Hook ModelとTwitterの変化
先日、Twitterを見ていてふと思った。
前よりスクロールする量が増えてる。
毎朝目覚めてベッドの中で、行動するだけのやる気がでるまで(もしくは自分に嫌気が差して行動せざるをえなくなるまで)タイムラインをスクロールするのが日課になって久しい。そのスクロールの量が、最近明らかに増えている。もちろん、スクロールしたピクセル数をトラッキングしているわけではない。スワイプする指の疲れ具合から感じたのかもしれない。それくらい曖昧ではあるが、たしかに以前に比べてスクロール量が増えていると感じる。
この違和感はどこからくるんだろうか?
この問いに対して、まずは「なぜ人はTwitterにハマるのか」を考え、次にここ数年のTwitter UIにおける変化を見ていくことで、少しでも答えの可能性に迫っていきたい。
タイムラインのブラウズをHook Modelで考えてみる
そもそもなんで自分はTwitterにこんなにハマってるんだろうか。2008年にサインアップしてからもう10年が経とうとしてるのにも関わらず、未だに毎日タイムラインをスクロールしてる。他に10年続いてることなんてほとんどない。
2013年にNir Eyalが自著Hookedで提唱した、ユーザがハマりやすいサービスにおけるインタラクションのモデルに「Hook Model」というものがある。ユーザがあるサービスに習慣的にハマる、つまりほとんど意識せず且つ自発的に使ってしまうようになるには、下記のような流れでインタラクションを構築するといい、というものだ。
Hook Modelのポイントは、このサイクルを必要なだけ頻繁に回すことで、ユーザの脳内に「欲求→解決または未解決」という報酬系の回路を作ってしまって、広告費ゼロでリティンションをあげよう、ということにある。
ちなみに、Hookedは日本語でも翻訳出版されている。しかしなんでこんな表紙になっちゃったんだろう。「今(2013年当時)シリコンバレーでみんなが読んでいる本」という触れ込みだが、日本のスタートアップ業界との美的感覚の違いがこういうところに現れるとしたら面白い。
Twitterに話を戻そう。Hookedの中でサービスとしてのTwitterは例として何度もでてくるが、ここでは「タイムラインをブラウズする」という僕の毎朝のTwitterインタラクションに例を絞ってHook Modelを解説する。
Trigger
Triggerはユーザの欲求を「そのサービスの利便性による解決」へと方向づけるステップ。External|外的なものとInternal|内的なものがある。新規ユーザや習慣的な行動にいたっていないユーザには、広告や通知や口コミなどの外的なトリガーでサービスに意識を向ける。一方、Hookサイクルを何周もすることでサービスへの習慣が出来上がっているユーザにとっては、内的心理的なトリガーで十分である。
僕の場合:「うーん、まだ起きたくないなー、なんか面白いこと寝てる間に起きたかなー」と思う間もなく自発的にTwitterアプリアイコンへと指を動かす。
Action
Actionは、報酬を期待してユーザが起こす行動のステップ。アプリやブラウザを立ち上げ、いくつかボタンをタップしたりスクロールしたり、という行動がこれに当たる。ここでは、報酬へと向かってトリガーされた気持ちをいかに萎えさせずに・逸らさずにUIを設計するかがキモになる。シンプルで間違えようのないアクションボタン、UIガイドラインに習ったジェスチャ挙動、といったUIデザイン上の工夫はここで試されることになる。
僕の場合:タイムラインを開き、面白い発言・記事・スレッドを求めてスクロールを始める。
Variable Reward
Variable Reward|可変報酬とは、スロットやガチャで昔から使われているテクニックだ。アクションに対して毎回望み通りに報酬がある場合よりも、報酬があったりなかったりする場合のほうがアクションの頻度が劇的にあがる、というもの。
僕の場合:スクロールしながら見えるツイートやリンク先の記事には、面白いものもあればつまらないものもある。それがさらなるスクロールを誘う。
Investment
Investmentは、ユーザが報酬を得たあとに起こす行動で、サービスに積極的に参加したりユーザの嗜好を反映させたりする行動を指す。これがうまく機能することで、「この間の欲求はうまく満たされたから、また使ってみよう」「自分がここまで投資したサービスが悪いはずがない」という心理が働いて、ユーザの脳内にめでたく「内的欲求とサービス利便性」の回路ができあがる。
僕の場合:発見した面白いTweetはLikeしたりRetweetする。そのアカウントをフォローしたりもする。次に見るときにはどんなに面白いタイムラインになってるだろうか。
...なんてハッピーにTwitterにハマっているんだろう。
なぜスクロール量が増えたのか
何が変わったんだろうか?
自分が変わった
自分の中でインターネットやTwitterへの向き合い方が変わったというのは多少あるだろう。この数年で、仕事や家庭でも大きな変化があった。その時々の周囲にいる人達や環境に影響を受けながら、Twitterの使い方も変わってきたのだろう。具体的には、英語圏のFollowingが増え、TweetとReplyの量が減り、ブラウズするだけの機会が増えた。個人的なTweetは減り、仕事のPR的に使うようにもなった。が、これらはスクロール量に関する違和感を覚え始めるより前から続く傾向だと思う。
TwitterのUIが変わった
TwitterのUIもこの数年でかなり変わった。他にもたくさんあるとは思うが、今回のスクロール量に関する違和感に影響しそうな変更を思い返してみた。
- Twitter Cardsがタイムラインに表示されるようになった
- Tweet文字数上限が280文字になった
- タイムラインが非時系列 & Reply割り込み表示になった
これらが与えるインタラクションへの影響を、Hook Modelに照らし合わせてみていきたい。
Twitter Cardsがタイムラインに表示されるようになった
Twitter Cardsは、URLを含むTweetに埋め込まれている、リンク先の画像やタイトルが表示されるカード状のコレ。
もともとは、あるTweetをクリックして拡大したり詳細表示したりしたときにだけ表示されて、タイムラインではリンク先の画像やタイトルなどは展開されていなかった。このTwitter Cardsが、確かな時期は不明だが、2016年あたりからタイムライン上のTweetにも表示されるようになった。
この変更は、ひとつのTweetが占める面積を大きく増やした。今、僕のタイムラインの画面上に表示されるTweetは3つくらいになってしまっている。リンク先が面白いかどうかをある程度画像で判断できるとはいえ、面白いTweetに出会うために必要なスクロール量は増えて当然かもしれない。Hook Modelにおける、Rewardに出会うためのActionが増えていると言える。
Tweet文字数上限が280文字に
Twitterでは、サービスを開始して以来ひとつのTweetに入力できる文字数の上限を140文字と定めていたが、先日それが倍の280文字に変更された。理由は「世界中の方々にご自分を簡単に表現していただ」くため(日本語公式発表)。
日中韓の3言語では140文字上限は変更されていないが、英語アカウントを多くフォローしている僕にとっては、これもTweet面積が増える要因となる。公式発表で触れられている通り、変更があったからといってすべての英語Tweetが倍の大きさになるわけではなく、変化はごくごく小さいのだろうが、ひとつのTweetを消化して次にいくための時間はより長くなる。Hook Modelでいえば、やはり必要なActionが増えていることになる。
タイムラインが非時系列 & Reply割り込み表示になった
時系列順だったタイムラインが、2016年にデフォルトで非時系列になり、アルゴリズムによってより面白そうなTweetが上に表示されるようになった。「Show the best Tweets first」というチェックを外すことでオプトアウトはできるものの、ほとんどの人はデフォルトのままだろうと思う。
また、あるTweetへの返信がスレッドとなってまとまって表示されるようにもなった。昔のTweetへReplyがあった場合、元となったTweetもまとめてタイムライン上にでてくることになるため、僕のように非時系列タイムラインからオプトアウトしていたとしても、昔のTweetが現在に割り込んで表示されているような状況になる。
Hook Model的には、Variable RewardのVariableさがさらに増したことになるだろうか。時系列タイムラインであれば、時間を遡っていくにつれて興味は薄れ、TweetがRewardingである確率は減っていき、既読のTweetまで遡った瞬間に確率はゼロになり、アプリを閉じる。一方で、非時系列タイムラインや割り込みがバンバンはいるタイムラインでは、どこまでいっても何があるかわからないため、Actionが止まることはない。
・ ・ ・
まとめると、ここ数年の変更で、
- Variable Rewardに出会うために必要なActionが増えた
- RewardのVariabilityが増加し、Actionを誘導しやすくなった
ということになる。一見「こっちを上げてあっちを下げる」ような変更にも思えるかもしれないが、これによって伸びるのはユーザの滞在時間にほかならない。
すでにタイムラインのブラウズが習慣化しているユーザにとって、「ブラウズをやめアプリを閉じるまでのに必要な脳内面白刺激の量」は決まっているとしよう。これらの変更によって、「少しの面白刺激を得るために必要なスクロール量は増え、かつそのスクロールで面白刺激を得られなくてもすぐに次のスクロールを始める確率を高められている」ということであれば、脳内に設定された面白刺激の量に達するまでにかかる時間やスクロール量が伸びるのは合点がいく。
これがスクロール量増えた感の正体だったのだ。あースッキリ。
で?
上述の「Tweet文字数上限が280文字に」という変更は、Twitterがサービスとして「もっとユーザにTweetしてほしい」「理想のユーザ像はブラウズする人ではなくてTweetする人である」と表明してるような変更だった。「世界中のユーザが同じように思いを伝えられるようにしたい」という思い自体はとても共感できるものだし、英語で140文字というと大したことがつぶやけないこと、日本語だとより多くの意味を詰め込めることは、スノーデンも認めている]。
一方で、「ブラウズするだけの人」には滞在時間を長くし、より多くの広告を見せられるような施策をしている、という見方もできる。
Hookedのひとつの章に、ユーザの「自分ごと感」を損なわない範囲でHook Modelは利用すべし、とある。Twitterとしては、既存のユーザビリティを損なわない範囲での変更に苦心しているのだろうが、今回の僕のようにふと立ち止まったときに「俺、スクロール、させられてる...?」と思われてしまうことは、Hookedな状態から抜け出すきっかけを与えかねない。当面Twitterをやめる予定はないが、ぜひ健全な習慣として続けていきたいと願うばかりである。
Links
- Twitter Redesigned Itself to Make the Tweet Supreme Again | WIRED
- Twitter Cards improve CTR | It Works
- Everything You Need To Know About Twitter’s Timeline Algorithm | Click To Tweet Blog
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?