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【小説】月光の約束 第十六話〜夜の神殿〜
第十六話 夜の神殿
「柳川さん、リリス族は私たちの動きに気づいてないのかな?」
遙が低い声で問いかけると、柳川は慎重に辺りを見渡しながら答えた。
「遙さんはルナ様の力を得ています。月の力により相手には我々の存在を感知できないよう守りの力が働いているのです」
「ですが安心はできません。冥王ウラヌスと接触するときにはその効力は失われるでしょう」
「ここから先が危険ということね」
遙の表情が引き締まる。
「では行きましょう」
柳川は夜の神殿の重厚な扉に手をかけた。
扉には古い紋章が刻まれており、ほのかに輝いている。
「開きますか?」
遙が問いかけると、柳川は静かに頷いた。
「鍵は必要ありません。ルナ様の加護を受けている我々ならば——」
彼が力を込めると、扉は重々しく軋む音を立てながら開いていった。
中に広がるのは、巨大な石造りの回廊。壁には燭台が等間隔に並び、青白い炎が揺れている。空気は冷たく、まるで時間が止まったかのような静寂が漂っていた。
「気をつけてください。ここから先はリリス族の領域……罠が仕掛けられている可能性が高い」
柳川が慎重に前へ進み、遙も後に続いた。
その時——
——カツン。
遙の足が石畳の一角に触れた瞬間、何かが動いた。
「……!」
突然、壁に埋め込まれていた魔法陣が光を放ち、床から黒い霧が立ち上る。
「罠か!」
人の形をした影——いや、それはリリス族の戦士だった。鎧を纏い、手には長剣を握っている。目は暗闇の中で赤く光り、獲物を見定めるかのように遙たちを睨んでいた。
「侵入者……ここで消えよ……」
戦士が低く呟いたかと思うと、次の瞬間、猛然と襲いかかってきた。
「遙さん!」
「ルナ様を!」
柳川の言葉にハッとした。
そうだ、ルナ様はそう言っていた。
助けが欲しければルナ様の名を唱えるがよいと。
エマの記憶ともリンクする。
手が自然に月の印をむすび、遙は月の女神ルナの名を呼んだ。
「ルナよ、我に力を——!」
彼女がそう叫んだ瞬間、指輪が眩い銀の光を放った。月光のような柔らかい輝きが彼女を包み、神殿の冷えた空気がわずかに温かさを帯びる。
リリス族の戦士が剣を振り下ろした。鋭い刃が遙の肩を裂かんとするその瞬間、月の光が壁となって彼女を守る。衝撃音が響き、剣は弾かれた。
「くっ……!」
戦士は怯んだが、すぐに体勢を立て直し、再び襲いかかる。
遙は胸元で印を結ぶ。指輪の光がさらに強くなり、周囲の空気が震えた。
リリス族の戦士は、突然現れた光の壁に足を止めた。 しかし、構わず長剣を振り下ろす。 剣は光の壁に阻まれ、鋭い金属音を立てながら弾き返された。
「なっ……!?」
戦士は驚愕の表情を浮かべた。
その隙を逃さず、柳川が動く。 懐から取り出した数枚の札を戦士に向かって投げ放った。 札は空中で光を放ち、鎖状に変形しながら戦士の体を拘束する。
「動きを封じました!遙さん、今です!」
「はい!」
遙は胸元で印を結ぶ。指輪の光がさらに強くなり、周囲の空気が震えた。
「《月光の閃刃》!」
彼女が叫ぶと同時に、指輪から放たれた一筋の光が敵を貫く。銀色の刃は迷いなくリリス族の戦士の胸を穿ち、その体を霧のように消し去った。
「……やりましたね」
柳川が安堵の息を漏らす。
遙は呆然とした。
自分にこんな力があるなんて。
「これは死霊のたぐいでしょう。もたもたしてるとリリス族がやってきます。急ぎましょう」
柳川の声が静寂を切り裂き、遙ははっと我に返った。
——そうだ、急がなければ。
迷っている時間はない。
遙は息を整え、柳川とともに再び駆け出した。足音が石畳に響き、冷たい空気を切り裂いていく。
冥王の石碑は、もうすぐそこだ。
だが、その先に待つものを思うと、遙の胸にわずかな不安がよぎる。
それでも、進むしかない。
二人は暗闇を貫くように、ただ前を目指して走り続けた。
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