【小説】月光の約束 第三話〜月が導く道しるべ〜
第三話 月が導く道しるべ
遥はルナハウスの住所をスマートフォンで調べ、地図アプリを頼りに車を走らせていた。
「私、なんであの本を買ったのだろう……」
数日前のことだった。遥はいつものように近所の古書店「星詠み堂」を訪れていた。私が占星術にハマるきっかけとなった書店で、店に漂う神秘的な雰囲気と、静けさに包まれる時間が好きだった。
ふと足が止まり、遥は一冊の本に目を奪われた。棚の一番下に無造作に置かれていたその本は、表紙が擦り切れており、金の装飾がわずかに輝きを残している。
「これ……?」
手に取ってみると、革張りの表紙には見覚えのない紋章が刻まれていた。月と星をモチーフにしたようなデザインだ。
何気なくページをめくろうとすると、中身は白紙だった。いや、正確にはところどころに薄い文字やイラストが描かれていたが、すべて古代文字のようで意味がわからない。
「それ、お嬢さんが気に入りそうだと思ってね。」
突然、店主の静かな声が背後から聞こえた。
遥は少し驚きながらも振り返ると、店主は優しげな微笑みを浮かべていた。
「月と星に関係する本はあまり珍しくないが、その本は特別だ。なぜだか人を引き寄せる力がある気がしてね。きっと、あなたが持つべきものだよ。」
「特別……?」
遥はその言葉に引き寄せられるように、再び表紙を見つめた。不思議と、この本を持って帰らなければならない気がしたのだ。
「わかりました。これを買います。」
遥がそう言うと、店主は少し嬉しそうに頷きながら、簡単な包装をしてくれた。
「きっとその本は、君に何かを教えてくれるはずだよ。」
その言葉が妙に耳に残ったが、家に帰ってからは特に気にすることなく、机の端に置いていたのだった。
車窓から見える景色は、徐々に街の喧騒から遠ざかり、静かな田舎道へと変わっていく。
木々が生い茂る山道に差し掛かると、薄暗い影が道を覆い始め、遥は無意識にアクセルを緩めた。
「本当にこの道で合ってるのかな……」
車内で流れる音楽を切り、静けさの中で呟いた。森の中から風に揺れる木の葉の音が聞こえるだけで、他に人影は見当たらない。
ふと、道端にぽつんと立つ小さな案内板が目に入った。
木製の古びた看板には、かすれた文字で「Luna House」と記されている。その下に矢印が描かれており、さらに奥へ続く細い道を示していた。
遥は深く息を吸い込み、ハンドルを切る。車が未舗装の道に入ると、タイヤが砂利を踏む音が耳に響いた。
未舗装の道は細く、両脇にそびえる木々がますます視界を狭めていく。昼間だというのに、木漏れ日がかろうじて差し込む程度で、薄暗さが漂っていた。
「本当にこの道で合ってるのかな……」
不安が胸をよぎる。スマートフォンを手に取り地図アプリを確認しようとしたが、画面には「圏外」の文字が表示されている。
「電波が届かないの?」
遥は思わずスマートフォンを握りしめた。しかし引き返す気にはなれなかった。あの本と、夢の中の男性の言葉が頭を離れない。
しばらく進むと、木々の間からぽつりと開けた場所が見えてきた。遥は思わず息を呑んだ。
そこには、夢で見たのとそっくりな古びた洋館が佇んでいた。大きな月を模した装飾が施された門が彼女を迎えるように立っている。その先には広がる庭と、枯れた噴水。建物は時の流れを感じさせる風合いで、窓の一部はひび割れ、外壁の塗装も所々剥がれていたが、どこか神秘的な雰囲気が漂っていた。
「これが……ルナハウス……?」
遥は車を止めて外に降りた。ひんやりとした空気が肌に触れる。周囲には誰もおらず、風が草を揺らす音だけが響いていた。