ポメラ日記 2020年3月12日(木) 小さな星くずみたいな願いを
引き続きとても良い天気だ。
美味しい食パンの残りが一枚半しかない。
「おとーさんが、たべちゃったの?」
とぱんださんが残念そうに言うので、数え上げて真実を教える。
昨日の朝、わたしが一枚、ぱんださんが二枚。昨日の夕食後、ぱんださんが一枚半。全部で四枚半。食パンは六枚切りだから、つまり。
「食べたのは(だいたい)きーみーだー!」
そーなんだー、とぱんださんは言って、パンの耳だけ残して一枚半を、ジャムをつけて食べた。
わたしは一枚半分のパンの耳を食べた。
しかしそんなにご好評だったならまた食べさせたくなるというものだ。
今日の散歩の目的地はパン屋さんに決めた。
昼食後、よんださんをえいやと抱えて散歩に出る。天気が良いと行動が早くなる。
道ばたで老齢なのだろうが若々しい女性に、かわいいわねぇと声を掛けられてしばらく話をする。話しかけられるのが好きなよんださんはにこにこしている。女性には昨年12月に生まれたお孫さんがいて、人見知りが始まって泣かれてしまうのだそうだ。
同級生になりますね、というと、あらそうねぇ! とびっくりされた。保護者会なんかで会ったらよろしくねぇ、とその場で別れる。
彼女の足は素足にゴールドのキティちゃんのサンダルで、そんなところも春だった。
最近にはめずらしく、しばらく歩くとよんださんが寝てしまった。やっぱりぽかぽかしていたせいだろうか。
少し古本屋を冷やかすもあまり買う気になれず、よんださんが起きるまでと思って温かい飲み物を飲む。よんださんが熟睡しているので、ポケットの中の文庫本を開く。
『パパの電話を待ちながら』ジャンニ・ローダリー。
子どもに電話ごしに語って聞かせた物語たち、というていの、かわいらしくて時々皮肉の効いたショートショートだ。これくらいのサイズの物語は、合間に読めるのでとても助かる。
読んだ話の中では、『雑誌から飛び出したネズミ』という、雑誌からこちらの世界に飛び出したために、マンガっぽい「ズーン、スプラッシュ、スカッ!」みたいなしゃべり方しかできないネズミの話が好きだった。
大体起きたかな、というタイミングで散歩を再開し、パン屋さんに寄る。
食パンとともに照り焼きチキンパンもきちんと買った。
パン屋さんではやはりカウンターの女性によんださんはちやほやされ、お店を出ようとした時には、入ってきたおばあさまにも「まーかわいいこと、おめめがぱっちりで、見ていて幸せになるわぁ」などと絶賛される。
全世界組織「赤子をちやほや隊」、実にぬかりない仕事である。
ぱんださんを迎えに行くと、公園に行きたいと言う。しかしよんださんを少し薄着で持ち運んでしまって、日が暮れかけて急に冷え込む気温が心配だったので、いったん帰って近くの公園にあらためて出直そうと説得した。
ぱんださんの愛車ストライダーで公園に行くと、もう日暮れはすぐそこだ。保育園でもよく来る公園らしく、K君がこんなことをした、などを、ぱんださんは一生懸命話してくれる。
途中で、木の枝の先に糸をくくりつけ、その糸の先に小さな石をくくりつけた、まさに釣り竿をぱんださんが発見した。もうその道具のとりこである。ひとしきり「石釣り」をやった。実際には石はつれないので、釣り針が石に当たるとベンチの上まで釣り上げられるところは、黒子たるわたしの役目だ。
よんださんは寒そうな中ベビーカーで熟睡しているため、手持ちのブランケットでもこもこに埋めた。よんださんが寝てしまうの、一種の防衛本能な気がしており、よく分からない状態で色んなところに連れ回してごめんなの気持ちは常にある。
帰ろうと言うことになって、ぱんださんは名残惜しそうに釣り竿をベンチに置いた。
「つぎ、きたときに、またこれであそぶね。ここに、おいておくね」
そうできるといいね、と答える。こどもの願いはいつも、真摯で、ちいさくて、大体かなわない。
帰り道はもう夜の道だった。ぱんださんが、ストライダーにまたがって、こちらの道に行きたいと言う。街灯もほとんどない、真っ暗な道だ。ひとけもない。
だめだよ、こわいよ、と説得しても引かない。
そちらのルートでも、行けはするけど…と迷っているうちにぱんださんが進んでしまったので、ベビーカーを押して慌てて追いかける。
びくびくしながら、シミュレーションする。もし悪漢が襲ってきたらどうするだろう。わたしが悪漢の足止めをしている間に、ぱんださんに逃げてもらう。ぱんださんは一人で大人のところまで逃げられるだろうか。よんださんはどうしよう。寝ているから見逃してくれないだろうか。騒ぎで起きて泣き出したらどうしよう。泣き声で人が来ることを恐れて口封じをされたら…だ、だめだそんなの……。こんなときにささださんだったら大きくて力が強そうで、悪漢がひるんでくれるかもしれないのに……。
そんなことを考えているうちに、明るい道に出た。
わたしたちはあまりに無力で、ただ毎日幸運が続いて無事に暮らしている。
それからちょっと方角を失って迷いかけたが、見覚えのある建物を見つけてなんとか帰れた。ラッキー。
ぱんださんがちょっとドライスキンでアトピー気味なので、
『世界最高のエビデンスでやさしく伝える 最新医学で一番正しい アトピーの治し方』を読んだ。
タイトルは胡散臭いがとてもよい本だ。
一般向けの啓蒙書なので、とても平易に書かれている。
この本の良いところは、アトピーという怪しげな代替医療がはびこりやすい分野を一つの例として、標準医療が最も信頼できること、それ以外との付き合い方、エビデンスレベルとはどういう概念か、世の中にあるさまざまに効能をうたわれる治療法が、どのようなエビデンスレベルなのか、怪しい医者の見分け方…などを、これでもかと分かりやすく説明してくれるところだ。
これらの基礎的な概念や知識は、アトピー以外の分野でも、危ない医療を嗅ぎ分け、安全な治療を選ぶのにとても有効だろう。しばらくは子ども二人の医療にも責任のある身であるし、読んでよかったと思った。
さらにこの本が良いのは、そのような危うい治療法に走ってしまう患者さんの心情に理解を示し、下に見ることがないところだだ。
アトピーには「脱ステロイド」という、標準医療から逸脱した流れが長くある。その歴史的経緯、誤解の理由、ステロイドの効能や有効な使い方について書かれた章がある。その章のはじめに書かれているのは、「脱ステロイド中の人は読んでも傷つくだけなので飛ばしてくれていい、迷いが生まれたり、心の準備が出来たら読んでほしい」ということだ。
理だけを説明しても、理由があって脱ステロイドに行ってしまった患者さんを説得することは出来ない、という、いくつもの体験から来た態度なのだろう。
患者さんそれぞれに、それぞれの考えとつらさ、歴史があることを尊重する、というメッセージだと思った。
思わず熱く語ってしまったが、そういえば日記だった。合間合間にそんな本を読みながら寝かしつけましたとさ。
読んだ絵本は、
『かずくらべ』
と
『せかい 地図絵本』
でした。