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ツーリング日和4(第12話)逃避行再開

 犬山から国道四十一号線に行って、これからいよいよ飛騨だ。コトリさんたちのバイクは高速走れないからね。国道四十一号線は飛騨川と高山本線と並行する道だけど、クルマこそ多いけど信号が少ないから快適だ。

 飛騨に向かうだけあって両側に山がある谷間みたいになっているけど、いかにも山国に向かっている感じが良いかな。もっともクルマの後ろを走ることが多いのがマイナス。これは仕方ないよね。

 でもそういう走り方は下道ツーリングの基本だし、先導するコトリさんは気にもせずにノンビリ・ツーリング。もっともあのバイクじゃ飛ばしたくて飛ばせないだろうな。でもね、こういうのも楽しいかも。

 クルマのドライブとバイクのツーリングは楽しみ方が違うと思うのよ。よく風を感じてって言うけど、目の間に広がる風景をより楽しむのがバイクだと思ってる。クルマからだって見えるけど、バイクの方がよりダイレクトな感じがする。

 もちろんバイクだって飛ばしちゃったら、風景なんて見る余裕がなくなるけど、コトリさんのペースは風景を楽しむのにちょうど良いぐらいだ。下道ツーリングは飛ばしたくても、すぐにクルマに引っかかるけど、それでも飛ばしたがるのはいる。

 そう走るのは勝手だけど、ペースは結局あんまり変らない気がする。無理してクルマを追い抜いても、信号で並んじゃうみたいな状態。なにかそんな事をお見通しでコトリさんはペースを作っている気がするよ。

 今日みたいにノンビリ流すツーリングはアリだと思う。サークルでのツーリングでは他のバイクに付いて行くのに懸命だけど、これだけノンビリだと運転に余裕があるものね。余裕があれば風景を楽しめるだけじゃなく、肩に余計な力が入らないもの。

 でもだよ、高速をまったく使えないハンデは大きいよな。小型バイクで飛騨を目指すコトリさんたちは根性があると思うもの。いくら下道でも小型で長距離・長時間のツーリングは辛そうだもの。たしか神戸から来たと言ってたけど、長浜までどうやって来たのかと思ったぐらい。

 一緒にツーリングになって先導するのはコトリさんが多いかな。時々交代するけど、道が難しそうなところはコトリさんで良さそう。でもコトリさんはよく迷わないな。だってナビ積んでいないんだよ。今どき、これだけの長距離ツーリングをするのにナビ無しなんて信じられないもの。短距離だってナビに頼る人も多いのにね。

 もっとも全然使わない訳じゃなくて、休憩に入ったらスマホを取り出して位置確認はやっている。それに紙の地図も持っているんだ。

「ああそれか、ホンマに迷たら、大きい地図が欲しいからや。スマホの画面は小さいからどこにおるかわからん時があるねん」

 それはわかる気がする。ナビの使い方も様々で、ブルーツースやイヤホンでクルマのように音声の道先案内をさせてる人もいる。次の信号を右に曲がりますってやつ。そういう使い方が悪いと言わないけど、位置確認だけに使っている人も多い。

 おおよそのルートを頭に覚えておいて、要所要所で現在地を確認するぐらいかな。ユリもそんな感じで使うけど、この方法だと時に大間違いをやらかすんだよ。そう道を間違えてしまうんだ。

 道を間違うのはツーリングの定番みたいな面もあるけど、大間違いで迷子状態になってしまう原因は思い込み。正しい道を走ってると思い込んでるから、気づいた時にはここはドコ、私は誰状態になっちゃうの。

 ナビで現在地はわかるけど、そこがどこかがわからないし、そこから目的地への行き方も困るみたいな状態だよ。そりゃ、来た道を戻れば良いようなものだけど、そうしたくないのが人情だものね。

 可能な限り逆戻りを避けたいものだから、迷ってる地点から目的地への最短ルートを探そうとする。そのためには迷っている地点と目的地の位置関係を知らないといけないのだけど、これをスマホの画面でやるのは厄介なところがある。縮尺こそ変えられるけど、広く見ようとすれば小さすぎるんだよね。

「それな、曇りの日やったら東西南北もわからん時があるからな」

 それあるあるだ。道を間違えてなくても、初めての道で合っているか不安を感じる時もあるんだ。そういう時は地名とか、目標物で確認するのだけど、とにかく初めての道だから、当たり前だけど見覚えなんてあるはずない。

 そういう時にどっち向いて走っているかを確認するのはある。でもね、これが案外難しいんだよ。曇りの日もそうだし、林間コースでもそう。晴れてたって何度も曲がったりしたらホントにどっちに向かって走っているのかわかんなくなるのよね。

「コンパス付けてる人は少ないもんな」

 そりゃ、スマホにコンパス機能があるからだと思うけど、走りながらグローブでスマホ操作は容易じゃないし危ないよ。そんなお手軽に切り替えられないってこと。だったらバイクを停めればすむ話のはずだけど、

「なかなかせえへんやろ」

 そうなのよね。ユリはツーリングのためにバイクにコンパスがあっても良いと思ってる。あればさっと確認できるじゃない。まあナビに頼りっぱなしの人も多いから、わざわざ付けないんだろうな。

 なんかノンビリ・ツーリングで気持ちもノンビリしていたんだけど、バックミラーに映ったクルマを見て背筋に冷たいものが走ったんだ。あの黒塗りクルマを忘れるものか。昨日は振り切るのに必死だったもの。まさかこんなところで出会うとは。

 どうしよう。ユリだけなら振り切れるかもしれないけど、コトリさんたちでは無理だ。ユリだって大変だったもの。あのクルマは普通じゃない。だって速度制限とか、車間距離を無視して走るんだよ。ここはまず相談を、

「そういうことか。それやったらコトリが先導する。ユリはコトリの後ろに、ユッキーはしんがり頼むで」
「らじゃ」

 えっ、えっ、小型のバイクでどうする気なの。

「ユリ、ちょっと飛ばすで。付いて来てや」

 ユリは幻を見ているのかと思ったもの。コトリさんはクルマをバンバン追い抜いていくのよ。それもだよ、あれなんなの、どうして小型にあんな加速が出来るのよ。ユリもコトリさんに付いてくのに必死だ。

 あの黒塗りのクルマも追いかけてくるけど、やっぱりクルマでは同じように追い抜くのは難しそう。というか、コトリさんが追い抜くタイミングが絶妙で、ユッキーさんまでは付いて来れても、黒塗りのクルマになると対向車で出来なくなるんだ。

「コトリ、メットも買い替えておけば良かったね」
「そうやけど、正体もわかったやんか」

 謎のクルマの正体がわかったって! これ以上は聞く余裕がなかったけど、一時間もしないうちに下呂温泉に到着。今日の泊りは下呂温泉かな。それにしては到着時刻が早すぎるけど、

「下呂温泉合掌村でも寄るの」
「いや、温泉を楽しむ」

 どういうことか思っていたら、温泉街に入って、なにやら探している様子。

「適当に走っても見つかりそうなものやけど」
「あれじゃない」

 連れて行かれたのは足湯。なるほど温泉を楽しむってこういう事か。でもさぁ、でもさぁ、そんな事をしている場合じゃないよ。

「ちょっとした目くらましや」

 コトリさんが言うには、黒塗りのクルマにユリたちが反応したのは誰でもわかるって。そりゃそうだけど、

「こういう時の逃げる方の心理や」

 走ってる方向から、今日はどこかに泊まろうとしてるのは丸わかりだって。そこが今日の目的地になるのだけど、目的地に着くまでに振り切ろうとするはずというのよ。言われてみればユリもそうしようとしてた。

「目的地は時刻からして下呂温泉とは考えられへん」

 チェックインにも早いよね。そうなると下呂からさらに走っての宿になるけど、

「ありすぎるんや」

 この時間帯なら高山も余裕だし、高山周辺の温泉も候補にあがるものね。

「そやから下呂なんかに目もくれずに高山に走って行くやろ」
「あっちだって偶然見つけただけだろうし」

 偶然? そうだよね。ユリが飛騨に向かってるなんて知り様がないはずだし。

「明日になれば変わるかもしれんが、一台やったやろ。見失ったっらもともとの目的地に向かって今日は終わるはずや」

 説得力はあるけど、そんなに上手くいくのかな。でもコトリさんを信用しないと宿代なんかないから野宿になるものね。でも足湯はバイク乗りにはありがたいな。温泉も入浴になったら手間と時間がかかるけど、足湯なら手軽だし、気分だけでも温泉気分になれるもの。

「風情がイマイチだけど下呂温泉だから許してあげる」

 コトリさんたちはノンビリ足湯を楽しんでいたけど、黒塗りのクルマは現れなかった。なんと三時まで下呂温泉で足湯巡りをやってから出発。ユリはそれでも虱潰しで探される可能性も思い浮かんじゃったのだけど。

「相手は警察ちゃうで」
「そうよ、犯罪者として追われているのじゃないし」

 そのはずなんだけど、あの黒塗りのクルマの連中はヤバい奴にしか思えないのよ。ヤクザとかマフィアとか。

「その話は今晩聞かせてな」
「わたしたちは旅の仲間よ」

 それにして落ち着いてるのに感心する。ここまでユリに関わったらトバっちりは飛んでいくレベルのはずなのに、まるでゲームで遊んでいるみたい。

「旅にアクシデントは付き物よ」
「そうや。旅って日常から離れる事やんか。ヤクザやマフィアとの追いかけっこも刺激になって楽しないか」

 楽しくない。

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