本当に強い人間って、やさしいんだ
「どうしてそんなことを思いついたんですか?」
これまで何度か、そう聞かれることがあった。「旅の資金をスポンサーで集める」という発想は、もちろんゼロから生まれたわけではない。きっかけとなったのは、ミキハウスの坂本達さんという人物との出会いだった。
2010年1月14日、大学3年生で就活中だったぼくは、早稲田のリーガロイヤルホテルで行われた、企業の合同説明会に参加した。会場に着き、ぼくは三菱商事と三菱地所の説明会に出たあと、最後にミキハウスのブースに立ち寄った。
子ども服に特段関心があったわけでもないぼくがミキハウスに興味を持ったのには、ある理由があった。それはこの会社に、4年3ヶ月の有休をもらって自転車で世界一周の旅をした坂本達さんという伝説の社員がいることを知っていたからだ。
ぼくは以前、彼の著書『やった。 4年3カ月有給休暇をもらって世界一周5万5000キロを自転車で走ってきちゃった男』を読んだことがあった。最初にこの本を知ったとき、「え? 4年3カ月の有休? そんなことあり得るの?」と衝撃を受けた。そして、「いつかヨーロッパを自転車で旅したい」と思っていたぼくにとって、彼の旅は新鮮で刺激的だった。
ブースにいた人事担当の女性に声をかけて、「ミキハウスに、坂本達さんっていますよね? 彼の本を読んだのですが、本当にすごいなと思って」
するとその方も、「本当にすごいですよね」と言って、坂本さんについての詳しい話を教えてくれた。
坂本さんは社長に、「自転車で世界一周するので、会社を辞めます。自分でスポンサーを募って資金を集めたので心配しないでください」
と言ったらしい。そしたら社長が、
「君がそんなに本気だったとは知らなかった。わかった。行ってきなさい。世界一周している間の給料も今まで通り出す。君が自分で集めたお金も、企業のご好意と思って使いなさい」
そう言って送り出したそうだ。坂本さんもすごいが、社長もすごい。人の夢を応援するって、なんて素晴らしいのだろう。ぼくが就活のことも忘れて感動していると、その女性がこんなことを教えてくれた。
「実は、1月24日に弊社で行われる就職セミナーで、坂本が旅の経験について話す機会がありますので、よろしければぜひご参加ください」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
そのような情報を得て、10日後、ぼくはひとりの就活生として、ミキハウスのオフィスにやってきた。
会場に入るなり、強いオーラを放つ人物を見つけて、「あの人が坂本達さんだ」と思った。自作の名刺を差し出して、「はじめまして、早稲田大学の中村洋太と申します。今日は坂本さんのお話を聴きたくてやってきました」とだけ伝えて、席についた。
案の定、坂本さんの旅の話は、おもしろかった。自転車旅という限定された経験を通じて、人生における普遍的な学びを話していた。その姿に、とても憧れた。
説明会が終わると、なんと目の前に坂本さんがやってきた。
「中村さん、先ほどはお名刺ありがとうございました。これ、私の名刺です」
衝撃を受けた。なんて謙虚な方なんだ、と。この広い会場の中で、ちゃんとぼくの名前と顔を憶えていてくださったのだ。
自転車で世界一周した人だから、野性的で、豪快な性格の方なのかなと想像していたが、実際の印象は、それとは真逆だった。物腰の柔らかい方だった。
そして、ぼくは幸運にも、坂本さんと1対1で話すことができた。
これにも驚いた。無名の大学生であるぼくの目の前にいるのは、冒険家として本も出している、憧れの人物だったから。自転車で5万5000kmもの距離を旅した脅威の人間だ。
ぼくはすべての情熱を注いで坂本さんに質問をぶつけ、お話を伺った。
「旅に慣れてくると直感が冴えてきて、こっちに行けば水があるなとか、この道は危険だなとかがだんだんわかるようになってくるんです」
そのようなおもしろい話をたくさん聞けた。逆に坂本さんも、「ミキハウスに入ったらどんなことをしたいですか?」など、いくつか質問してくれた。
そして話が盛り上がってきたところで、ぼくは意を決して、自分の想いを正直に伝えた。
「これはミキハウスとは関係ないのですが、ぼくも自転車でヨーロッパを一周したいんです」
坂本さんも、真剣な表情になった。
「それで、坂本さんの本に、『スポンサーで資金を集めた』と書いてあったので、具体的にどのようにしたのかを教えていただきたくて、今日ここに来ました」
正直、ドキドキした。相手が相手だけに、「君が考えてるほど生易しいもんじゃないよ」とか、怒られたり、軽くあしらわれたりする覚悟もしていた。
しかし、坂本さんは穏やかに「そうでしたか」と笑った。
「中村さんは、本気でやろうと思っているんですね」
それから約30分間も、貴重なお時間を割いて、ぼくに話をしてくれた。坂本さんが当時、「旅の企画書を作って、企業にスポンサーを募っていた」ということも教えてくれた。
「スポンサー」という言葉について、それまでのぼくは、「よくサッカー選手がCMに出たり、ナイキやアディダスのスパイクを提供してもったりするやつでしょ?」ということしかわからなかった。でもぼくはアスリートでも有名人でもない、ただの無名の大学生だ。そんな自分でも、坂本さんのようにスポンサーをつけることは可能なのだろうか?ということを探ろうとしていたから、彼の生の言葉は、大きなヒントになった。
しかし何よりもうれしかったのは、坂本さんがぼくを「無数にいる就活生のひとり」としてではなく、「ひとりの対等な人間」として、接してくれたことだった。
「本当に強い人間って、やさしいんだ」
と、そのとき学んだ。
それは坂本さんの話し方でもわかった。人を否定するようなことは言わないし、自分の主張を押し付けるようなこともしない。自身の経験と、そこから学んだことを淡々と、実直に話すだけ。その落ち着いた口調にもかかわらず、言葉に重みと説得力があるのは、すべての話が実体験に基づいているからだろう。ぼくはただただ、感心してしまった。
意外だったのは、坂本さんが子どもの頃から、「気の小さい性格だった」ということ。それは大人になっても変わらず、人前で話すのも緊張するし、いつもドキドキしていたという。「世界一周するような人間が、本当に?」 と思った。
でも、あるとき気付いたそうだ。「確かに気は小さいけれど、だからこそ危険を予知する能力と用心深さを持っている。チャンスを見逃さない繊細さもある。だから、気が小さいことはマイナスではないんだ、これは俺の武器なんだ」と。
「とかく人は他人と比べてしまい、自分にないものを見てうらやましく思ったり、自分はなんてダメなんだ、と思ったりします。でも、そうじゃないんです。あれがない、これがない、ではキリがありません。ないものは無限にあります。そうではなく、今自分が持っているものを大切にする。すると、今のままで十分足りているんだということに気付きます」
その言葉を受けた一週間後、ぼくは覚悟を決めて、一歩を踏み出した。
旅の資金はまだない。しかしぼくは、今のままで「足りている」。必ずできるはずだ、と信じた。
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