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ポメラ日記 2020年1月26日 小さくてびしょびしょのうさぎ

昨夜はささださんが早くから寝ていたので、遠慮なく朝から起こす。
いつもこうだと嬉しいのだが、夜にしかはかどらないという気持ちも分かるので難しいところだ。
ホットサンドを作ったが、ぱんださんはあまり食べてくれなかった。

昼から人と会うとかで、ささださんが出かけていく。せんべろ酒場で昼間から飲む約束とかなにそれうらやましい。わたしもしたい。
天気も悪く、ふたりつれて外に行くのは難しかったため、ぱんださんとテレビを見せたりいっしょにお絵かきをしたり折り紙をしたりして過ごす。
ぱんださんは、よんださんが泣いたら自分がよしよししたら泣き止む、ということに、ここ数日自信をつけている。よんださんがぐずると、だいじょうぶだよ、といいながら抱きしめる。
ときどき力加減を間違えてより泣かせることがあるが、風格が出てきた。姉の風格。

ぱんださんが折り紙で自転車を折りたいというので、YouTubeで動画を探して折りはじめるが、むずかしい。あれこれやっている間にぱんださんが飽きて離脱し、ふと気がつくと、行き倒れるようにバウンサーにもたれて寝ていた。
よんださんもスカーッと寝ていたので、その間に昨日の日記を書いてしまう。
そんなことをしていたらささださんが帰ってきた。お昼を食べて、今のうちにちょっと寝ようとしたらぱんださんが起きた。
うん、三歳児、そういうとこある。

ささださんが、今日会ってきた人からよんださん誕生のお祝いをいただいていた。ぱんださんのことまでお心遣いいただいた、大きめのうさぎと小さめのうさぎのぬいぐるみのセットである。
大きい方は赤子の手に余るものであるし、大きい方をぱんださんに、小さい方をよんださんにと割り当てながら、これでいいのかと不安になる。
今はなんにも分からないだろうが、二、三年後によんださんは、小さいぬいぐるみを当然のように割り当てられている自分に疑問を抱くかもしれない。しかしぱんださんだって、最初に大きい方を自分のものとしたならそれは変えられないだろう。
悩んでいたらぱんださんが、大小両方とも取り、「どっちもぱんちゃんが、よんだちゃんにあげる」という。そして「つかいたくなったら、どっちもよんだちゃんから、かしてもらう」。
ほうほう。
それはとてもいい案に思えるが、結局姉の権力で使いたいときに自分で自由に使うという結果になりそうだ。国際政治で大国がよくやるやつだ。
難しいけれど、難しいことを一緒に考えていくのが大事かもしれない。ぱんださんだっていろいろ考えているのだ。
よんださんは小さい方のうさぎのぬいぐるみ、毛足の長いのが気に入ったのか、満面の笑みでべろべろに舐めていた。
ぱんださんが「びしょびしょだ…」と小さいうさぎを少し遠ざけていた。

いろいろ考えていると言えば、こども向け番組できぐるみキャラクターが踊るところで、ぱんださんはあまり踊らない。
消極的なのだろうか、と気になって、呼び水になればと、コーナーが始まった際に軽く歌いながら踊ってみた。
ぱんださんは「あっ、あっ、」といいながら慌ててわたしを止めると、ささやいた。
「いま、しまじろうがおどっているんだから、しーだよ、しずかにみてて」
そうか、鑑賞していたのか君は。
聞いてみなければわからないことがたくさん、たくさん、君の中にあるな。
豊かであるな。


夜中、よんださんが起きて泣くたびに、布団を抜け出して授乳したり抱っこしたりしてもう一度眠らせる。赤子はやわらかくて、わたしが側にいるだけで体から力が抜けていってうとうとし始める。
このまま抱いて暖かくしてずっと一緒に眠りたいな、と思う。よんださんの気持ちのいいお布団になりたい。
しかしぱんださんが、隣におかーさんがいないことを察知して、お布団の中を探し始める。見つからないと起き出してくる。それで、そっとよんださんを置いて、あわててぱんださんのほうに戻る。ぱんださんがわたしの首に腕を巻き付けて、安心したように眠る。
ぱんださんが暖かいのでわたしも眠くなる。
もし今神さまにお願い事を聞かれたら、わたしのからだを二つ、それかせめて、どっちの子どもも抱いて寝られるように腕をもう二つ、って答えちゃうなぁ。

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やきとりい
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