本物のいい音とは何か?
僕は音楽を聴くのが一応趣味なので耳に入れる音にはちょっとはお金をかけている。若くてまだ今より働けば働いた分だけ豊かになれた頃、100万円くらいかけて自宅のオーディオシステムを構築した。とは言っても一気にではなくて、まずはスピーカーを買って、それに合うプリアンプ、パワーアンプを選定、そして、当時もうすぐ生産打ち切りになると噂されたmarantzのCDプレーヤーと次々に買い足して行ったらいつの間にか100万円くらいになっていた。
オーディオの世界は宗教と揶揄されるくらいブランド信仰が著しく、うちのアンプはマークレビンソンだとか俺ん家のデュアルモノラルパワーアンプはクレルだとか、まぁ単価がそれぞれ100万円単位だからかけようと思えばいくらでもお金がかかる。1000万円なんてあっという間だ。プリアンプ100万円、パワーアンプ150万円×2、200万円のスピーカーをステレオ、つまり2台、CDプレーヤーは放送局用のすんげーやつが150万円とか、これでもう850万円だ。ここにメートル単位で数万円もするケーブルがかかる。
オーディオシステムは贅沢品という事実は間違いないだろうがともするとそれは非常に貧乏くさい行為にもなりうる。本物のお金持ちは音楽をタップリ聴くだけの「時間」がある。時間は貧乏人にもお金持ちにも等しく1日24時間しか与えられないから働きずくめのサラリーマンは電車の中で10万円くらいのポータブルオーディオシステムで音楽を楽しむくらいしかなく、クルマ通勤ならやっぱり数十万円のオーディオシステムに酔いしれるしかない。ホンマモンの金持ちにはそんなシステムは要らない。自宅に室内管弦楽団を呼びつけて目の前で演奏させればいいのだ。タップリの時間と広大な空間、一流の音楽家が演奏する生の音に酔いしれるのだ。それが無理だけどお時間ならありますよって人は交響楽団のチケットを手に生の音を聴きに行く。
だからわざわざ自宅のオーディオシステムを自慢するのはそれがいくらであっても貧乏くさいだけだからやめとけと言いたい。もう随分と昔にイタリアの管弦楽団、イ・ムジチ合奏団が来日するってんで急いでチケットを買ってコンサートに行った時の帰り道、オレはなんてくだらないモノにお金をかけていたんだろうと思ったものだ。いくらオーディオシステムにお金をかけても生の音には敵わない。
貧乏くさいついでに言うとディジタル音楽はなぜ流行ったかと言うと音がいいからではなくて、アナログ信号の中から人間の耳には関係ない(と思われていた)音楽信号をズバッとカットする事で音楽データを大幅に縮小することが出来るからだ。それと、アナログではスタジオでいくら神経を使ってダビングしても広域から減衰してしまうのでデジタルオーディオは高域の減衰から解放させてくれたのも大きかった。とはいえ元々の音源はアナログだからアナログサウンドを知らないデジタルサウンドエンジニアはアナログを軽視し、結果として聴くに耐えないボロカスな音源が出来上がるのである。フルオーケストラなんかはまだいい音で聴けたが流行りのタレントアルバムの中にはこらひでぇなっていう音源が溢れかえっていた。レコードよりCDの方が音がいいというのは家庭用CDプレーヤーの音源をディジタルのまま、ほぼ無劣化でMDにコピー出来るようになったからだ。そのMDも実はATRACというアルゴリズムで非可逆圧縮をしているのだから厳密には多少劣化しているのだがレコードをアナログテープレコーダーにダビングするよりはよっぽどいい音が出たのであった。
同じお金を出すなら高価なCDプレーヤーよりも質量のあるターンテーブルに共振しないトーンアーム、軽い針圧でトレースしても飛ばないMCカートリッジでレコードを聴いた方がよっぽどいい音が出る。音源にもよるが。
今流行りのハイレゾリューションオーディオ音源も実はアナログマスターテープをディジタルリミックスした音源だったりするケースも多い。アナログならいくらでもデジタル化出来る。苦労しているのはCD全盛期に録音からマスターディスクまで思いっきりお金をかけてフルデジタルで作ってしまった音源。入り口からいきなり44.1khz、16bitで作ってしまったからハイレゾ化するにはアップサンプリングしないといけない。しかしいくらアップサンプリングしても元が44.1khzだからそれを192khzにしたところでCDとあまり変わらなかったりする。当たり前だが。なのでCDを一旦アナログに直して再生させ、その音源を再度録音させて192khz24bitリニアサンプリングにしてリリースしているのが現状のようである。そんなだから今頃は高品質なアナログマスターテープを大切に保存しているヨーロッパの大手レーベル、ドイツのグラモフォンやイギリスのデッカロンドンレーベル、オランダのフィリップスなんかは今頃笑いが止まらないくらい儲かっているんじゃないかなぁ。アナログをCD化するのに一旦貸しておいて、このハイレゾ時代にまた貸してくれというのだからそら儲かりますわな。
そんなオーディオ信仰から逃れる為には自分の耳を信じるしかない。イヤホンでもスピーカーでもいいから値段を見ないで音を聴く。コレは素晴らしいと思ったら値段を見るといい。素晴らしい音楽に見合った価格なら買いだ。逆にプライスを先に見てしまうとこれはお高いからさぞいい音が出るだろうと脳内が勝手にいい音だと思い込んでしまうからやめた方がいい。値段に釣られるオーディオマニアは高いほど音がいいと信じていることをメーカーはよく知っているのだから。
知人のオーディオマニアは「オーディオ製品は見た目の音が出る」と言っていた。シャープなデザインは切れ味のいい音を出し、木製のキャビネットで作られたアンプは温もりを感じると言う。当たり前だ。見た目の音が出るのは脳内で勝手にそういう音が出ると錯覚しているからだ。だからヨーロッパのサウンドエンジニアはカーテンテストと言ってスピーカーの前にカーテンをひいてどんな音かをテストするのである。見た目に騙されないようにする為に。
悪いことは言わない。オーディオは自分1人でひっそり楽しむものであって自慢するものではない。あるのは自分の耳を信じた者にだけ与えられる高品質な音楽だけだ。自分の耳を信じなさい。