ポメラ日記 2020年2月21日(金) 面舵を公園へ
明け方に「仕事が残ってるぞ起きろ…」という脳の指令がきて意識が覚醒する。
そろりと身を起こすと、よんださんがふぇふぇ泣きはじめて、そういえばお腹が減る頃だ。授乳してそっと布団に置くと、代わりにぱんださんがねぼけてむくりと起き、上に乗ってきてまた寝る。
あきらめてわたしも寝た。
ぱんださんを送り出し、よんださんの機嫌を取りながら仕事を終わらせる。お昼を食べているときに、ささださんがふと気づく。よんださんの髪が寝ている。
生まれた瞬間から、つねにふさふさと逆立っていた毛が、しんなりと頭の形に沿っているではないか。
「どうしたの!? 『おれは地球の重力になんて屈しない、逆立ち続けてやるぜ!』っていってたじゃない!」
と嘆いていると、ささださんが
「いってないよねー」
とよんださんに話しかけていた。
毛のぺったりしているよんださんもかわいい。
仕事が煮詰まって自宅蟄居のようになっているささださんが「梅が咲いているのを見たい」というのでまた梅を見に行った。
今が盛りの枝垂れ梅ごしに、ささださんとよんださんを写真に収めたりする。
ささださんは仕事に戻り、わたしはよんださんと、ささださんが仕事の忙しさで返しそびれた本を返却に図書館を目指す。
途中で、なんだかおしゃれスペースだなと思っていた建物の二階が、「めがねカフェ」(実際の名前とは変えてあります)という真新しい看板を出していることに気づく。ほうほう、今度行ってみたいものだね、とベビーカーを押し押し通り過ぎて数メートル進んだところで、ちょっと焦った風に汗をかいた男性に話しかけられた。手に、プリントアウトしたグーグルマップの紙を持っている。
「すみません、道に迷ってしまったようなんですが、こちらご存じないですか…」
「どちらでしょう」
わたしは何しろ方向音痴なので、お役に立てるかドキドキしながら地図をのぞき込む。地図のほかに、目的地の名前も書いてある。
”めがねカフェ(仮名)”
お役に立てる。
強く確信して、先ほど通り過ぎた看板を指さした。
前々から気になっていた角の駄菓子屋のようなところで、クッキーアイスサンドを買う。そのまま図書館に行って、一階のフリースペースの飲食可コーナーで食べた。クッキー部分がココア味でもろもろしっとりしており、アイス部分も乳脂肪の多い味がして美味しい。
本を返却し、寝ているよんださんとしばらくフリースペースで時間を潰してから、ぱんださんのお迎えに出立する。フリースペースを出る直前、そこに集っていた三人のスーツの人々の会話が聞こえる。
「オブジェクト指向で開発を進めることにしていまして……」
思わず聞き耳を立てる。
「コードレビューも都度都度行い、オブジェクト指向でですね、パーツごとを作り、コードレビューで、その精度を保証しながら」
「そりゃあ人とお金がかかるだろ」
「そこをですね」
最後まで聞いていたかったが、お迎え時間が迫っていたのでその場を去った。
オブジェクト指向で、パーツごとを…(反芻)。
ぱんださんを迎えに行く道の途中、気がつけば道のあちこちで梅の花が咲いていた。お寺の整えられた梅もいいけれど、民家の庭先で、洗濯物はためく二階の先に咲き誇る紅梅がとてもいい。
子乗せ自転車の後ろに乗った子どもが、紙コップを口に当ててあー、と音を出している。自転車をこいでいるお母さんは笑っている。
腕を組んでぴったりと寄り添う老夫婦が、どちらも笑いしかない顔で歩いている。
夕暮れの色彩の少ない街で、真っ赤なコカコーラのトラックが曲がり角から現れる。
園で金曜日なのでシーツ交換をしていると、おなじく親のシーツ交換待ちだったK君とぱんださんが遊び始めた。
K君とぱんださんは園の外に出てももつれるように走って笑い、同じく下園途中だったMちゃんとも一緒に走る。
しかしK君はこれからS町公園に行くと言うことで、家と反対側だったため会釈して別れる。ぱんださんは家に向かってまだ爆走しているので、よんださん入りベビーカーを押して必死に追いかける。
ふっと、ぱんださんが立ち止まった。
走りっぱなしで紅潮した頬で、今の状況が飲み込めないというようにあたりを見回す。
「おともだちは?」
もう帰ったよ。
そう答えると、いっしゅんで目がうるんだ。
「いやだ」
そうだね、きみは現実を否定することを身につけてきたなぁ。
「どうして?」
「だって、ぱんちゃん、もっとあそびたかった。さみしい」
「そうだねぇ」
「Kくんはどこ?」
「KくんはS町公園に行くって」
「ぱんちゃんもいく」
うーんまぁ、そうなるよねぇ。
よんださんもいることだし、説得して家に帰ろうかと思う。
けれど、ぱんださんのあの、立ち止まって、楽しい楽しいだけの興奮から覚めたときの表情を見てしまった。ここで家に帰ったら、たぶんいつまでも悔やむだろうな、わたしが。
仕方ないなぁ、と公園に進路を変更する。
行けるときと、行けないときがあるからね、と念を押す。
わかってるよ、とぱんださんが頷く。
分かってるのかなぁ、と胸の中でこっそりため息をつく振りをするけれど、本当はちょっと誇らしい。
おかーさんは、きみの願いを叶えられるときがあるんだよ。
公園で「追っかけしちゃってすみません!」といいながらK君と遊んでもらい、K君のお母さんと立ち話をする。
去年の夏、園児たちが公園で集っていたときは、一緒に遊んでいるようでいて園児たちはてんでばらばらだった。今K君とぱんださんをみていると、「一緒に」が成立しているように見える。
リクエストされて、こども二人を乗せて、大人二人で全力で遊具をぐるぐる回した。
よんださんはベビーカーでぐっすり寝ていて、風が冷たくなってきたのでわたしのコートを上から掛けた。
わたしはやや寒い。
なんとか遊びを収束させてからの帰り道、灯油を売るトラックが音楽を流していて、近づきやがて遠のくその音を、まだ聞こえる、もう聞こえない、と言い合いながら家を目指した。
寝かしつけの本は
『でんしゃにのったよ』
でした。