ポメラ日記 2020年5月6日(水) あらしの夜に
昨日までの暑さが少し落ち着いて、曇天のやや肌寒さのある天気だ。
ぱんださんが「甘いパンがたべたい」というが食パンしかない。
クリームチーズに砂糖をすりまぜて食パンに塗り、りんごといちごを載せて即席オープンフルーツサンドを作った。
ぱんださんはいちごを切って、クリームチーズを塗り、楽しそうにしていた。
よんださんの月誕生日、今日で八ヶ月だ。
おすわりは完璧、ずりばいの移動距離も毎日記録を更新中。
まだ好き嫌いはなくなんでもよく食べる。五分がゆ練習中だ。
名前を呼べば振り返るし、笑顔が完璧にかわいく、相変わらず立つことへの意欲が大変旺盛である。
わたしの足を見ると、わたしとの連続体であることが認識されないのか、おもしろいおもちゃを見たようにずりばいで寄ってくる。足指を動かすとおどろく。
明け方は、ぴったりとわたしに身を寄せないと眠らない(余談ではあるが、ぱんださんも反対側から寄ってくるので、常にわたしが狭い)。
なんでもかんでも口に入れる。きれいな音の鳴るものが好きだ。
やわらかい手足を持っていて、やわらかい混沌とした魂も持っている。
とてもかわいい。
近所のともだちの店がお弁当のテイクアウトを売り出す日だ。
ものすごく久しぶりに、家とピクニック場所以外のところへ自転車で出かける。しかも一人だ。
とても意気揚々と自転車を漕いだ。
駅前は、閉めている店もテイクアウトの店もあるが、平常通りの喫茶店もあって、一律な感じではない。
そもそも平日の昼間の町がどんな感じだったのか、もういまいち思い出せないくらいの久しぶりさだ。
ともだちは元気そうだった。
向こうは働いているし、互いの健康を祈る程度の会話だけをかわす。
帰り道で、パン屋さんに寄った後、開いている花屋さんに寄って、「元気な感じで」と黄色い花を何本か包んでもらった。
グロリオサリリー、という花が気に入って、それだけは希望して花束に入れてもらった。
天気が悪いので、今日は家でお弁当を食べる。
自分で作らない(作れない)、手の込んで味わいぶかいがあっさりめの料理、心からありがたい。美味しい。
ピーマンの春巻きとだし巻きが絶品だ。
最後の一個が買えたクラフティは、三人で分けようね、と言ったものの、ぱんださんが四分の三食べた。
品薄らしいリングフィットアドベンチャーが、ささださんの功績により入手できた。
感謝して、トライしてみる。ささださんは腱鞘炎気味のため今は出来ないようだ。気の毒。
評判通り、楽しい。ゲームの始めの、あの自分の動作と画面の中の人の動きが徐々に馴染んで同期してくる感じが、よりダイナミックに楽しめる。
設定のところで飽きてぐずぐずしていたぱんださんも、ゲーム本編が始まると楽しそうに応援してくれた。
続けたいけれど、どうなることやら。
夕方頃からたいへんな雷がしていた。
ぱっと暗闇を払う、清冽な光が好きだ。すがすがしい気持ちがする。
とおい昔(のような気がするが三年ほど前)、今のよんださんぐらいだったぱんださんを連れて、ささださんと福岡の海のそばのホテルに泊まりに行った時のことを思い出す。
夜、大雨が来て稲光が何度も海を照らした。ささださんは昼間の疲れで寝てしまい、夜中、ぱんださんを抱えて何度か授乳をした。幾度も光る空をぼんやりと見ていた。ぱんださんは外の天気など関係なく乳を吸い、泣いたり、寝たりした。わたしはその時初めて、わたしがこの子に乳を含ませるように、過去の母親たちが子たちに乳を含ませ、雷鳴を聞いていたその数えきれないほどの夜のことを考えた。考えた、というより、そこに連なっている、と思った。
今ぱんださんは平気な顔で、「すごいねー」とか言っている。
よんださんはきょとんとした顔をしている。
夜中、よんださんが泣いた後、わたしの腕枕で寝る。
ぱんださんがもぞもぞと動いて、わたしの背中にぴったりと張り付く。
今、この子たちが話し、遊べるのは、わたしとささださんだけだ。
この子たちはどれだけわたしに依存してもいい。いつかは離れていくから。
わたしがこの子たちに依存しないようようにしなければならないな、と思った。