ツーリング日和4(第17話)パフォーマンス
ユリたちの出番はコウさんの演奏の最後の曲に乱入して強引にセッションにしてしまうらしい。ホントにそんな事をやっても大丈夫かと念を押したんだけど。
「国際親善のためや」
どこがだ。やがてユッキーさんがワゴン車から先にホテルに向かい、
「ユリ、そろそろ行くで」
「何曲やるのですか」
「最後の千本桜だけ」
はぁ! これだけ準備して、待たされてそれだけ。そもそも千本桜ってなんだ。三味線の曲か。
「コウの役割は昼食のBGMみたいなもんで静かなクラシックが中心やねん。そうしておいて、最後にサプライズや」
おエライさん相手によくやるよ。それもだよ主賓のヨーロッパ人は貴族だと言うじゃない。そんな貴族相手に得体のしれない千本桜はどうなんだろ。
「そやからこそ和風の歓迎やって」
ワゴン車が車寄せに回り、下りたんだけど目立つ、目立つ。玄関からロビーに入り大広間に行く間も目立つ、目立つ。大広間の前まで来たら、中からピアノの音色が。やがて曲が終り拍手があったところで、
「行くよユリ」
まずユリが大広間の扉を開き、そこからいきなりコトリさんの三味線演奏が始まった。会場の人が一斉に振り向いたけど、視線が痛いよ。コトリさんは歩きながら演奏するのだけど、なんだよこの曲。
とにかく高速演奏なんてものじゃない。津軽三味線も速いけど、もっともっとハイピッチじゃない。こんなもの良く演奏できるものだ。そしたらコウさんがピアノで合わせて来たんだよ。よくこんなものに合わせられるな。つうかよくこんな曲を知ってるものだ。
コトリさんとその後ろでスピーカーを抱えるユリは、コウさんのピアノに近づいて行ったんだけど、なんとだよコトリさんが歌い出したんだ。あの高速三味線を弾きながらだよ。
「♪大胆不敵にハイカラ革命、磊々落々反戦国家・・・」
すんごい声量だ。マイクなしなのに大広間に響き渡るじゃない。歌の部分が終わるとヒョイと三味線を渡されて、コトリさんはコウさんと連弾に。こういう部分ってピアニストならアドリブを入れるはずだけど、元の曲を知らないからわからないな。
でもだよ、二人の体が左右で入れ替わるぐらいのパフォーマンスだから、相当なアドリブになってるはず。コウさん相手にコトリさんはあれだけ弾けるんだ。それにしても激しい曲だ。
再び歌詞に入るとユリから三味線を受け取って演奏しながらの熱唱。声だけで会場を圧してる感じ。曲は進むほどさらにピッチが上がり、三味線とピアノが鎬を削り合ってるよ。ここから怒涛のフィナーレになって終わったと思ったんだ。
そしたらコトリさんは再びユリに三味線を渡してきた。コウさんも一転してスローな演奏に変り、コトリさんは腰に差していた扇子をパラリと広げて優雅に舞いながら、
『♪此処は宴、鋼の檻。その断頭台で見下ろして』
こんな声が人間に出せるかと思うほど響いたんだ。歌い終わったコトリさんは、
「これはこれはウィーニス伯爵閣下。遠路はるばる日本にようこそ。心づくしの歌で歓迎させて頂きました。そのお代と言っては失礼ですが、ユリアの母は返して頂きます。お土産にされるのはあきらめて下さいませ」
これってドイツ語だ。意味はこんな感じでたぶん良いはず。そしたら勲章みたいなのをテンコモリ付けた白人が立ち上がり、
「・・・なにをしておる。あいつを捕まえろ」
たぶんこんな意味だと思う。第二外国語だからこの辺が限界。もっとしゃべってるのだけど、わからないよ。そしたら衛兵みたいな格好をした大男がこっちに来るんだ。コトリさんは扇子を畳んで、襲い掛かってくる大男を、
『ビシッ』
殴り倒しちゃったんだよ。どうして扇子で殴り倒せるか意味わからないけど、
「ユリ、用は済んだから撤収や」
コトリさんは着物なのに襲ってくる大男たちを次々に殴り倒しながらロビーから玄関へ。それもだよ、乱闘って感じじゃなくて、まるで舞い踊ってるようにしかみえないよ。なんて強いんだ。まさに大人と子どもだ。車寄せにはワゴン車が回されてたんだけど、
「ユリ、先に乗っといてくれるか」
「コトリさんは」
「もうちょっと蹴散らしとく」
そこにウィーニス伯爵も駆けつけて来たんだけど、
「・・・抜刀を許可する」
こんな意味だと思う。そしたらサーベルを抜いたんだよ。ここはどこの国だ。日本だぞ。それもホテルの玄関前だし、映画の撮影でもないぞ。そしたらユッキーさんが、
「コトリ、手伝おうか」
「いらん。すぐ済む」
突っ込んでくる衛兵のサーベルと扇子が絡むと、どうなってるかわからないけどサーベルは宙に飛ばされて、衛兵のヘルメットが凹むぐらいの一撃を加えてた。あっという間に、残っていた衛兵たちが倒されて、
「伯爵、日本のチャンバラを楽しんで頂けましたか。では、さようなら」
コトリさんがワゴン車に乗り込むと直ちに発進。後ろに寝かされてるのはお母ちゃん。
「ユリ、クスリで眠らされてるから、目覚めるまで待ってあげてね」
生きてた。間違いなく生きてる。お母ちゃんの手を取って泣いた。こんなに酷いことをするなんて許せないよ。
「着替えるよ」
あれってどういうヘア・セットになってるかわからないけど、コトリさんが簪を抜くと髪が解けて、
「あんな髪じゃメットを被れないからな」
えっ、あれだけの騒ぎを起こしたのにツーリーングを続けるとか。
「当たり前やんか。そのために休みを苦労して取ったんや」
「そうよ、そうよ」
冗談でしょ。でも冗談じゃなかった。ワゴン車は市立図書館の駐輪場に戻り、
「ユリはお母さんに付いときなさい。今日の宿まで送ってくれるから」
「バイクはなんとかしとくわ」
今日の宿までの間に運転手さんに少し話を聞いてみた。まずだけど、これだけの騒ぎになるのを知っていたかって。
「そのために選ばれています。たとえ命に代えても送り届けますからご安心を」
なんだよ、それ。でも話してくれたのはそれだけ。後は何を聞いても、
「私の口からは申せません」
でも一つだけ教えてくれた。
「あのお二方が味方になってくれたら、なにも心配する事はありません」
あの二人は何者だ。だってだよ、あのパフォーマンスのためにいくら払ったか考えただけでも怖くなるぐらい。そんなことより、チャンバラ騒ぎをした相手は日本人じゃないよ。外国人だし、それも国際会議の出席者で国を代表して来てるんだ。
それを相手に乱闘騒ぎを起こしたんだから、それこその国際問題じゃない。それなのに運転手さんは平気な顔をしてるのよ。これを心配するなと言われたって心配しかないじゃないの。
でもね、でもね、お母ちゃんを取り戻してくれたんだ。これは素直に感謝する。あんな連中に捕まったままじゃ、あのまま母国まで連行されるか、それこそ始末されかねないよ。お母ちゃんも途中で目を覚ましてくれて、
「ユリ、これは・・・」
「お母ちゃん、助かったんだよ」
お母ちゃんも混乱してたんだけど、やっと状況がわかった来たみたいで、二人で泣きまくったもの。お母ちゃんにコトリさんとユッキーさんの話をしたのだけど、
「・・・そのお二人は小型バイクでツーリングしていて、ユリのバイクより速かったんだよね」
そうだよ。
「神戸から来た二人組だよね」
そう言ってた。
「若くて綺麗だったんよね」
そりゃもう、女から見てもあれだけの美人はまず見れないと思う。ありゃ、美しいのレベルを超えて神々しいになると思う。そしたら、お母ちゃんはしばらく考え込んで、
「ま、まさか、そんなことが・・・」
それだけ呟いて考えこんでから、
「ウィーニスに訪れるのは常世の闇になる。嘆く唄など耳に届かない」
新作はサスペンス仕立てにでもするのかな。でもあれじゃないよな、美人スパイが捕まってレイプされるやつ。だったらエロ・サスペンスになるけど、エロ・サスペンスって話として成立するのかな。