運命の恋(第21話)思わぬ提案
進級すればクラス替えだ。諏訪さんも今泉も別のクラスになった。まあ、クラスが違っても歴研で会えるから同じだけどな。歴研と言えば、香取代表が卒業してどうなるかと心配してたが、今泉と諏訪さんの二枚看板の威力を思い知った。だってだよ十人も新入会員があったんだ。
あの二人は公認カップルだから、入会してもどうなるものじゃないはずなのに、それでも美男美女は存在するだけで人気があるのはよくわかった。歴研の会員が増えすぎたので、顧問の司書さんが学校に交渉してくれて、図書室附属の小会議室を実質的な部室として使える事になった。
それ以外に嬉しかったのは、なんと五十鈴さんと二年も同じだった。とはいえ、遠くで見ているのは同じだよ。五十鈴さんがらみでいえば池西まで同じだ。池西も頑張るよな。あれだけ断られているのに、始業式の日から近づこうとしてたもの。
五十鈴さんはますます美しさに磨きがかかって来ている気がする。五十鈴さんは清楚系の美人だけど、どちらかと言わなくてもグラマーな方だ。そう儚げな美女と言うより、健康美人のところが確実にある。
それでいてお淑やかだから、あの上品な言葉遣いと相まって大人びた雰囲気が強い感じだ。誰が五十鈴さんをゲットするのだろう。あそこまで大人びているから、同級生じゃ無理かもしれない。それぐらいの差を嫌でも感じてしまう高嶺の花なんだ。池西があれだけアタックするのに感心するのはその点がある。
ボクは相も変わらず陰キャでボッチ。この点は陰キャ仲間の諏訪さんがいなくなったのは大きいよな。諏訪さんがいたからと言って、別に教室で盛り上がるわけじゃないけど、存在するだけで同志的な安心感があったというところかな。もっとも諏訪さんは本当の姿に戻ってしまったからいても同じだったかもしれない。
さて二年になってボクに深刻な問題が生じている。成績の低迷だ。これでも歴史オタクの読書好きだから、現国、古典・漢文、日本史、世界史、地理ぐらいはなんとかなっている。だが英語も相当怪しいけど、理数系は見るも無残。
化学や数学も悲惨だが、壊滅的なのは物理。さっぱり授業に付いて行けない完全な落ちこぼれ状態。そうなってしまったのは、ボクの努力不足はもちろんだけど、空手をやり過ぎた。
ボクだって大学進学を考えてるけど、こんな成績じゃ留年の可能性だって出てくる。そこで道場に相談した。こんな稽古をいつまでも続けていたら留年まっしぐらだよ。マナの爺さんの師範は話を聞いた後、
「だったらマナツと組手をしてみなさい」
いつもしてると言いかけたけど、爺さんの顔がいつもと違いガチだった。その日のボクは好調だった。マナの動きが良く見えたんだ。次々に襲ってくるマナの攻撃をかわし切ったところで、
「そこまで」
爺さんはボクに黒帯をポンって感じで手渡し。
「今から師範代補佐になってもらう」
はぁ。去年からマナに特別コースでしばかれてるが、全然昇級の話が出てこなかったんだ。つまりは今でも無級で初級ですらない。それがいきなり黒帯で、それもマナに継ぐ師範代補佐ってなんなんだ。
「よく精進した。学業は重要だ。これからは師範代補佐として、時々指導の手伝いに来てくれれば有難い」
キツネにつままれたような気分だったが、これで道場の負担は劇的に減ってくれた。さっそく勉強に取り掛かった。とは言うものの、間違っても勉強好きじゃない。さらに弱点部分が多すぎる。
英語、数学、化学だけでも手に余り過ぎるぐらいなのに、今や天敵としてよい物理まである。とにかく物理は見るだけでアレルギー状態で、ひたすら後回し状態。後回しにしたってなにも問題は解決しないのに、やっぱり後回し。
無理やり言い訳すれば、英語、数学、化学だけでも手強すぎて一学期だけでは時間が全然足りなかった。そんな状況でのテスト結果は、英語、数学、化学は辛うじて赤点を回避したものの、
『物理赤点』
当然すぎる現実を見せつけらる事になってしまった。そうなると覚悟はしていたものの、ガックリしたし、さすがに辛かった。でも、どう考えてもボクの努力不足だし、勉強不足の結果だ。
一学期の赤点組は夏休みに入ると二週間の補習がある。これも全教科あり、中には掛け持ちで何教科もって猛者もいるぐらい。それはともかく、物理の補習は午前中にあり、補習が終わるたびに小テストが行われ、最後に追試があるシステムになっている。
見ようによっては赤点組に親切なシステムだが、終業式を終えてこれから始まる夏休みに浮き浮きしている連中を横目にするのは嬉しくなかった。終業式の翌日に哀れな物理補習組が浮かない顔をしながら集まってきたが、思わぬ人がいるのを見て驚いた。
なんとだよ、あの五十鈴さんがいるのだよ。彼女は優等生のはずだけど、物理を赤点取るまで苦手にしているのが意外だった。なにか完璧すぎると思っていた彼女にも弱点があるのを知ってホッとした気分かな。
補習授業は相変わらずチンプンカンプンで、授業後に行われた小テストもひたすら固まるしかなかった。こんな調子では補習を受けても物理はどうにもならないのじゃないかと暗澹たる気分になっていた。
補習は昼前に終わるのだけど、帰ったところでご飯が無いボクは購買部でパンを買って教室で食べていた。他の補習組は帰ったはずだと思っていたら、そこに五十鈴さんが入って来たんだ。忘れ物でもしたのかと思っていたら、ボクの方にやって来て、
「宜しければ、これから図書室で一緒に勉強をしませんか」
五十鈴さんが何を話しているかが理解できなかった。誰かボク以外に話しかている可能性も考えたけど、教室の中はボクと五十鈴さん以外に居ない。
「え、え、ボクとですか」
「御迷惑でなければ是非」
そりゃ、混乱しまくったよ。でも断るなんて選択はあるはずもなく了承した。そこから図書館にどうやって行ったかも覚えていない。気が付くと図書館の机に並んで座っていた。
「まず今日の補習授業の復習からにしましょう」
五十鈴さんの解説は見事だった。教師の授業より三倍わかりやすかった。小テストの解説もしてくれたけど鮮やかなんてものじゃなかった。さらに、
「今日の範囲なら、こういう問題を解かれると良いと思います」
初級から応用までバッチリだ。でも素直な疑問が浮かんだ。これだけ出来るのに五十鈴さんはどうして赤点なんだ。勉強が終わった時に聞いてみた。
「実は氷室さんにお願いがあるのです。ですので、こういう形を取らせて頂きました」
聞くと五十鈴さんは池西の攻勢に手を焼いているようだった。これは同じ教室で見ているから良く知っている。たしかに池西のアタックは度が越えたところをボクも感じてる。これは今泉に聞いた話だが、
『池西の奴、五十鈴さんが好きなのはかまへんけど、自分の女に手を出すなって言うて、五十鈴さんに男子が話しかけただけで呼び出してるらしいで。それもやで、脅すだけやのうてドツかれたんもおるそうや。ありゃ、やり過ぎやで。あそこまで行けばストーカーやんか』
言われてみれば、二年になってから五十鈴さんに話しかける男子の数が減っている気がする。
「こんな事を頼みたい人は氷室さんしかいません」
聞きながら驚くしかなかったのだが、五十鈴さんはボクと池西抜きで会うために、わざわざ物理で赤点を取り補習に加わったと言うんだよ。
「先生方には無理を聞いて頂きました」
五十鈴さんは池西のストーカー行為を防ぐために必要と頼み込んだと言うのだ。先生もよく了承したと思うけど、だからと言ってボクに何が出来ると言うのやら。それでも、ボクに出来る事ならなんでもしたいところだが、
「ちょっと待ってください。いくら何でもそれは無理があり過ぎます」
五十鈴さんのお願いとは、池西を撃退するためにボクとカップルになってくれだった。
「それって偽装カップル」
「御迷惑なのは重々承知しています。先ほども申し上げました通り、こんな事を頼みたい人は氷室さんしかいないのです」
なにを見込んでボクなんかに。そりゃ、五十鈴さんに彼氏が出来れば池西もあきらめざるを得なくなるかもしれないけど、
「その代わりと言うほどのものではございませんが、氷室さんが苦手な物理や数学のお勉強のお手伝いをさせて頂きます」
「苦手なのは英語も化学もありますよ。弱点のブラックホールみたなもので」
「それも存じております。合わせてお手伝いさせて頂きます」
頭の中は大混乱なんてものじゃなかった。五十鈴さんのお願い自体もそうだけど、とにかく五十鈴さんが近すぎる。勉強をしている時にも気になって仕方がなかったけど、お願いになってから、まるで迫られるように近づいてくる。
なにがどうなっているのか考える時間が欲しかったボクは辛うじて返事を翌日にすることでその場を終わらせた。家に帰って落ち着いて、まず頭に浮かんだのが罰ゲーム。
だが五十鈴さんがそんなゲームに手を出すとは思えないし、罰ゲームのためにわざわざ補習に参加するなんてあり得るはずがない。それに他人、それも単なるクラスメイトに過ぎないボクに勉強を教える罰ゲームなどあるはずがないだろ。
やはり五十鈴さんの言う通り、池西の攻勢にホントに困っていると考えてよさそうだ。では何故にボクかだ。これはさっぱりわからなかったが、なんとか捻くり出したのは、
『人畜無害』
五十鈴さんにしたら偽装カップルまで使って池西を撃退したいぐらいに困っているけど、撃退した後の処理も考えているはずだと。用が無くなれば偽装カップルは終了になるけど、ボクなら偽装カップル中に変な気を起こす心配もないし、別れた時にも、
『あのカップルは無理がありあり』
『終わって良かったよ』
そう五十鈴さんが受ける向こう傷を、最小限に留められると考えたからじゃないか。そう考えると適任の気がしてきた。池西は五十鈴さんに近づく男の排除に暴力を使う可能性もあるけど、今のボクなら問題ない。そこまで考えて五十鈴さんの提案を受け入れ協力することを翌日に伝えた。