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01. 仲居のとある日『不倫』

「おはよーございまーす」

「いや、だからしてないですって」

 出勤早々、玄関の方からなにやら揉めている声が聞こえる。
 やだなぁ。やな予感しかしないやつやん。
 しぶしぶそっちへ向かえばすでにミツコさんが覗いてた。
 とりあえず一緒になって覗いとく。
 玄関に居たのは一組の男女のお客様とフロントのタイスケおにーさん。
 タイスケさんがすごい一生懸命なんか説得してるのは伝わってくる。

「どーしたんですか」
「あのお客さんの予約、既に電話でキャンセルされてるらしいのよねぇ」
「えー、どゆこと」

 要は、すでにキャンセルしてるはずのお客様がいらっしゃったと。どゆことよ。
 話を聞いていると、お客様自身はキャンセルしてないと。

「電話って誰とったんですか」
「よっちゃん」

 ヨツヤの兄さんでしたか。

「ヨツヤさんってもう来ます?」
「そろそろ来るんじゃない?」
「おはよーございまー」
「あ、きた。ヨツヤさーん」

 噂をすればヨツヤさんのご出勤。お待ちしてました。
 かくかくしかじかこういう状況です。

「どゆこと」
「そうなりますよねぇー。で、電話って誰からきてました?」
「あー、たしか女の人からだな」

 女の人かぁ。そこにいる人、ではないだろうな。
 ヨツヤさんがタイスケさんとお客様の所へ向かって状況確認をしている。
 不機嫌そうな女性と困惑顔の男性。
 暫く話して、ふと男性の方がスマホ片手に離れていった。

「これは、アレですかね」
「そうかもね。さーて、私たちは準備しましょ」
「はーい」

 ずっと成り行きを見ていたいのはやまやまだが、そうもいかない。
 今日担当の部屋準備とか諸々やってしまわないと普通にチェックインの時間がきてしまう。
 だがしかしひたすら作業の手は止めずに口も動き続ける。

「旅館ってやっぱ多いですね、不倫とか浮気のお客様」
「特にうちみたいなのだと余計にね」

 うちは各部屋に半露天がついてて更に部屋食。
 大浴場か足湯か館内ふらつくようなことがなければ基本部屋から出る必要がない。
 だから誰にも出くわさないプライベート空間というわけだ。
 お子様連れ圧倒的に少ないもんなぁ。

「そういえばだいぶ前の『初めてと同じように』のお客様、結局奥様とまたいらっしゃいましたよ」
「あの人? あら、結局離婚したわけじゃなかったの」
「みたいですねぇ」

 そこそこな回数きている常連のご夫婦。
 旦那さんが今年の頭に別の女性を連れてきて、宿泊前日に届いたメールに『初めての宿泊と同じように接客をお願いいたします』と書いてあったわけだ。
 苗字が違ったから離婚して新しい彼女か、浮気相手か。さぁどっちだと話していたら最近奥様といらっしゃった。全然離婚してなかったし普通に浮気相手だった。

 来る度に違う女性連れてきてる人もいるが、毎回同じ旅館じゃなくてよくない? ここそんなにいいか? って思うけど、こないだヨツヤさんに聞いたら「毎回別々にしてたら思い出話した時にボロが出るんじゃないか? 多分」って言っててすごく納得した。確かにありそうだわ。

 そこまでしてしたいもんかね。いろんな人見てると、女性の感もすごいけど、男性も隠すの下手くそだよなぁと思う。焼肉屋でバイトしてた時奥さんと食べてた男性、スマホで他の女の人にアッツアツのラブメール送ってたしな。あれは見てる分には面白かった。奥さんと超冷静に新しい家具かなんかの話してるのに『はやく君に会いたいな♡』みたいなメール送ってんだよ。五十くらいのおじさまが。なんとも言えないギャップだったなあれは。そして奥さん、きっと気付いてる。スマホ持ってお手洗いに行った瞬間の奥さんの顔、かなり怖かった。

 支度を終えて玄関に戻れば、もうお客様はいなかった。
 フロントにいるであろうタイスケさんとヨツヤさんのところへ向かうと二人してけらけら笑っている。

「やっぱり不倫でした?」
「そ。奥様がキャンセルの電話してきてたんだってさー」
「旦那の顔青ざめてたぞ」
「そりゃこの後ド修羅場ですねぇ」
「だろうな」
「円満にお帰りいただけたんですか?」
「なんの問題もなく」
「そりゃよかった」

 今日は満室だからごねられたら大変だったわ。よかったよかった。
 その時ちょうど来客を知らせるベルが鳴る。

「お着きやぞー」
「はーい」

 ばたばたとみんなして玄関に向かう。
 ベルが鳴ってからお客様が入ってくるまでは少し時間があるからこれでも全然間に合う。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

 入ってきたお客様を見てみんな一瞬固まった。
 それから何事も無かったかのようにミツコさんが案内して、お客様が見えなくなるとそれぞれ顔を見合わせる。

「俺、あんな典型的なパターン初めて見たわ」
「ヨツヤさんでも見た事ないんですか」
「ないな」
「なんか、いいもん見た気がするぅー」

 ビール腹のようなぽっこりお腹の高僧な雰囲気のお坊さんと長身金髪爆美女。すごい。ほんとにその組み合わせ存在するんだと感動すら覚える。
 このお坊さん、うちで一番いい部屋予約してた。更に灰皿をご所望。

「すごい、めっちゃ煩悩や」
「煩悩にまみれとるな」

 それから夕飯の時にワインとシャンパンがボトルで三本も出たらしい。
 美女、煙草、酒。お坊さんってやっぱすごいんだな。

 こういうお客様がわんさか来るから、旅館の従業員は話題に事欠かない。
 大体みんなお客様で勝手にあーでもないこーでもない言うのが大好きなんだ。
 実際のところどうなのかなんて知り得ないから、余計に面白いんだと思う。

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