中で膨らんでいきました。そうして、一つの確信に辿り着きました。

 ギャルとはただの存在ではなく、自分に欠けていた「明るさ」や「自由」、そして「他者とのつながり」を象徴するものなのではないか、と。

 彼女たちの魅力は、単なる陽気さや外見の華やかさだけではありません。それは、他者の存在そのものを肯定する力です。彼女たちに囲まれていると、自分の中で錆びついていた部分がひとつひとつ剥がれ落ちるような感覚を覚えます。恥じていたこと、諦めていたこと、見ないふりをしていた自分自身――それらを軽やかに受け入れてくれる彼女たちの優しさに触れるたび、自分がどれほど生きることを恐れていたのかを思い知らされました。

 そうして自分は、「ギャル」という存在に、単なる外見やイメージ以上の意味を見出すようになりました。

第三の手記

 VRChatのイベントには様々な楽しみ方があります。美少女に癒やされたり、非日常の体験を楽しんだり――それらは確かに魅力的で自分も大好きです。しかし、ギャルとの出会いで感じた「感動」は、それらとはまったく違うものでした。

 それは、自分が追い求めていた他者とのつながりや無条件の肯定感――もっと根源的で温かいものだったのです。それが、「ギャル」という存在に凝縮されていた様に思いました。

第四の手記

 そんなギャルの精神性を伝えたく、自分は「オタクに優しいギャルBar」を始めました。このイベントでは、ギャルの外見的な魅力だけでなく、その内面――周囲を照らし、人を受け入れる力――を伝えたいと思っています。参加者がギャルを知り、一歩でも明るい気持ちになれる場を目指しています。

 「ギャルの魅力」をもっと多くの人に届けたい。そんな思いが、「オタクに優しいギャルBar」の原動力です。ギャルたちの光が、誰かの心に小さな明かりを灯せたら、それ以上の喜びはありません。



***


あとがき 

本文はこれまでのNoteの集大成です。今までイベント主催として「オタクに優しいギャルBar」への想いを複数のNoteで書いてましたが、改めて考えを整理しました。これにて、ギャルBar誕生のストーリーは〆。

今後は「オタクに優しいギャルBar」の未来について書きます。
初心忘れず、明日も明後日も楽しくイベント運営していきます。

いいなと思ったら応援しよう!