大きな授業〜聴覚障害のある中学生たちと劇を作った話R6〜
1年間の半分以上の期間で生徒と共に挑戦して作り上げた文化祭の劇。嬉しかったことよりも、悔しかったり、腑に落ちなかったりすることが多かったのですが、本番を終え、全てが正当化された、そんな感覚になりました。大変学びになり、貴重な経験にもなったので、来年度に向けた備忘録としても久々にnoteにまとめることにしました。
❶何が挑戦なのか。
・大幅な体制変更
昔は学部劇だったのですが、ある時を境に学年劇に変わり、僕が着任した時も学年劇が当たり前の雰囲気でした。
ですが今年は色々なこと(後述)が重なり、学部劇に戻すことにしました。学部の教員全員が経験したことの無い、初めてへの挑戦です。
・生徒と一緒に作る劇の土台
学部劇に戻すことを決め、実行委員を募りました。
せっかくの挑戦なので、さらにハードルを設け、劇の根幹から生徒がコミットすることで成長や思い出などの+αを狙いました。よくありそうな話かもしれませんが、聴覚障害を含めた生徒の実態を考慮すると、決して簡単なことではありません(後述)。2人くらいでいいかなと思っていましたが、4名の生徒が立候補してくれました。人数が多いこともまた挑戦です。
・生徒28名の活躍場面の確保
これまでは10名足らずの生徒の劇だったので、全く気にしてはいなかったのですが、28名の存在感を30分の中でどうアピールしていくかが、新たな課題となりました。本校の文化祭ルールとテーマが噛み合い、上手く対処できたかなと思います(後述)また、聴覚障害プラス知的障害や発達障害を合わせ有する生徒も多く、気持ちの調整ができず学校に来られないことも日常茶飯事。そんな彼ら、彼女らの劇中の活躍場面や課題設定も挑戦になりました。
❷なぜ学部劇に戻そうと思ったのか。
学部劇に戻そうと決めた理由は2つです。
1つ目は、生徒数の減少です。
昨今、10人を下回る学年も増え始めています。生徒のことだけを考えれば、一人一人の出演時間が保証されるので悪いことはあまりありません。しかし、生徒が少なければ、教員数も減ります。指揮、音響、照明、緞帳などの役割を限られた教員では賄いきれず、他の学年の教員などにお願いをするしかない状況でした。教員の負担増という視点もありますが、劇の演出、生徒の努力の結晶に影響する上記の大事な役割は一緒に準備してきた教員が担うべきだと考えています。学部規模となるとこの問題は解消されました。
2つ目は、生徒の希望です。
こちらの理由が大きいですね。
去年担任していて、あまり主張をしないタイプだった生徒が、去年の学年劇の準備中にボソッと「1年、2年、3年一緒に劇をやりたい」と、突然言ってくれました。その時は各学年で動き出していたので、その年は難しく、ごめんなさいをしたのを覚えています。その上で、学部の教員に掛け合うことを約束しました。あの時、あの生徒が勇気を振り絞って言ってくれてなければ、僕は本気にはなれていなかったかもしれません。彼女には感謝してもし切れませんね。もちろん彼女も実行委員として参加してくれました。
❸本番までのプラン
4月に実行委員を募り、主に昼休みや部活のない放課後に活動を始めました。そもそも4人とも部活があるので日程調整が激ムズでした。
当初計画では7月に入るまでに台本を完成させ、夏休みまでに配役や教員も含めた全員の劇内容理解まで持って行く。
夏休み明けから2ヶ月間の怒涛の練習で劇の仕上げまで少しずつクオリティをあげていく予定でした。
そもそも台本がそんなに早く仕上がりません。
さらに、今年度は学校として3学期制から2学期制に移行し、そのために、宿泊行事が7月前後に集まり、同時に期末考査もありました。学部で劇の準備を進める、「総合的な学習の時間」「特別活動」が各学年の宿泊行事の事前、事後学習に当てられてしまい、学部での活動は9月からとなりました。
9月の頭に物語の説明、配役の希望アンケートから決定、そして9月半ばにようやく練習や背景の作成、動画の撮影・編集の同時進行準備が始まりました。そこから約6週間後が本番ということになります。
❹めちゃくちゃ揉めた土台作り期間
〜テーマ決定まで〜
そもそもテーマ(演目)をどうするかが最も揉めました。
全員がこれまで演じたことのないもの、中学生にふさわしいものなど、ある程度の基準を設けましたが、まぁこれが決まりません。学校のルールとしても、本校は幼児も在籍するため、あまり乱暴なシーンは禁止されています。
決まらない理由は4人の全会一致が取れないから。
ネタ切れの雰囲気が漂い始めた為、図書室や音楽室のDVDなどから探すも4人全員の交点にはなりませんでした。
身動きが取れなくなった後に、助け舟になればと僕から提案をしてみました。
「みんなの好きな曲から劇を作ってみないか?」と。
図書館にある本から演目を決めるとなると、まずはその物語を4人が理解していないと話し合いにならないと考えました。
例えば、2時間ある映画を30分に短縮しなければならないとしたら何処を削る必要があるのか、それは物語を知っていないと出来ないことでしょう。
この知識の穴埋め作業は、うちの生徒たちにはかなりハードルの高い事です。聴覚に障害があるとどうしても語彙が少なかったり、助詞の意味が分からなかったり、文章を正確に読むことが壁となりやすいのです。
それだったらみんなで短い歌詞を読み取って、劇を作っちゃえと。劇を作りたいという生徒の存在も後押しになりました。
議論のしがいがありそうだと、思い切って提案しました。
意外と生徒たちの最初の反応は悪くなく、一先ずその路線で進むことに。
すると数日後に委員長から意見が出てきました。
「納得できない。そもそも歌に興味が無い。俺はみんなを楽しませたくて委員長になった。これでは楽しませられないと思う。」と。
生徒たちは他の複数の先生たちにも相談をしていたようで、先生からもそのような声を聞きました。
正直に言うと、それでやってみるって言ったのは君たちじゃん!と思いました。ですが、ここで押付けても何も得られないので、「じゃあ4人がやりたいものは見つかった?」と聞くと、そこで出てきたのがまさかの【イカゲーム】でした。
以前に演目を決める時にも出てきたのですが、それを否定していた生徒もいたからビックリ。
僕は【イカゲーム】を知らないので、よくよく話を聞くとめちゃくちゃ人が死ぬ話だそうで、、、それは学校のルール的にはアウト。じゃあどうやってそのルールをかいくぐって行くのか、そのあたりは面白い議論ができそうだなと思ったので、僕は歌の話をすぐに棄却して、イカゲーム路線に切り替えました。
早速論点を搾り、「ゲームに負けたらどうなる設定にするか。」という話し合いをしました。
「罰ゲームをする」などの意見がありましたが、ここで光った意見は「敵の仲間になる」でした。
ゲームに負けても敵として劇に登場できるので、これが生徒の活躍場面の保証に繋がると考えたのです。
さらに、牢屋に連れていかれて、敵になるシーンを動画にまとめるようと決めました。これをきっかけに、映像の演出が増え、本番の舞台での活躍が難しそうな生徒は、動画出演でカバーできるように進めました。
こうして30分間の中での生徒の登場機会が大幅に偏る心配は解消され、できるだけ多く登場することが出来ました。
ちなみにこのタイミングで劇タイトルも決まり、『タコゲーム』となりました。
〜台本の完成まで〜
さて、こうして演目が決まってからは、いよいよ台本作りに入ります。28名の生徒たちをどのように輝かせていくか、ここが1番の勝負でした。
まずはゲームの数はいくつか、どのようなことをきっかけにゲームが始まっていくのか、オチはなにか、などの全体の構成をざっくり決めていきました。
どんどん解像度を上げ、具体化していき、28人分のイラストを駆使しながら最後はセリフや動きまで決めていきました。
ここでもやっぱり難しかったのが、物語の脈絡というか、整合性というか、Aの出来事とBの出来事がどう繋がるのかという点が曖昧で、最初は「とにかくやりたいことをかき集めました!」みたいな話になっていました。まだまだ客観的に見ることが難しかった面もあり、そこの修正、フォローの仕方が1番気を使ったところです。それでも生徒たちの意見を少し曲げてしまうので、不機嫌にさせてしまうこともしばしばありました。こちらとしては、その悔しさを乗り越えてほしいという願いも込めて。
そうこうしているうちに、夏休みが迫ってきました。7月中にはある程度のストーリーが決まっていないとしんどいなぁと思っていた時に、生徒たちは既にスタミナ切れだったのかもしれません。集中力も切れやすく、会議中も早く帰りたいオーラ全開で臨んだりする様子も見られました。こんな調子では夏休み中に台本を完成させることすら怪しくなり、徐々に僕の介入を強めることにしました。そして、覚悟を決め、4人の生徒にこう伝えました。
「もう現時点で劇の準備にお腹いっぱいで、やりたいと思えないなら、ここで台本作成を終えてもいい。後は残った生徒と先生でやる。」と。
すると2年生は「もうここでおしまいでいい」と。3年生は「まだまだ頑張りたい」と。正直、2年生が居なくなるのは大きな痛手で、個人的にはショックもありましたが仕方ない。そして数日経ったあと、事件が起きます。
なんとここで、2年生の2人が副校長のところへ行くことに。
内容は、
「なんかよくわかんないけど、クビにされた」
との事でした。これには多くの先生が驚きで、個人的には先生たちへの申し訳なさと、自分の不甲斐なさと、情けなさと、一番苦しかった時かもしれません。
学部主任、主幹の先生のフォローがまた申し訳なさを感じました。
結局、主幹の先生に僕と2人の間に入ってもらい、4人で話し合うことに。
2人が思うことを全部言ってもらい、全部受止め、全部全力で返しました。ちょっと大人気ないかもしれませんが、せっかくの機会だったので全て事実を伝え、グーの音も出ないまでに話しました。2人は涙を流し、結果的に戻ってくることになりました。
一緒に何かを作り上げる作業に衝突はつきものだと思っていましたが、まさか管理職に届くとは。まさに青天の霹靂。
しかし、これが結局いい起爆剤になったかなと思えるほど、夏休み中の活動はかなり充実したものでした。
台本も固まり始めた頃に、僕は最後にある武器を作る決心をします。
〜ハイコストハイパフォーマンスの武器〜
その武器とは『2次元劇スライド(以下、劇スライド)』。
どんなものかと言いますと、イラストとアニメーションと吹き出しをべったべたに使って、劇の内容をスライドショーにして仮の映像化したものです。スライド枚数は約80枚。
目的その1
4人のメンバーとのコンセンサス
聴覚障害はコミュニケーションにおける障害と言われることがあります。生徒たちと手話で話し合いをして、イメージを共有していきますが、実はお互いに描いている像が食い違ってしまうことも多々あります。言葉だけのやりとりで、視覚的な何かを作るのはかなりのハードルになります。そのため、今までの話をまとめると、このような劇になるけど大丈夫?といったニュアンスで、これを作る必要があると感じました。
目的その2
学部の生徒・教員とのコンセンサス
これまで準備してきたものを、9月には学部の全員に伝えること、そして練習時にもこのスライドショーを基に動き方、立ち位置など確認がしやすくなると考えました。特に、重複学級の先生達に劇を伝える時には、このシーンで○○さんを活躍させたいなど、具体的なイメージを元に相談ができたのはとても有効だったと思っています。
目的その3
僕の身代わり
台本が決まってきた辺りで、劇の練習と動画の撮影を同時に進めていかなければならないことが確定しました。
どちらも僕が土台作り携わっていますが、残念ながら分身することはまだ出来ないので、1人の先生を劇監督にお願いし、その劇スライドをベースに練習をしてもらいました。基本的にはイラストが動いて吹き出しが登場するの連続なので、個人的には程よい具合に余白があって、上手くアレンジして貰えたらと、思い切って丸投げしました。その作戦は成功でした。
思わぬメリットその1
撮影する場面のリストアップ材料
結局劇の中でも3割弱は映像になるため、撮影でも合計80カットくらい必要になりました。前述しましたが、登校が難しい生徒やこの準備期間は部活の大会のオンパレートでその辺の撮影計画が難しかったため、劇スライドの動画シーンをプリントスクリーンで分割し、それらをパワポに貼り付けてリストを完成させました。これがあったから、どのカットに誰が必要なのかをパッと見分けることが出来ました。
夏休み中には全員の部活のない時間帯をあぶりだして4回ほど集まり、活動を進めていきました。やることがかなり具体的になったのもあり、生徒たちも活発に意見を出せるようになってきました。
その中に、Tシャツを作りたい!という案も出てきました。各クラスの使えるお金を計算しつつ、業者を探すのもなかなか面白い作業でした。一時はお金が無さすぎて、自分たちで染めるか?という案も出てきました。結局お金は足りたのでデザインは実行委員の生徒にお任せして、後は大人の連絡調整だけ。生徒も教員も全員で同じ服を着る一体感は文化祭らしく、とてもいい提案をしてくれたなと思います。
こうして準備の核になる部分を終え、後は必要な小道具、衣装のリストアップ、背景画の決定、動画撮影時に使う牢屋の準備などを進め、いよいよ学部に下ろす9月に突入しました。
❺不安が期待に変容する練習・準備期間
最初に学部全員に対してやったことは、劇スライドの紹介と、配役の希望アンケート。初めて全員に見せるドキドキ感は今でも忘れられません。実行委員のメンバーの中には、「この役はこの生徒がいい!3年生がメインキャストに!」といった意見も出てくるほどに、ストーリーの理解度や愛着が高まっているのを感じられました。
ですが、やはりここでも生徒の主体性に賭けたかったので、アンケートの希望に添わせるようにしようと伝えました。
アンケートから配役発表までは時間が限られていたので、僕の方で案を決めて、実行委員の4人に見てもらう形にしました。
結局変更はありませんでしたが、ここはどのセリフがどの生徒に似合うか、よ〜く考えました。この時間は悩みながらも、結構楽しいものでした。背景を描く生徒たちは、あまり劇練習の参加が出来ないので、その辺も考慮したキャスティングが必要でした。
そして、配役発表を終えてから、演技練習、動画撮影、背景作成の3グループ同時並行準備が本格始動となりました。
動画の編集期間の確保のために撮影最優先で動くことに。
今思うと、演技練習で演技力が磨かれていったので、このタイミングで撮らざるを得ないのは少し残念ではありました。
僕は基本的には動画撮影の方に入っており、演技練習の方は、色んな先生が空いている生徒役をやってくれることもありました。撮影優先だから劇チームの先生は生徒が揃わない中、余計な負担をかけてしまいました。
練習初日、動画撮影が終わって練習の方に顔を出すと、和気あいあいとした雰囲気で、あの空間にいる全員が笑顔でいました。そして、撮影舞台の我々のために、今日の成果を見せてくれました。
想像以上に楽しそうに、アレンジも加わったワンシーン。
これまで台本作り、劇スライド作りはいわば血が通わない、無機質なもの。それに生徒たちの力が合わさると、こんなにも素敵な光景になるものかと。
すごく大袈裟に言うと、
命が吹き込まれた瞬間でとても感動的でした。
その時の事が4月から本番までの一番の嬉しい衝撃だったかもしれません。
さて、ここまであまり触れてこなかった背景作成の話をしたいと思います。まずは実行委員の4人で、ピクニック場面、校長室場面の背景のイメージ画像を探しました。
そこから美術の先生に相談をし、1枚あたり模造紙16枚を使って描くことが決まりました。大きな絵を描くのは、常に全体像を意識しながら描く必要があり、机の上で描くよりも遥かに難しいとの事でした。実行委員とは別に3名の生徒に背景画を作ってもらうことにしました。
最初の1歩は16枚を繋ぎ合わせること。そもそもここからがかなり大変な作業でした。
そこから1ヶ月とちょっとの短期間で下書きから完成まで見事に仕上げてくれました。特に校長室については1人の生徒が最初から最後まで見事に描き上げてくれました。
9月半ばから本格スタートしましたが、本当に間に合うのかなあと果てしない不安ばかりが押し寄せてきました。しかしこうして、動画の撮影リストのチェックが増えて行ったり、背景画の色が増えて行ったりするのが、土台に積み重なっていく感覚があり、不安な心を少しずつ期待に変えてくれました。
生徒の努力と、先生の協力が本当に温かかったです。
そして、10月に入ると最大のハプニングに見舞われます。
外国籍の生徒が一時帰国でリハも本番も不在に。
物語の一部を変更し、急遽動画出演を増やすことにしました。台本と劇スライドを修正させたことに満足してしまった僕は、1つ忘れ物をしていました。それは、舞台袖の体制。
教員・生徒とともに、誰がどこにスタンバっておくか、道具は上手下手のどちらに置いておくかです。
ここでもあの、28人分のイラストが役に立ち、我が家のダイニングテーブルでかけ回しながら体制を詰めていきました。
最終的には台本に数名の教員の動きも入れることに。結局3回くらい作り直しました。
さて、残りは動画編集と演技の完成度を上げることに集中的に取り組みました。
リハでは数名の生徒が欠席してしまいましたが、ほぼ予定通りに終わり、指摘を受けたのは動画の字幕の大きさやフォントぐらい。ぐらいと言っても編集してくれてる生徒の負担はさらに大きくなってしまいました。何とか本番までに直してくれました。土日も編集をしてくれたようで、その努力にも敬意を払わなければいけません。
❻いざ本番
さていよいよこの日がやってきました。本校では初日は校内発表、2日目がお客さん向け発表となっています。
初日の朝にまたしてもハプニングがありました。
昨日完成させた公園背景画のベンチが乾かない。
恐らく古い絵の具の沈殿した部分で描いてしまったようで、とろーりベトベトテカテカ感が全く変わらず、開会式の参加を惜しんで主幹の先生と2人でドライヤー祭をしました。
多少良くなったもののやはり変わらず、初日はだましだましで持っていきました。
劇の方はというと、監督提案で急遽変更したことや休みがちだった生徒のところで多少のミスが出てしまいましたが、それでもあの緊張感の中で生徒たちはよくやってくれたと思います。
その後のミーティングでもネガティブな感想が多々出てきましたが、「まだまだ明日もあるし、改善できることもあると思う。失敗したのが今日でよかった。また明日、チャレンジしていこう」とシンプルに思ったことをぶつけてみました。
そしてあくる日。さらにハプニングが。
なんと、委員長が発熱により不在。
代わりのセリフを同級生に急遽お願いすることにしました。
そして、泣いても笑っても最後の劇はと言うと、、、完璧、その一言でした。目立ったミスもなく、一人一人が昨日よりもいい表現をしようと、その気持ちが伝わってくる、今までで一番の劇になりました。
最後のエンドロールでは、4月からの準備を思い出し、涙せずには居られませんでした。本当に素敵な姿を見せてもらい、素晴らしい経験をさせてもらったなと、学部の先生、生徒共に感謝の気持ちが込み上げてきました。みんなに負担をかけた半年間、みんなで乗り越えた半年間、本当にチャレンジしてよかったと思える瞬間でした。
❼まとめ
こうして怒涛の9月、10月を乗り越え、中学部の葛飾祭を締めくくりました。練習初日から本番まで44日間、そのうち練習時間はわずか30時間程でした。この短時間の中でよく形にできたなと、生徒の力を改めて感じました。我々の発表の前は小学部の高学年の劇があり、練習時間は我々よりもかなり多く、かなり綺麗にまとまった劇でした。もしかしたら小高の劇の方がクオリティが高いと思う方も多くいたかもしれません。でも我々中学部の劇がどのように生まれたか、その背景を全て知っている僕は、多少荒削りであろうと生徒同士揉め、教員生徒で揉めて、主体性同士がぶつかって生まれたタコゲームを誇りに思います。だからこそ、エンドロールは絶対に作って欲しくて、キャスティングや準備に当たってくれた生徒の名前だけで埋め尽くし、見ている方々へ生徒たちの努力を伝えたかったのです。
そして、最後のミーティングで実行委員の4名から一言を貰いました。
「初めて3学年一緒の劇が出来てとても楽しかった」
「準備してきたことが皆やお客さんの喜びや楽しさに繋がってやりがいを感じられた。また来年度もやりたい」
「最後の文化祭をみんなで締めくくれてよかった」
「みんなを楽しませられる劇を作れてよかった」
など、聞いてて思わず笑みがこぼれてしまうコメントを貰えました。
正直なことを言うと、生徒たちが自分たちで作った感を持てているかが心配でした。夏に僕のコミットを強めたため、生徒の案を繋げるためのセリフやエピソードを追加したり、流れに合わないセリフはカットしたり、その他にも伏線回収の場面を提案したりと、いくつか僕の色を出してしまいました。
それでも実行委員の4名は自分たちが作った劇という認識でいてくれて、とても安心しました。
4月からの5ヶ月間で僕も実行委員で、骨組みを組みたて、9月からの2ヶ月間で、演技、動画、背景、音響、証明、緞帳、小道具、衣装、Tシャツ、そして何より担任の先生たちの生徒対応。これらのものが骨組みに補強された筋肉となり、ひとつの劇として立ち上がりました。それまでは色々な苦悩がありましたが、全て払拭されるほどの感動がありました。また来年度も困難にぶつかりに行こうかなと思えています。