拝啓

　理解はいつも何周も遅れてやってくる。それを分かってはいるから少しでも早く、「今」理解したいといつも必死で心と考えの器を焚き付けている。熱は上昇するものの、煮詰める中身がないから結局黒く焦げ付いて最後には鎮火して黙り込む。そんなことは何度も経験しているのに、それでも「今」「すぐ」と自分に求めてしまう。
自身そのもののような言葉を、つまり考えを、ある程度自分の人生全体で捉えてきた倫理観や思考に反することなく、それなりに重さのある理屈の通った形にして「今」言わなくては。伝えなくては。表しておかなくては。そう思うのにどうにもならない。鈍さが恨めしい。
　結果的に「何もせず、何も言わなかった人」になる。それを一番恐れているのだろう。

　生きられても、たかだか一世紀。長くもない人生の中で、私が「今」よりひどい時代を過ごすことはもうないだろう(と楽観的に願っている)。
「今」は、私の祖母が何度も何度も話してくれた戦争体験に近いものになりそうだとこの一年ほど感じてきた。

　彼女の話の中に見て取れた昭和の市民と令和の私達は大差ない。
抗いようもないものに、あるいは抗うことも知らぬまま、それが抗うべきものだという認識すらできないままに、押し流されていく。違和感も苦しさもそこら中に溢れて飽和し、徐々に認識できなくなっていく。わけもわからないまま命が、私の人生が、あなたが損なわれていく。

「でもみんなそうだったの。二度と御免だよ」

　浅草で生まれ育ち、モダンなセンスを持った憧れの優しい祖母。何度も何度も戦争を振り返ってそう言っていた。それでも最後には今の世の中が平和でいい時代だと笑う横顔が穏やかで、私はこの時代に彼女と出会い共に生きられていることが嬉しかった。

　しかし2021年。果たして「今」も私は戦争から離れて平和な時代を、国を生きているのだろうか。

　わからない。

　ねえ、お祖母ちゃん。もう世の中めちゃくちゃなんだよ。

　私は何をどう捉えたらいいですか。どんな風に考えて、どんな風に抗ったら私を、共に生きる人達を、平和を守れますか。あなたが教えてくれたこと。目の前の現実。霧散する責任の所在。惨い最期に呆気なく捕らえられていく人々。それでも生きるための営みだけが淡々と回っていて……もう何も考えられない。わからない。


　理解は遅れてやってくるだろう。記憶の中から私の言葉がいずれは芽を出すだろう。でもその時ではもう遅いのではないか。
　恐ろしくて空焚きをとめられない。もう何ヶ月も心身が熱っぽくて、とても怠くて、ぼーっとしてしまう。
　「今」はただ流れていくばかり。