告白日和
Twitter でやりとりをしていたときになんとなく考えたことを、メモ代わりに記しておきます。
ひより【日和】(1) その日の空模様。 (2) 何かをするのに好都合な天候のぐあい。 (3) 晴天。 (新明解国語辞典 第七版)
朝起きたとき、空に青が広がっているのを見ると、「今日は洗濯日和だなあ」と思ったりします。すると、なぜか「よし、頑張って洗濯しようか!」と気合が入るものです……よね?
言葉って不思議なもので、一度思ったり口にしたりすると、「そういうモノ」として扱い出すようになるんだと思うんです。名前をつけることで枠組みができると言えばいいのでしょうか。
そこの例なら、まず「快晴」→「洗濯するのにいい日」は条件の良し悪しを述べてるだけの話ですが、ひとたび「洗濯日和」と名をつけると、「洗濯をするのが当たり前」に昇格する気がします。「洗濯のための日」「洗濯すべき日」「こんな日に洗濯しないなんて、とんでもない」そんな感じに。
それで「じゃあ頑張ろうか」となる。それは、「快晴だから洗濯をしようか」みたく因果が直結された思考とは異なるものです。間に名前をつけるひと手間があることで、行動までの流れがスムーズになっている。もしくは、より勢いがついている。
洗濯のような家事・雑事は(人によって程度の差こそあれ)面倒なモノです。済ませてしまえばサッパリするのに、取り掛かるのにエネルギーが必要だったりしますよね。「いいお天気だけど、洗濯(雑事)やりたくないなあ」となる。そこに「日和」という言葉が加わると……。今日は快晴だから洗濯日和、これは当たり前。洗濯日和だから洗濯する、これも当たり前。あら不思議、なんの引っかかりもなしに行動にうつりました。
実際そんな単純な話ではないでしょうが、でも名前が付くことで、少なからず思考が誘導される面はあるように思います。
さて、そこで表題の「告白日和」です。こうしてみると、とても素敵な表現ですね。
ことりちゃんと花陽ちゃんの歌うは、好きな相手におもいを告げたくて、今までその勇気が出せないでいたけれど。タブンそんな感じのお話ですよね。
ずっと今のままではいられない。いつかは胸の内を告げたい。待っているだけじゃ、その "いつか" は訪れないんですよ。それはわかってる。だからこれまでだって、思いきって言おうとしたことはあるんだと思います。でもいざとなると、どうにも踏み出せない。
そんな中で、今日こそは!と決意したいとき。たとえば、朝スムーズに起きられた。髪のセットがうまくいった。出掛けに可愛らしいネコを見つけた。とても綺麗な虹が出ていた。別に理由はなんだっていいんです。大事なのは「だから」の後。だから今日は――
告白日和、です!
と、自分で宣言してしまうんです。こんなにいい日なのだから、告白するにはもってこい。今日は告白をするためにあるような日です、と。
それはきっと、勇気を振り絞る強い手助けになるはずです。今まではできなかったけれど、今日は告白日和なのだからきっと伝えられる。それは、大切な一歩を踏み出すために弾みをつけるためのもの。魔法の言葉なんだろうなと思います。
と、いうようなことを考えて、「告白日和」の 4 文字の中に、"昨日までの逡巡" と、とても可愛らしい "今日の決意" を見た気がしたのでした。
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