ポケモン備忘録 ガラル地方と過去に思いを馳せて
ポケットモンスター ソード/シールドが遂に明日発売される。
まだ見ぬガラル地方のポケモンやストーリーに心躍らされる人も多いだろう。
縦横無尽に広大な世界を駆け回り、ポケモンをゲットし、育て、絆を深めるポケモントレーナー
私もその一人になるはずだった。
Switchを持っていれば
そう、私はSwitchを持っていない。これから先の旅には行けないのである。
私にとって二度目のポケモンの引退だ。
そんな時ふと思い出したのは一度目のポケモンの引退だった………
…私がポケモンを始めたのは、ダイヤモンド/パールの頃。
親に何度も頼み込み、DSとソフトを買ってもらった。「つぶらなひとみ」でも使ったのだろう
やはり…小学生ではよくあることだが、その頃はクラス内は大ポケモン時代。私もその波に乗る以外道はなかった。仲間外れは誰だって嫌だろう。
だが、その世界は残酷で…無慈悲ッ!
バトルの強い者は瞬く間にクラスの中心。バトルの弱い者は仲間外れにされるまさに弱肉強食!!
当時の私は始めたのが一回り遅く、回りとバトルしても負け続き、よく仲間外れにされていた記憶があるし、いじめられてた…ような気もする(過去の私、よく耐えた。)
弱き者は要らない それがこの「小学生」誰もが憧れる「最強」の称号!!
当たり前のように「伝説のポケモン」を「レベル100」にして戦うクラスメイト
クラス人気=バトルの圧倒的強さ。まさにポケモンが全てが当然の世界だ。(なんだこれ)
始めたのが遅いためポケモンのレベル差もあり、「ダークライ」なども持っていない(映画は見たがその時はまだやっていなかった)私としてはまさに「悪夢」だったと容易に想像出来る。
ディアルガvsパルキアvsダークライで配布されたダークライ 圧倒的強さで子供環境を悪夢に染め上げた。
そりゃダイパ世代の催眠は強いよね
催眠厨死すべしですわあ…
…だが、ポケモンの天下は低学年まで
時は経つに連れてトレンドは変わっていくものなのは皆様おわかりだろう。
何時しか「ポケモン」はだれもやらなくなってしまった…
その頃はたしかドラクエモンスターズシリーズ(joker2プロ)などが流行った。(最強少年レオやガール天馬で虐めてごめんなさい…)
私も、ポケモンを「子供っぽい」ゲームだと思い、周囲の雰囲気に合わせるような感じで一度目の引退を迎えた。
確かに私にとっては、「子供っぽい」ゲームである「ポケモン」を辞めるのは当然のことだったかもしれないが、今思うと情けない。
回りに流されただけじゃないか
続けようと思ったら続けてたはずだ
だが…意外と速く私の引退は終わった。
小学校6年の時、ある友達にポケモンバトルに誘われた。
「まあ、たまにはやるか」みたいな感じで始まったバトル。しかし、そこには小学生では考えられない光景が移っていた。
「レベル50固定」
そう、今まで悩まされたレベル差がない。
当然、「これなら余裕じゃん!w」と思うのは必然だろう。
もうオチが見えてるので内容は割愛するが、所謂「雨パ」(しかもガチ)(五世代なので天候永続)にボコボコにされた。惨敗だった。
悔しくて他の日も挑んだが、まるで勝てない(当然である)
まさに、「第二の」ポケモンバトルを学んだ瞬間であった。
その後、私も三値を教えて貰い、厳選を開始(奇跡的にAがvのメタモンがいたり、ハートゴールドのサファリパークメタモンがいたりと意図せずとも環境がまあまああったの草)
本格的にポケモンバトルの沼にハマってしまったのだ。
中学生でレートを開始、始めは最高1700代が限界だったが、一年かけて1900を突破。
そして気付けばサンムーンで私も高校生になり、様々な相手と戦い、勝利も敗北も経験した。ボルトロス厳選偽装パーティーには合わなかった。
受験と重なりウルトラサンムーンはやらなかったのが悔いが残る。
あれだけ「子供っぽい」と馬鹿にしたポケモンがここまでの物だったとは本当に思わなかった。ガキの私を114514回は殴りたい…なにやってんだあグズマァ!
物にも沢山の見方がある。それが趣味の人だってある。ゲームを仕事にしている人もいる。価値観も沢山ある。突き詰めることは悪いことじゃない。「子供っぽい」と笑われても、ばかにされても、そのことを恥じない人が沢山いる。
それに気づけたのもポケモン、いや、今までにプレイしてきたゲーム全てのお陰であろう。
私の「ポケモン」はこれにて二度目の幕引きとなるが、switchを買うことさえ出来れば再び「新米トレーナー」として、ポケモンを楽したいでと思う。
純粋な 始めた頃の気持ちで
ここまで読んで頂きありがとうございました。是非ともガラル地方の旅をお楽しみ下さい。
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