未上場スタートアップが海外投資家から資金調達する方法(Legal編)
こんにちは!SmartHRで法務を担当しています、小嶋と申します。
早いもので2021年ももう終わりですが、弊社でも今年はシリーズD調達という大きなイベントがありましたので、仕事納めとして資金調達の振り返り記事を書いておきます。
ニッチな内容かつとても長文ですが、いつかお役に立てば嬉しいです!
背景&誰に向けた記事か
海外投資家からの資金調達が増えつつある
2021年は、日本のスタートアップ業界に海外投資家からの資金調達がますます広がった年になりました。
かく言う弊社も、今年の春に海外投資家を主な割当先とするシリーズDの資金調達を行いました。
弊社が初めて海外投資家から資金調達を行ったのは2019年のシリーズC調達でしたが、当時は事例も少なく、担当者として分からないことが多かったので、今後調達を検討される方のためにも書き残しておこうと思います。
読んでいただきたい方
この記事は、海外投資家からの資金調達を検討する未上場スタートアップの法務担当の方やCFOの方に向けて書いています。
ただし、弊社が手探りで調達プロセスを進めた際の気づきを書き残したものにすぎず、プラクティスと呼べるようなものではないことにご留意ください。普段のIR活動の状況、相手方となる投資家、業績や市況など、各社の状況によって進み方は異なると思われます。
ということで、全てが他社にも当てはまるわけではありませんが、一つでもご参考になる記載があれば幸いです。
前置き
この記事で扱うこと
この記事では海外資金調達の中盤〜後半の部分、具体的には、DDから、契約交渉、契約締結、クロージングまでのプロセスについて書きます。
他方で、海外投資家から資金調達をすること自体の pros / consや、海外投資家の探し方やコミュニケーションの仕方など、契約交渉よりも前の部分は扱いません。
(そこについては、弊社のIR担当など別の担当者が記事にしてくれることを期待します!)
また、国内投資家からの調達については、すでに多くの実例や専門家による支援があると思いますので今回は触れません。なるべく海外とのコミュニケーションの部分に焦点を当てたいと思います。
ご留意いただきたいこと
今回の記事は、日本の未上場企業が北米の機関投資家から新株発行による資金調達を行う場合を念頭に置いて書いています。
(上場企業が行う調達や、北米以外の投資家からの調達の場合はまた事情が異なると思われますのでご留意ください。)
また、日米の投資勧誘に関する規制については、日米それぞれの法律カウンセルにアドバイスを受けながら進めることをおすすめします。
資金調達の進め方
さて、前置きが長くなってしまいましたが、以下時系列に沿って流れと担当者の作業を書いていきます。
1)DD対応
まずは、出資者となりうる一定数の投資家のDDを受けることになります。
ただし、いきなりフルのDDが行われるわけではなく、①タームシート(後述)に合意する前に行うややライトなDDと、②主要タームに合意できた後に行う重ためのDD、といったように2段階に分けて実施されることが多い印象です。
具体的には、①まずは財務情報に関する資料を各投資家に提供してバリュエーション等の主要タームを検討してもらい、②リード投資家と主要タームが決定した後で、それ以外の詳細な情報を提供していくイメージになります。
このようにフェーズごとに提出する情報のジャンルと量が異なります。フェーズの進行に合わせて段階的にDDが行われることで効率化が図られていると思います。
DDの提出資料はどんなものか。必要書類リストは誰が用意するか
上記2段階のDDプロセスにおいてどんな書類を提出するかですが、以下のように国内調達の場合とそこまで変わらないと思われます。ただ、範囲は多岐にわたるため、社内の様々な部署にご協力をお願いしながら揃えていくことになります。
DDの提出資料リストは、投資家側から提供してもらうことでも大丈夫ですが、もし発行会社側で一般的なリストをお持ちの場合は、発行会社から提案してみるのも良いかもしれません。
国内調達とさほど変わるものではないとともに、各投資家からバラバラのフォーマットで資料提供を要求された場合には各リストの突合と提出対応が煩雑になるためです。
発行会社が用意したリストに沿ってあらかじめ外部共有フォルダに資料のアップロードを済ませておけば、後から加わった投資家に対しても適宜アクセス権を付与してすぐDDを開始してもらうことができ、スムーズに進行することができます。
なお、相手が海外投資家であるため、提出に当たって各資料を英訳する必要は生じます。
ただし、限られた社内リソースで全ての提出書類を英訳するのはおそらく現実的でないため、投資家が直接確認したい業績関連の資料だけを英訳し、それ以外の資料については投資家側に日本人の法律カウンセルをアサインしてもらって、そのカウンセルに確認してもらうなどの対応ができると効率的かもしれません。
Legal DD
資料提出とは別で、投資家側の法務担当者やカウンセルから法令遵守の状況や権利関係についていわゆるLegal DDを受けることも多く、発行会社の法務担当者が対応します。
英語でのMTGになることも多いですが、私のように英語が得意でない場合でも通訳の方に入ってもらうなどすれば問題なくクリアできるかと思います。
2)リード投資家の選定
初期的なDDを進めつつ、出資者候補がある程度出揃ったタイミングで、そのラウンドにおけるリード投資家を決めるのが望ましいと考えます。
リード投資家を決めることの手続上のメリット
上場企業の資金調達では、証券会社が引受業務(発行会社が発行した株式をすべて一括で買い取ってくれる業務)を行ってくれるため、契約交渉も証券会社との間でのみ調整するというシンプルなプロセスとなります。
しかし、未上場企業の場合はそのような仲介者が存在しないのが一般であるため、複数投資家からの調達を行う場合は、全ての投資家との間で契約交渉が発生しうる状況になります。
投資家ごとに検討して頂けるスピードも異なるため、各当事者のニーズや交渉結果を契約に反映しながら1通の契約書を作成するのはとても難しい作業です。
英語でのコミュニケーションだとさらに時間がかかるため、海外からの調達の場合はこの個別交渉の工数が何倍にも感じられます。
そこで、交渉コストを低減しつつクロージングまでの期間を短縮するためにも、早めの段階でそのラウンドを主導するリード投資家を決定し、契約条件は主にリード投資家との間で定めていくスタイルがベターだと考えています。
その上でそれ以外のフォロー投資家との関係では、基本的にリード投資家との間で合意した条件にてラウンドに乗っていただけるようお願いしております(いわゆるTake it or Leave it)。この進め方をすることで調達プロセスをスピーディーに進めることが可能になります。
なお、契約プロセスの効率化以外にもリード投資家を選定するメリットは多いのですが、今回は割愛させて頂きます!
3)タームシートの交渉
リード投資家が決まったら、いよいよ契約書作成のフェーズに入っていきますが、先に主要な契約条件を記載したタームシートの交渉から始めるのがベターです。
タームシートの内容は?
この点も、国内調達の場合と大きくは異ならないと思いますが、一般的には主に以下のような主要条件について合意することになると思われます。コア部分を合意しておくことにより、その後の契約交渉がスムーズに進みます。
タームシートは誰が用意するか
タームシートについても、初の海外交渉だとどちらから提案するのか迷いますが、結論としてはどちらから提案するパターンでも大丈夫と思います。
ただ、もし発行会社側で過去の調達等で使用したタームシートがある場合には、それをベースに作成したほうが投資契約書や株主間契約書にも反映しやすいため、発行会社側から提案してみてもよいのではないでしょうか。
なお、投資家側からタームにコメントが入った場合、その内容が日本の会社法や証券取引所規則との関係において有効かについてはよく吟味する必要がありますのでご注意ください。
4)契約書のドラフトと契約交渉
コアなタームが合意できたら、いよいよ契約書の作成です。
誰がどのようにドラフトを作るか
上場企業のグローバルオファリングとは勝手が異なるので初回は非常に迷った部分でしたが、結論としては、発行会社側でドラフトを作成すべきと考えています。
なぜなら、仮に海外投資家側で作成してもらう場合、おそらく海外法をベースにしたドラフトが提供され、その全ての内容について日本法上有効かを検証する必要が生じ、多大な時間的・金銭的コストがかかってしまうためです。
未上場企業の限られたリソースでは、このスタイルを前提にプロセスを進めることはなかなか難しいように思われます。
言語は?準拠法は?
相手が海外投資家であるため英文のドキュメントは当然必要となるのですが、契約上は日本語版をオリジナルとすることが可能という肌感を持っています。英訳もミラーで作成しますが、あくまで日本語版がオリジナルという建て付けです。
この点、もし両言語をオリジナルをする場合には、英語版のレビューにさらに多くの時間とコストが必要となってくるかと思います。
そして、契約準拠法についても、未上場フェーズにおいては日本法準拠とすることを受け入れてくださる投資家はいらっしゃるという認識です。
このようにオリジナルを日本語とし、準拠法も日本法とすることにより、過去の国内調達の契約書をベースにドラフトすることが可能となるため、発行会社の法務担当者の作業が大幅に削減されます。
英訳はどのように用意するか
投資家側に読んで頂くためにもちろん契約書の英訳は必要となるため、多大な翻訳作業は発生します。
(繰り返しになりますが、オリジナルが英語で海外法準拠の契約書を作成するケースに比べればかなり省力化できているとは思います。)
なお、翻訳作業を内製でやる必要はなく、翻訳業者や法律事務所に翻訳をお願いし、社内の担当者はそれをざっとレビューするというスタイルでよいと思います。
ただ、翻訳自体に数週間の時間がかかり、担当者がそれに目を通すのにさらに時間がかかりますので、早い段階で過去の契約書を翻訳に出しておくことをおすすめします。
交渉の進め方
そうやって1stドラフトが出来上がった後は、日英の両ドラフトを同時に回覧しながら交渉を進めていきます。
より省力化したい場合は、英語版ドラフトだけを回覧して英語のみで交渉し、内容がまとまった段階で日本語版に反映して和英を完成させる方法でも結構です。
なお、日本のレギュレーションやニュアンスについて複雑な説明をしなければならないことも多いため、この際も相手方に日本法カウンセルが就いていてくださると非常にスムーズに進めることができます。
契約の種類
どんな種類の契約書を作成するかについては、国内調達とそこまで変わらないため、今回は詳細を割愛します。
投資契約書、株主間契約書、総数引受契約書などが基本ですが、もし近い将来に株式上場をご検討されている場合は取引所の定めるロックアップ確約書の締結も必要となりますのでご確認ください。
また、個別の投資家との間でサイドレターの締結をするケースもありえます。
例えば、前述のようにフォロー投資家が全体の契約内容にコメントする機会がなかったという状況を前提に、とはいえファンド内で必須のレギュレーションがあるため、その遵守のために特別に覚書を締結するケースなどが考えられます。
5)社内決議(取締役会・株主総会)&サイニング
クロージングに先立ち、会社法及び社内規程上必要な社内決議をとるのも法務担当者の重要な仕事です。
国内調達と同様のプロセスなのでここでは割愛しますが、外部の専門家や株主総会・取締役会事務局とも連携しながら、あらかじめスケジュールを立てて進めておきましょう。
契約書がFinal化でき、必要な社内決議が履践できたら、いよいよ契約締結(サイニング)を行います。
6)外為法の事前届出
日本の企業が外国投資家から出資を受ける場合、外国為替及び外国貿易法(外為法)における対内直接投資であるとして、投資家側において事前届出が必要となるケースが多いため、海外調達の際はあらかじめ外為法をご確認ください。
2019年8月の外為法改正によって、いわゆるIT系のスタートアップ企業が行う可能性が高い業種(情報通信サービスに関連する業種など)が規制対象業種に多く追加されたため、海外投資家が日本のスタートアップ企業に投資する場合は必ず事前届出の要否を検討する必要があると思われます。
届出義務を追うのは外国投資家なので、基本的には投資家主体で進めるべきプロセスではありながら、以下の理由から発行会社の担当者もかなりプロアクティブに動く必要があると考えています。
日本法カウンセルが就いていない場合には、外国投資家側が外為法の内容を知らないおそれもあること
規制を知っていたとしても、発行会社の事業が事前届出業種に該当するかどうかは、会社の実態をよく知る者でなければジャッジできないこと
事前届出が必要な場合、全ての外国投資家が事前届出を行った上で、その後2週間〜30日間の取引禁止期間を経過してからはじめて取引(つまり新株発行)が可能となるため、全ての届出がスムーズに行われない限りクロージングを迎えられないこと
特に上記2点目のジャッジの部分においては、発行会社の事業が事前届出対象業種か否か、仮に対象であったとして届出免除制度が利用できるかなど複数の検討ポイントがあるため、各投資家間で判断がずれてしまうおそれもあります。
しかし、各投資家の間でジャッジや届出内容が異なってしまうと、いずれが正しいか分からなくなるため、当局内における内容確認が長引いてしまい、結果的に最短でのクロージングを目指せなくなるおそれがあると思われます。
したがって、発行会社としては、各投資家に提供する情報を揃えつつ、各投資家が事前届出の要否や内容について同一のジャッジをしてくれているかを見守るようにしたいところです。
7)クロージング
外為法の事前届出を経て、無事に取引可能日が到来したら、いよいよクロージング(着金と株式発行)です。
まずクロージングの回数についてですが、同じ調達ラウンドにおいてクロージングが複数回に別れることは少なくありません。
赤字のスタートアップにおいては決まった時期までに一定の資金を確保する必要がある一方で、投資家ごとに投資検討のスピードが異なるためです。
法務担当者としても、社内のキャッシュ残高とそれがいつ頃まで持ちそうかを把握した上で、まずはリード投資家と検討が早いフォロー投資家との間でのみ1stクロージングを行い、それ以外のフォロー投資家には2ndクロージングの機会を設けて投資をしていただくなどの工夫が柔軟にできるとよさそうです。
なお、海外からの送金の場合、国内送金よりも多くの手数料(為替や送金手数料等)がかかるため、事前に送金元や払込先となる金融機関との間で手数料の内容を確認しておくことが重要です。
この事前確認を怠ったまま各担当者の任意で送金手続を行ってしまうと、発行会社の口座まで着金したときには払込価額に足りない金額しか入っていないというケースも起こえますのでご注意ください。
また、先ほどの外為法との関係では、無事にクロージングが完了した後には、外国投資家側で実行報告書の提出も必要となる点にご留意ください。
さらに、株主名簿の書換事務も忘れないようにしましょう。株主間契約において、書換後の株主名簿の写しをすぐに株主に共有すべき旨が定められていることもありますのでご確認ください。
8)登記
通常の新株発行と同様ですが、2週間以内に登記申請を行います。
募集事項として払込期間を定めたか払込期日を定めたかによっても起算点が異なるため、外部の専門家と相談しながら申請を行ってください。
また、登録免許税の支払いがすぐに必要になるので、経理部門には事前に連携しておきましょう。
海外調達では調達金額が多額になりがちで、登録免許税も社内で今まで見たこともないような高額となりますので、事前連絡なしで急に手配してもらうのは難しいと思われます。
どのくらいの期間と人員が必要か
以上が大まかなプロセスですが、それを進めるためにどれくらいの期間とリソースが必要となるでしょうか。
期間:最短3ヶ月くらい
期間については、外為法の待機期間なども踏まえると、DDからクロージングまでで、最短でも3ヶ月程度はかかると思われます。
もし投資家ごとに検討タイミングがずれて1stクローズ、2ndクローズと複数回に及ぶ場合は、もう少しかかりそうです。また、DDよりも前の工程についても別途時間を要しますのでご留意ください。
人員:最低2〜3名くらい
社内のリソースとしては、以下のような形で最小でも2〜3名が必要かなと考えています。コアとなる担当者は、2〜3ヶ月間ずっと資金調達タスクを行っているようなイメージです。
最後に
長文になりましたが、以上が海外調達をやってみて気づいたもろもろです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
まだまだ書ききれていない部分もありますので、実際に海外調達をご検討されているご担当者の方で、もしわからない点がありましたら、お気軽にご連絡頂ければと思います。
また、今後も法務が積極的に会社の成長を支えていきたいと思っており、そのためにさらに組織を拡大していく予定ですので、もし弊社法務ポジションにご興味のある方がいらっしゃいましたら下記からお気軽にご連絡ください。
さらに、ちょうど昨日新たにIR担当の求人もオープンしました。弊社のIRにご興味持って頂ける方もぜひご応募頂ければうれしいです。
それではみなさまよいお年をお過ごしください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?