Babylon Healthとデジタルヘルスケア〜 Ⅰ. イギリスNHSとともに事業のゼロイチを作り、基盤を構築
iCAREの山田です。今回は、衝撃的なニュースがだいぶ遅いですが、、、入ってきたので一度、本腰でオンライン診療について調べて、山田なりの結論を出したいと思い「Babylon Health」をまとめます。
まず私の自己紹介としてiCAREの代表をしており、「働くひとの健康を世界中に創る」をパーパスに掲げ、10年以上この業界で挑戦をしてきました。本人の自己努力だけを追求する健康のあり方ではなく、働くひとが健康になれる環境や仕組みへ注目することで企業が、働くひとの健康をより効率的に、効果的に実現できることを支援している150名くらいの会社になります。
iCAREを起業する前は、東京ベイの立ち上げ(病院経営・経営企画室)や慶応ビジネススクールで経営や医療介護政策を学んでいましたので、オンライン診療は比較的興味があった領域でした。
今回のBabylon Healthの隆盛を調べる前のオンライン診療の印象は、
オンライン/WEB診療 vs. 対面診療
地域限定型オンライン診療 vs. グローバル型オンライン診療
オンライン診療の相性良い疾患や症状 vs. 不得意とする疾患や症状
患者数を高回転+/-補助的AI で診療 vs. 難易度高い患者を深く診療
という単純なものでしたが、調べてみるとそれだけではないことがわかりました。
今回のまとめに際して、この3つの海外記事が元になっています。
Babylon Healthの事業成長には、大きく4つポイントがありますので分けてお話致します。
Ⅰ. イギリスNHSとともに事業のゼロイチを作り、基盤を構築【今回】
Ⅱ. アフリカを中心に発展途上国へ事業を展開【次回】
Ⅲ. 急激な事業成長を遂げるアメリカ市場での展開(VBC)
Ⅳ. AI問診技術の現状とBabylon Healthの今
1.デジタルヘルスケアの登場
デジタルヘルスケアが人類の幸せに貢献することは間違いないでしょう。これは様々な技術革新が診断や治療、医療の質やアクセス、コストに対して深く影響を与えています。
デジタルヘルスケアの登場は、遠隔地に住む人々や、長時間待たされることなく医師の助言が必要な患者にとって、大きな価値を感じるものです。一方で、この新しい技術の登場は、ヘルスケア分野での様々な論争とチャレンジを引き起こしています。
そして、この何十年と変わらなかったこの世界中の医療のあり方に挑戦をしているのがBabylon Healthという企業です。Babylon Healthのミッションは、既存のヘルスケアシステムの限界を超えて、効率的なデジタルサービスを提供することです(We want to make high-quality healthcare accessible and affordable for everyone on Earth.)。
一時期の時価総額が、2,200億円まで上りつめたユニコーンスタートアップ企業を深ぼってみます。
2.Babylon Healthの誕生
バビロンヘルス設立とその時代背景
2013年Babylon Healthが創設されました。この時期、イギリスのヘルスケアシステムはいくつかの深刻な問題に直面していました。
長い待ち時間とアクセスの問題(診療の遅延)
一次診療の資源不足(遠隔地含む)
高齢者と若年層の間でのサービス利用の格差
世界中で高齢者と若年層における医療サービス利用の格差は問題です。
デジタル技術の進歩を利用して、患者が簡単かつ効率的に医療サービスを受けられる新しい時代を創り出す試みが、Babylon Healthの設立の背景にあります。この取り組みは、イギリスのヘルスケアシステムに新しい可能性をもたらしました。簡単に言うとBabylon Healthは、「若者向け第2のGP(General Practitioner)の役割を果たす」ことを目指しました。
イギリス医療保険制度
イギリスの医療保障制度(NHS:英国国民保健サービス)や医師・看護師の働き方を知らないとBabylon Healthが誕生して、その後どのような問題が浮上するのかわからないと思いますので、この3つの記事を読んでみてください。
この中でもBabylon Healthの事業に大きく影響するのが、外来医療を担当する診療所に対する診療報酬です。診療報酬制度は、人頭報酬と出来高払い、成果報酬があり、組み合わせで成り立っています。特に、人頭報酬部分のインパクトが大きいと1名に出す診療報酬が固定額であり、医療資源投下すればするほど利益がなくなっていきます。
3.時代の変化とその影響
若年層のヘルステクノロジーの支持
Babylon HealthのGP at Hand(AI補助問診)に登録されている年齢層は、40歳未満が86%と大部分を占めます。この記事によれば、この5年間の推移をみても圧倒的に、デジタルネイティブ含めた若年層の支持を得ていることがわかります。
COVID-19でデジタル利用が加速化
世界中でCOVID-19によってデジタルサービスの利用が加速したことは周知の事実です。イギリスの医療においても同様に、患者による遠隔サービスやデジタル・サービスの利用が明確となりました。2020年3月には、NHSアプリ(スマートフォンやタブレットでNHSのさまざまなサービスにアクセスできる)への登録が111%増加したようです。
4.NHSからの強い支持
2016年後半、バビロンヘルスはNHSとのパートナーシップを発表しました。これにより、一部のサービスがNHSの患者に無料で提供されるようになりました。
そして、2017年後半には「GP at Hand」サービスをロンドンでローンチしまます。このサービスは24/7アクセスを可能にし、短時間でGP(家庭医)の予約を取ることができ、さらに患者は自宅から簡単に医療アドバイスを受けることができるようになりました。
その後、Babylon HealthはAI技術を導入して症状を分析する「AI症状チェッカー」を開発し、患者が自身の症状に関する初期診断を受けることで患者体験の向上、効率性を上げることを目指します。これで一部の患者は短時間で質の高いケアを受けることが可能となりました。
NHSからの支持をどうやって得られたのか、詳しいことはわかっていませんが、保健省トップの政治家 Matt Hancock(Matthew John David Hancock)が大きな支援をしたことで有名です。保健大臣であった2018年9月にはバビロン本社でスピーチをしたりと当初から大きな支援を政治家としてしていたようです。献金もありそうですね。
※ Hancockは、その後2021年にコロナ禍で同僚女性とのキス報道で辞任します
5.イギリスでのBabylon Health
2016年にLondon(登録者数11.3万人,2017年)、2019年にBirminghamへとGP at Handを展開していくBabylon Health は、7,000あるGPクリニックの中でも巨大化していきます。
NHSとの取り組み以外にも遠隔診療サービスとして企業との契約も加速させていきます。2015年の記事では、アクティブユーザーで25万人いて半分が企業が顧客となっています。2019年には、毎日4,000件の医療相談、世界中で430万人をカバーし、これまでに120万件以上のデジタル診察が完了し、予約に対する5つ星評価は16万件を超える成長まで遂げます。
遠隔診療サービス(NHSの取り組み以外)での競合との比較としては、
Babylon Health:800円/月でアプリが使いたい放題、フルタイム医師100名雇用
Doctor on Demand:400円/15分
HealthTap:9,900円/月、副業システムで医師6万人登録
American Well:4,900円/件
Teladoc:4,000円/件
であり、格段に低コストで実現していたことがわかります。これが実現できるのは、フルタイム医師の雇用と補助的にAI技術を活用することでの効率化という大前提があるビジネスモデルです。
ところが、2020年に入るとNHSとのパートナーシップにも亀裂が入り始めます。NHSと同じ歩調であることでイギリス国内だけでなくグローバルに信頼と地盤を作ることができたBabylon Healthには何が起きていたのでしょうか。
6.Babylon Healthが直面した問題
次回以降で発展途上国、アメリカ市場でのBabylon Healthの事業展開の話をするため、今回のnoteでは、イギリス国内を中心にどんな問題が発生したのかまとめます。医療の質、医療へのアクセス、医療のコストの3視点から見てみます。
医療の質
医療提供として、チェリー・ピッキングが大きな問題となる
質の問題というよりも異なるターゲットであったために発生した問題としてチェリー・ピッキング問題があります。チェリー・ピッキング(cherry picking)とは、数多くの事柄やモノの中から自分たちに有利な証拠や対象を選び、その他を無視する行為のことを指します。都合の良い部分を選択するというものです。Babylon Healthが指摘されたのは、若者のように軽症で簡単な症状をもつ患者のみを対応し、複雑で緊急性が高く、現場に負担のかかるような患者は、その他のGPに任せているという指摘です。
このような軽症な患者の選別は、GPの報酬のあり方に起因する問題でもあります。GPの報酬は患者ごとに支払われ、全体のリスクと相互補助によって依存しています。受診頻度の低い若い健康な患者への報酬が、より複雑で高齢の患者への高額な治療を補助しているような仕組みなのです。
※ 実は、実際はこのようなものではなかったことで事業成長が鈍化しますAI問診の技術的精度の低さが指摘される
この技術的な精度については別途noteに紹介しますので、今回は割愛しますが、一部のユーザーや専門家からは実際に利用をしたものの緊急性高いにも関わらず自宅で痛み止めを飲んで経過観察してくださいといった質が低いアドバイスがあったという指摘があります。
医療へのアクセス
これまで高齢層が中心であり、ニーズを満たすための医療体制はその地域のGPを予約して待機時間を経て診察を受ける流れであったが、GP at HandといったAI問診を補助的に活用し、さらにスマートフォンやWEBから簡単に予約できるようにしたことで若年層が気軽に医療へアクセスすることが可能となりました。ところがです。この気軽さが、イギリスの医療保険制度である「無料」と組み合わさると、若年層を中心に年1-2回の受診を想定していたものが、6-7回も受診していることがわかったのです。しかも支払いは、年1-2回の訪問に対して報酬を支払う取り決めなので、利用されればされるほどお金を失っていく構造でした。
スマホやWEBを中心としたIT化によって「気軽さ」がより加速をすることで予約キャンセルが多くなることで、効率性が悪くなっていたという記事もありました。日本でもレストランのWEB予約で発生する現象と同じものだという認識です。
医療のコスト
NHSで設定された基本支払いは、GPに登録された各人に少なくとも約12,000-14,000円(£87.92)の価値があり、これに年齢、性別、追加のニーズ、サービス提供のコストによって追加料金が加算される仕組みとなります。Babylon Healthは、一人あたり平均£90と報告していますので、最低基本支払いよりわずかに上くらいとなります。
※ 平均してロンドンの診療所が年間£146/人「低価格を軽症患者を数多くこなす医療提供モデル」という中で、地理性を超えて受診されるようなことも大きな問題となったようです。地理性を踏まえた上でNHS予算を考えていたものが、地方の住民が利用して都会の医療資源を食べてしまう現象が発生します。実際、Babylon Healthの本拠地であるLondon内にある自治区 Hammersmith & Fulham CCG (Clinical Commissioning Group:地域医療マネジメントの役割、NHS予算の2/3を管轄、上図のプライマリーケアトラストPCTと同じ)で膨大なコストが発せし、その調整を周辺地域と行うものの患者需要増大による資金提供は不満をもたらしました。
結果的に、地域GPからの支持を得られなかったことも強く反映し、解約などが発生していくこととなります。
7.まとめと感想
今回は、イギリスにおけるAIテクノロジースタートアップであるBabylon Healthが直面した様々な問題について考えてみましたが、結果的にAI技術の質の問題がいくつかあるにせよ、テクノロジーだけの議論では到底ヘルスケアの課題について解決しえない大きな問題だと感じました。提供される既存の医療システムや社会的価値観、クリニックとの関係など様々なステークホルダーとがひとつずつピースがはまることで、テクノロジーが活かされるのだと痛感した例でした。
次回は、ルワンダを中心にアフリカでのBabylon Healthについての事業展開を取り上げます。
【計4話】Babylon Healthとデジタルヘルスケア〜
Ⅰ. イギリスNHSとともに事業のゼロイチを作り、基盤を構築
Ⅱ. アフリカを中心に発展途上国へ事業を展開
Ⅲ. 急激な事業成長を遂げる米国市場での展開(VBC)
Ⅳ. AI問診技術の現状とBabylon Healthの今