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思いだした。

 幸せになりたいなどと、願ってはいけないんだ。時々ギュッと握り締めて、その棘で掌を血塗れにしないと忘れてしまう。そういう所まで癒えてきてしまった。死ねないのなら、癒やされて生きざるを得ないのだ。そんなことよくわかっていた。だから、食べたり眠ったり笑ったりできなくなった。死にたかった。しかし色んな人に助けられながら結局死ねずにまたこんなにまで私は私を回復してしまった。わからない。

 私は罰を受けるべきだ。罰せられ、痛めつけられ、徹底的に追いやられて然るべきだ。人と関わる中で私が犯してきたこと。退屈させるだけならいい。傷を含むほどの絆を一瞬で焼き切ってしまうほどの失望を人に与え、私だけでなく、私に絆を見ていたはずの人の気持ちを枯らして、その人にとってかけがえのない「私」を喪わせ、結果的に傷や痛みを焼き付けた。
 私はずっと私だった。仮面をつけることを知らず、いつも剥き出しで、臆病に、うやうやしく、真っ直ぐだった。裏切りという裏切りをはたらいた覚えはない。ただ、私が私である限り、仮面を被ることすらもできない愚かで野蛮な生き物である限り、取り柄がなくつまらない存在であるかぎり、当然の帰結であっただけなのだ。いつかは私というものにあなたは気付く。そして失望して去っていく。私たちは、無二の絆を喪う。
 色物の服を着なくなり、少しずつ手放した。肋が浮き、頬は削げた。それ以来纏うのはほとんど黒だけ。これは喪服であった。そして戒めだった。生きようなどと望んではならない。誰かと関係を築いてはいけない。優しさを受け取る値打ちがない。私は関わる人を傷付けることしかできない。心を尽くして精神を尽くして思いを尽くしても。どうやっても無理なのだ。悪いことをしたわけではない。ただ私が私であること。それが悪かっただけだった。私は劣っていて醜い。ただそれだけが、ただそれだけのありのままの真実が悪かった。どうしようもないことだ。私が私であることが悪かった。
 人との関係を築くのは、実はそんなに苦手ではない。人数は多くないものの、上辺だけの関係や言葉が氾濫したこの社会には珍しい、深い関係を築くのが割と得意なのだ。でも、築いたところで続かない。どうしようもなさ、儘ならなさを噛み潰す渋さだけがずっと口の中に残るような、そんな崩壊が必ず訪れる。一緒に深くまで潜り、共通言語をたくさん生み出した。そんな大切なひとの苦しむ姿は、私の心痛など痒みほどしか気にならないほどに、耐え難い。もう、誰のこともあんな目に遭わせたくない。だからうっかり深い関わりにならないように、そもそも関係が築けないように、黒い服だけを着て、通夜の喪主のように押し黙って表情を固める。どうせ死ねないのなら、それくらいして生きることを辞めなければならないと、思った。
 癒えてきている。
死ねずにいる限り、すべてが朽ちるように、時間は傷を癒やしてしまう。気付けばずいぶん眠れるようになってしまった。食べられるようになってしまった。こんなに拒絶してきたつもりで、知らないうちに、やっぱり多くの新しい人間関係が芽吹いてしまった。こんな風になっていいわけがないのだった。
 空気の鋭い冷たさに肩をすくめて歩く夜道。
薄く雲を纏った月の輪郭だけが見て取れる。あなた(たち)のことを思って、じんわりと苦笑した。癒えてきている自分を傷付けて罰としての痛みをもっと受けなければならないと思いだした。

 馬鹿げた話だ。誰も喜びはしない。下らない独り善がりな縛りだ。よくわかっている。でも、ずっと痛く苦しくなければ。死ねないのなら、生きられないように、そうして何度でも、自分で自分を傷付けるように、罪を犯したその時のままの苦しみを引き受け続けなければならない。
 もはや、私をゆるす人はいないのだから。神なんて、私にはいないのだから。それに第一、ゆるしを請うことすら、ゆるされない。そうでしょう?

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