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ポメラ日記 2020年2月19日 鯨の不安の上での日々を



明け方に泣き出した子を眠らせて、明け方に起きているのはわたしだけだ。寝室にはささださんと子ども二人の眠りの気配がして、とりのこされている、という気持ちになる。
うっすらとした自由とうっすらとした孤独を食みながら、しばらくiPhoneをながめたり、Twitterをしたりする。
すこし眠気が来たが、しばらくするとまた子の泣き声に起こされた。

ぱんださんを送り出し、昨日明け方までコラムを書いていた余波でちょっと眠る。今日は体力を回復しなければいけない。(わたしが)楽しみにしている、ぱんださんのプールの日だ。
お昼ごはんを食べてなんだかんだしてから、よんださんを抱いて散歩に出る。
そういえば育児経験のない人に「こいつ散歩ばっかりしてんな」と思われているかもしれないので言い添えておくと、乳児を新しい刺激に触れさせ、外の空気になじませ、ついでに日に当てて生活のリズムをつくるということで、乳児の親はほぼ義務のように散歩を推奨されているのだ。もちろんわたしの体力作りと気晴らしにもなるが、散歩に出られない日はなんとなく「務めを果たせなかった…」という忸怩たる思いにさいなまれる。

三日ぶりくらいに、駅前の「街」といって差し支えないだろうエリアに足を向ける。ぎょっとした。人通りが少ない。歩く人がみなマスクをしている。マスクなし出歩いている人は一割くらいで、「していない」ということがはっきりと目立つほどだ。
いや、さすがにその理由は知っている。あれだ、ビールみたいな名前の。
しかし三日前にもこのあたりを歩いて、「マスクしている人が多いなぁ」とはおもったのだが、ここまでだったか?
たった三日での街の変貌にちょっと怖い気持ちになる。
もちろん公衆衛生が向上するのは良いことだが(マスクは罹患している人が拡散を防止する以上の効果は期待できないと聞いているが…)、こんなに大勢の人が元に急激に行動を変化させている、というのがもう怖い。その下にある不安の総量を想像する。
たぶん、鯨ぐらいだ。いつもがイワシの群れくらいだとすると。

それはそれとして、これだけ出歩く人が目に見えて減っていては客商売が辛かろう、と、本屋とパン屋に行って本とパンと飲み物を買う。
いつもの道と少し違うルートを通っていると、和菓子屋さんのスタンドがあった。なんだかかわいいいちご大福を売っている。
二つください、と言いかけて、そういえばぱんださんはもうおまんじゅうは一人前なのだと思い直す。
三つください。
それから、お支払いのレジの横の窓に貼ってある「桜もち」の字と「売り切れました」の言葉に気になってたずねる。
「あの、この売り切れた桜もちって道明寺ですか?」
「あら、売り切れって書いてある?」
訊いたことと違う返答が返ってきてちょっとまごつく。
「はい、なのでないのは分かっているんですが、道明寺なのか、それともあの…くるっと包むやつなのか…」
あの乾いたピンク色の皮でくるっと包むやつのこと、なんて言うのだ。
「くるっと包むやつじゃない方よ。あと売り切れじゃなくてここに4つあるけど、いる?」
あるのか。そして道明寺(好き)の方なのか。
「じゃあふた…三つください」
はじめの予定より倍の数、和菓子を購入してしまった。


よんださんをささださんに託し、自転車でぴゅっとぱんださんをピックアップに行く。
ちょうど園の先生による紙芝居が終わるところで、お話を聞き終えたぱんださんの満たされた微笑みをみることができた。わたしが一番好きなものの一つだ。
自転車で広い道を走っていると、両側の木が空を支えているようで広々とした気持ちになる。ちょっと歌を歌って自転車をこぐ。
保育園の同級生一家とすれちがって、スピード感のある挨拶をした。
ぱんださんは、あっちのそらはゆうがたで、はんたいのそらはまだゆうがたではない、と発見していた。空の半分が淡く暮れかかっている。

途中エレベーターで土地の高低差を越えるところがあるのだが、ぱんださんはそのエレベーターの床に白い養生テープが貼ってあるかどうかに着目している。
前回の帰り道でテープの存在を指摘され、わたしもテープについては認知していた。
ぱんださんが、
「いくときは、テープはってないんだよねー」
という。まさかそんな。
「行くときも帰るときも同じエレベーターだから、貼ってあるよ」
「はってないんだよ!」
「貼ってあるって!」
うっかり言い争いかけたが、大人らしい理性が「もうすぐ乗るし、乗れば分かる」とささやきかけたのでそのようにぱんださんに伝えた。
結果としてはもちろんエレベーターの床に白い養生テープはあり、ぱんださんは
「まちがえちゃった、へへへ」
とかわいく笑っていた。

プール、プールは最高だ。
やっぱり45分、すこし日記を書いたくらいでほぼぱんださんを見つめて過ごしてしまった。
だって保護者の観覧スペースに向かって、ときどきぱんださんがにこーっと笑って手を振ってくれるのだ。いわゆるお手振りだ。ファンサだ。ファンクラブ第一号会員としての矜恃がその瞬間を逃してはいけないとささやく。
ぱんださんは今日も勇敢に、水に飛び込み、すこし体を伸ばして水を進むことさえしていた。
天才スイマーの親は大変だ。

プールから上がってアイスをねだるぱんださんに、「いちご大福とさくらもちがあるよ」と説得してアイスなしで帰宅する。
ぱんださんは、「いちご味のおもちと、さくらんぼのおもち」と言い換えていたため、そうではないのだ、というのを口頭で説明した。
家に帰って現物でご理解いただいた。

いちご大福とさくらもちはささださんにも好評で、よかった。

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やきとりい
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