運命の恋(第16話)二人の過去
「だいぶ苦労したんだから」
マナは小学校時代の二人を知る者から情報をかき集めてくれていた。だが小学校でも接点は無さそうだと言うのだ。
「そりゃ六年間もあるからクラスメイトになったこともあるけど、幼恋が芽生えそうな四年から六年ぐらいはクラスは別なのよ。というか、同じだったのは二年の時だけ」
小中九年間でたった一回だけか。
「理子は小学校でも地味だったらしい。低学年の頃ははっきりしないけど、高学年からは同じだったようよ」
小学校時代は美少女だった可能性は無しか。
「面白かったのは今泉君だよ。今泉君は高学年の頃には既にイケメンでアイドル的な存在であったのよ」
それから今に至るだけじゃないか。
「それがね、低学年の頃は違ったの。かなり太っていて運動も出来なかったらしいのよ」
へぇ、あの今泉がね。今泉が変身したのは小三の時にダイエット目的もあってテニス・スクールに入ってかららしい。なるほどテニスは筋金の入りのわけだ。
「まさか、小二の時のデブだった今泉が同じクラスの諏訪さんに幼恋をしたとか」
「そう言うと思って調べといた」
デブと陰キャ女は釣り合いは取れてると思われるかもしれないが、ボクも陰キャだからわかるけど、陰キャ同士はつるまないんだよな。というか、自分がデブでも陰キャ女なんて恋愛対象に考えもしないぐらいだ。
「理子は保育園じゃないの」
「だったら幼稚園か」
「そうよ今泉君と同じ幼稚園」
マナも今泉が幼稚園なのは知っていたみたいだが、諏訪さんは保育園だと思い込んでいたみたいだ。だから小学校までは接点はないと思い込んでいたみたいだけど、幼稚園が同じなら接点は生じる事になる。
「やっと知ってる子がいたから聞けたのだけど、幼稚園時代の今泉君はデブすぎて、みんなから相手にされなかったそうなのよ。本当にデブで、他の男の子の遊びに付いて行けなかったかららしいのよ」
卒園アルバムから取った画像を見せてくれたけど、こりゃ、確かに豚マンとか肉団子と呼ばれても不思議無いデブだ。
「そんな今泉君の唯一の遊び相手が理子だったんだって。この頃の理子は可愛かったのよ。ほら生活発表会で白雪姫をやった写真よ」
へぇ、こりゃ可愛いよ。この頃からコスプレイヤーの素質があったのかもしれない。他にもクリスマス会での写真や、音楽会の写真もあったけど、幼稚園児とはいえ飛びぬけているのがボクにもわかるくらい。
「となると小二で諏訪さんに再会した今泉が一念発起したとか」
「この辺は推測になるけど、経過からして可能性はあると思うのよ。前も言ったけど、今に至るまで今泉君は一人も彼女を作っていないもの」
話の辻褄は合う気がしたが、それにしてもだよな。だってだよ、まだ幼稚園児だぞ。そしたらマナはふと寂しそうな顔をして、
「幼稚園児でも恋するよ。でもジュンちゃんの意見の方が正しい気がする。幼稚園児の恋と高校生の恋は違うものね」
マナは何かを想うように、
「幼稚園児でも友だちにはなれるでしょ。それが同性なら幼馴染の友だちとして続いて行くのはあるじゃない」
たしかに。ボクには出来なかったけど、あの頃の友だち関係が続いていたら幼馴染の友だちが同級生にいたって不思議無いと思う。マナだってそれに近いものな。
「それが異性だったらってことよ。同性と異性とでは友だち関係は年齢と共に変わるよ。いつまでもタダの友だちでいられるかってこと」
「それって今泉が幼稚園の時の友だち関係を恋愛感情に変化させたってことか」
「マナツはそうだと思うよ」
幼稚園時代の諏訪さんはお姫様のように可愛い女の子だった。これが陰キャ女に変わったのは小学校の高学年にはそうなっている。どこで陰キャ女になったのかは、はっきりしないところもあるけど、今泉が小二で再会した時点ではまだ美少女だった可能性はあるよな。
だがそれでも小学生じゃないか。それも低学年だぞ。そんな時に恋愛感情なんて抱くだろうか。
「ジュンちゃんの恋愛はオクテだからね。それでも早ければいるよ。もちろん高校生の恋とは違うけど、幼稚園よりは成長してるかな」
ボクが恋愛オクテなのは置いとくとして、早い奴なら友だちから淡い恋心に変わるのもいるとマナは言うんだよ。同性とは違う異性の友だちの意識が混じって来るとか。この異性の意識が恋の始まりだってさ。
「じゃあ、今泉は小二の時に」
「その辺の最後のところは、本人でないとわからないけど」
それでも今泉が見初めるとしたら、幼稚園から小二ぐらいまでのはず。小三からダイエット目的もあってテニスを始めたのも、なんらかの連動をもって考えるべきだろうな。
「そうそう今泉君もデブだったからイジメられてたって。まあ、そうなるよね。小三になってダイエットに励んだのはそれもあったで良いと思うよ」
なるほどそうか。だから今泉はイジメに加担しないどころか止めに入ろうとするのか。かつての経験者だものな。
「でも謎に満ちてるよ。小学校の高学年になると今泉はイケメンになったのはともかく、どうして諏訪さんは陰キャになったんだ」
「それも調べようがなかった」
二人はある時期から対照的な変貌を遂げてしまったとしか言いようがない。それで二人に何も起こらなければ、そういうものだで済ませても良いが、そうじゃないから困る。小二から先は同じ学校とは言え、クラスも違うし、そこで恋が成長する余地はない気がする。
逆のパターンならまだわかる。不細工だった幼馴染が中学なり高校でサナギから蝶に変わったのに惚れるやつだ。子どもの成長はそれぐらい変わるのはボクでも知っている。でも諏訪さんの場合は裏の顔を知らなければ逆じゃないか。
「今泉君の目には、かつての理子しか見えてないんじゃないかな。どんなに見た目が変わろうとも、本当の理子の姿を今泉君にはわかるのだと思うよ」
「なんか無理あるな」
でもマナの意見に一理だけある気はしている。これだって諏訪さんの裏の顔を知ってからようやく気付いたのは白状しておくが、そういう目で見ると、いくら隠そうとしても諏訪さんの本当の姿がチラチラ見える気がする。
「だから今泉は彼女を作らなかったのか」
「きっとね」
もしそうなら、なんて切ない恋なんだよ。今泉は歴研に入ってから諏訪さんに近づいたが、決してなれなれしくはしたことがない。どう言えば良いのかな、一線を引いていると言うより、優しく守る感じだ。見ようによってはお姫様を守るナイトにも見える。
「でもそれだったら中学の時にアタックしても良かったんじゃないか」
マナはどこか遠くを見つめるような目で、
「足りないと思っていたのじゃないかな。理子に相応しい男として。ちょっと違うかな、理子に一人前の男として認めてもらいたかった気がする。理子に認められる男になりたいと頑張り続けてた気がする」
マナの推測がどこまで合っているかはボクにはわからない。でも今泉の諏訪さんに対する態度を説明してしまっているのは認めざるを得ない気がした。本当にこんな切ない恋を今泉が続けているのなら叶えてあげるべきだと思った。
「マナツもそう思う。ジュンちゃん、やはり今泉君を動かすべきよ」
「今泉の恋の後押しか」
「それがハッピー・エンドになる道よ」
そうなるとボクが次にやらないといけない役割は、今泉の気持ちを確かめて行動に移させる事になる。陰キャのボクには荷が重すぎる役目だが、
「ジュンちゃんはもう出来るはず。それに早くしないと手遅れになっちゃうよ」
根拠の無い評価をするな。だが急ぐ必要があるのはマナの言う通りだ。