大阪〜博多600km徒歩の旅(7)岡山県岡山市〜倉敷市
大阪から博多へ 山陽道600km徒歩の旅
第7ステージ
岡山県岡山市〜岡山県倉敷市(18km)
7時半に起きて、部屋で1時間の原稿作業。その後朝風呂に入り、10時にチェックアウトした。今日は歩く距離が短い分、ゆっくりでいいのだ。
岡山といえば、桃太郎。桃太郎といえば、きび団子。「もしかして、どこかできび団子を買えるんじゃないかな?」と思い、調べてみると、「廣榮堂(こうえいどう)」というきび団子の老舗があることがわかった。創業は1856年(安政3年。あの「安政の大獄」が始まるのはこの2年後)で、江戸時代からあるお店だ。本店は岡山市内の「中納言」という平安時代みたいな名前の地区にあるそうなのだが、岡山駅からはちょっと離れているため、またの機会に訪ねたい。
そういうわけで、駅前の高島屋に入っている廣榮堂を訪ねた。きび団子にも抹茶、黒糖、きなこ、白桃などいろんな種類があり、いちばんオーソドックスなものを購入。
あとで宿で食べたのだけど、パッケージがかわいくておいしかった。お土産に喜ばれそうだ。
駅前のスーパーでおにぎりを買って食べ、10時半に岡山駅をスタート。今日は倉敷を目指す。
ぼくはてっきり倉敷も西国街道の宿場のひとつなのだと思っていたが、どうやら違うらしい。江戸時代までの主要道であった西国街道は、岡山〜福山間では倉敷よりも7kmほど北の内陸部を通るようだ。主な宿場町としては吉備津や矢掛町などがあり、そのルートは現在の井原鉄道の路線とほぼ一致している。
でも今回は倉敷を観光したかったから、西国街道を通るのは諦めた。
しかし、Google Mapsが示す最短ルートは、長く新幹線の高架下を通る。見るものは何もなく、耐え難いほどつまらなかった。
だから多少距離が伸びるのを覚悟して、車通りの多い大きな通りに出た。その方がいろんなお店を眺められて、まだ退屈しなかった。
今日はオーディブルで、沢木耕太郎の『深夜特急』を聴くことにした。既に本で読んだことのある、「香港・マカオ編」。沢木さんは文章がうまい。聴いていると、自分が物語の主人公になったように映像が浮かぶ。岡山を歩きながらも、脳裏には数十年前の香港の喧騒と夜の怪しさが広がっていた。
ひと口に「旅の文章」といっても、沢木さんの描き方はぼくとはだいぶ異なる。もちろんぼくの文章にも、何かしらの強みはあるだろう。しかし、つい「それで?それで?」と続きが気になってしまう彼の豊かな物語にふれていると、自分の文章がいかにワンパターンであるかを思い知らされる。もっといろんな書き方を試し、表現の幅を広げていきたい。
倉敷市に入った。お昼はこの辺りで人気らしい「ミスター・バーク」というお店で、ステーキを食べた。たんぱく質と野菜を補給。嬉しい。
そして残り7kmを黙々と歩き(午前と変わらず退屈な道だったので、とくに印象に残ったこともない。おかげでオーディブルが捗った)、15時に倉敷駅に到着した。
今日は距離も短かったし、そこまで脚や肩の痛みに悩まされることなく歩けた。冷静に考えれば18kmという距離は「決して短くはない」のだけど、連日30km歩いていた身からすると、かなり短く感じた。アラスカで暮らしている人にとって、-2℃が幾分か温かく感じられるように。
倉敷ではぼくの好きなドーミーインに泊まる。近年人気ですごく高くなっているのだけど、ラッキーなことに今回は5000〜6000円台で取れた。天然温泉とサウナ付きで嬉しい宿だ。
夜には夜泣きそば(ラーメン)やアイスが提供され、朝にはヤクルトがもらえる。コーヒーのサービスのほか、ここ倉敷では桃ジュースの飲み放題もあった。しかも濃厚でメチャクチャおいしい。さすが岡山。ぼくは以前、ドーミーインを運営する共立メンテナンスのWebメディアで旅のエッセイを書いていたこともあり、余計に愛着がある。
日が暮れるまでまだ少し時間があったので、街を散策することにした。倉敷は大学3年生の夏の自転車旅でも訪れたのだが、そのときは観光する時間がなく、素通りしてしまった。だから有名な「美観地区」を今日初めて歩いてみて、「こんなに素晴らしい場所だったなんて」と驚き、感動した。まるで江戸時代だ。
「炭珈琲 三村」という人気のコーヒーさんへ行ってみると、今日は店内が閉まっていて、テイクアウトもしくは外の椅子で飲めるだけだった。かなり寒かったけど、コーヒーがおいしそうだったので頼むことに。倉敷出身の19歳のお姉さんが丁寧に淹れてくれた、グアテマラのハンドドリップ。うつわも素敵で、おいしかった。
お姉さんに「店内はどんな様子なんですか?」と尋ねると、特別に開けて見せてくださった。室内の「暗さ」と、七輪で焙煎される炭珈琲がこの店のウリだそうで、素晴らしかった。こんな空間で飲んだら、忘れられない薫りになりそうだ。
お姉さんと雑談するなかで、「今は閑散期だけど、年末は混みました。みんな阿智神社に行くから」という言葉を聞いた。
「阿智神社ってどこにあるんですか?」
「すぐそこですよ。この店の裏の、鶴形山にあります」
コーヒーを飲み干して、その阿智神社に行ってみた。17世紀末からある、倉敷の総鎮守(地域の守り神)だそう。
厳かな雰囲気も良かったけど、何より素晴らしかったのはここから眺める夕日の美しさだった。瓦屋根が並ぶ美観地区の古い街並みと夕日を一望できた。
さっきと別の道を通って、ホテルへと戻る。杉玉が目印の森田酒造の建物も古くて立派だった。
残念だったのは、倉敷で楽しみにしていた大原美術館が展示替えのため長く休業中だったこと。先日、原田マハさんの小説『楽園のカンヴァス』に登場して、興味を持った。エル・グレコの『受胎告知』をはじめ、モネ、ピカソ、藤田嗣治、マティス、モディリアーニなどの作品が常設展示されている。また来なきゃな。
夕食は地元の方に愛されている「常盤食堂」で。カキフライ定食は牡蠣が大きくてびっくりした。昨年の東北一周自転車旅ではいろんなおいしいものと出会ったけど、関西や山陽もまた、たくさんのおいしいものがある。日本の食は豊かで素晴らしい。味噌汁には柚子の皮が入っていて、これもおいしかった。
食べながら、テレビを観ていると、ニュース番組で「あん餅雑煮」という香川の郷土料理が紹介されていた。
「学生に香川の郷土料理を楽しんでもらおうと、香川大学で『あん餅雑煮』などが振る舞われました」
というニュースだった。こんな郷土料理があるのか、と思った。あんこを練り込んだ甘い餅を、雑煮に入れるなんて。
ひと通り料理の提供を終えて暇になった店のご夫妻も、常連さんたちと一緒にテレビを観て、賑やかに会話をしている。
「外の人からしたら、奇妙な食べ物だと思うんだろうね」
瀬戸大橋でつながっている岡山県と香川県は、放送エリアが同じになっているようだ。だから岡山のテレビをつけていると、よく香川のニュースもやる。逆も然り。そういう地理的な特性もあって、岡山の人は香川のことについて他県の人よりは詳しいのかもしれない。
店のご夫妻も、常連さんも、このあん餅雑煮を「食べたことがある」と話していた。
でもさあ、とビシッと髪を固めた常連のビジネスマン(40代くらい)が話す。
「オーストリアにも『ウィンナーシュニッツェル』っちゅうカツレツがあるのよ。それは、ジャムつけて食べるんだぜ? マーマレードを」
「ええ!? カツレツにマーマレードを?」と店のご夫妻は驚く。
そうだ、とぼくは彼の背中を見ながら無言で頷く。マーマレードでは食べたことないけど、ぼくはブルーベリーのジャムをつけて食べた。確か、オーストリアのインスブルックで。
「驚くでしょ? でもそれが、意外とイケるのよ」
確かに、意外と合う。悪くない味だった。
「おはぎだってそうじゃん。あれは米だけど、甘くするし。あとクリミア半島に行ったときはさあ、お粥食べたんだよ、お粥。でもさあ、それがバナナ味なんだぜ?」
「え〜、バナナ味のお粥」
「そう! でもそれも結構ウマいのよ」
勢いのある彼の話はおもしろかった。しかしクリミア半島へ行ったなんて、彼はいったい、どんな仕事をしている人なのだろう。風貌から想像するに、海外旅行というよりは、出張で行ったのではないか。聞けなかったから想像するしかないけど。
いずれにせよ、こういう地元の人同士の何気ない会話が聞ける場は、楽しいし学びが多い。その土地のことを吸収するのに良い。ガイドブックなどではわからない、どうでも良さそうでいて意外とどこかで役に立つ情報がたくさん手に入る。
夜は駅前のスタバで原稿を書いた。そしてホテルに戻り、夜鳴きそばを食べ、温泉に入った。明日は一週間ぶりの休息日だから、ようやくひと息つける。
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