「畳とカーテン」の日本人
先週島根に行ってきた。
松江で時間ができ、せっかくなので松江城に行ってみた。
松江城の天守閣の眺めもよかったけれど、自分的には、城内にある「興雲閣」という、明治に建てられたお屋敷が印象的だった。
コロニアル建築は世界各国にあれど、だいたいは植民地時代を象徴するようなものだ。ところが日本の場合は占領された結果としてではなく、自ら率先して「真似」をして、欧米化しようとした。
その憧れの西洋文明を頑張って取り入れている様が、建築の至る所から感じられて面白かった。皇室の方々が滞在した派手な絨毯の部屋も、コロニアル調のバルコニーもよかったが、最高だったのが、この畳の和室。
畳にこのカーテンをつけるという、絶望的な合わなさ。現代でこれをやったら失笑ものだが、裏を返せば、当時のなんとしても欧米化したいという強い意志が伝わってきた。
日本はミーハーな国だ。建国当時は憧れの中国から始まって、幕末からは憧れのヨーロッパ、戦後は憧れのアメリカ。常にミーハー心を持って、いい意味では柔軟に、悪い意味では節操なく、外国の文化や技術を取り入れてきた。しかもミーハーな上に、オタク力も高いので、真似し続けた結果、元祖よりもいいものを作り上げてしまう。
そんな「ミーハー+オタク」が日本の真骨頂であり、外部からきたものをリバースエンジニアリングするのが異常にうまい。その吸収力は、一神教ではなく、無数の神仏を柔軟に信仰の対象として受け入れてきた宗教観にあるのではないかと、古事記の舞台である島根で考えてしまった。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれたバブル時代は、遠い記憶の彼方だが、思えばあの頃から日本の迷走は始まっており、日本は一番になるよりも、一番の背中を追うようなポジションのほうが性に合っているのではないだろうか。畳にカーテンをつけるようなガッツを、僕も日本人として忘れないようにしたい。